怒りや競争心は闇じゃない。燃料だった。
メンタルウインターアーク
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最近まで、ずっと勘違いしていた。
怒りとか、衝動とか、競争心とか。
そういうものは「抑えるべきもの」で、
出来れば「消してしまうべき弱さ」だと思っていた。
だから、自分を殺せる人間が強いと思っていた。
大人になるって、
感情が出なくなることだと。
でも、違った。
俺より身長が高く、イケメンで、若くて、体型維持に努力していて、女にモテる理想像みたいな男。
そんな奴に絡まれて、気づいてしまった。
自分の中に、まだ強い情熱が残っていることに。
見下すような態度。
上から目線の言葉。
自尊心を踏みにじるような相手。
そういう場面に出会ったとき、
心の奥から、確かに声が上がった。
「ぶっ◯してやろうか」
「顎をかち割って土下座するまで謝罪させたい」
「◯◯ぐちゃぐちゃにして◯◯◯◯(自主規制)」
心の中で沸き上がる苛立ち?◯意?競争心?
正直、自分でも驚いた。
もう、そういう感情から距離を置いたつもりだったからだ。
歳を重ねて、
序列とか、優劣とか、
そういうものから降りたつもりだった。
なのに、まだ残っていた。
でも―
よく考えてみれば、当たり前だった。
それは消えていなかっただけ。
使っていなかっただけ。
競争心は、闇じゃなかった。
衝動も、弱さじゃなかった。
それはエネルギーだった。
本能によって沸き上がる、オスとして当たり前の原始的な本能だ。
つまり、性欲や食欲、睡眠欲となんら変わらない。
綺麗なトイレでうんこしたい、という感情と変わらないくらいなのだ。
問題は、それをどこに向けるか。
人をねじ伏せるために使うのか。
それとも、自分の人生を前に進めるために使うのか。
その違いだけだった。
気づいた瞬間、
頭の中で何かがカチッと音を立てて切り替わった。
「ああ、そうか」
「抑える必要なんて、なかった訳だ」
怒りを消す必要もない。
衝動を殺す必要もない。
ただ、向きを変えればいい。
誰かを倒すためじゃなく、
自分が何かに頑張る為の原動力として使う。
仕事に。
育児に。
ウインターアークに。
「最後に勝つのは俺だ」
それは、誰かに向けた宣戦布告じゃない。
長い時間をかけた、自分自身への約束だ。
そのとき、はっきり分かった。
大人のメンタルとは、
感情を持たないことじゃない。
感情を選んで使えることだ。
怒りも、競争心も、情熱も。
全部、自分の中にあっていい。
ただし、ハンドルは自分が握る。
感情コントロールスキルとは、こういう事だった。
弱い人間だからこそ、
このスキルは必要なんだ。
感情に振り回されないために。
人生を投げ出さないために。
そして何より、
「楽しく、誇れる人生」を最後までやり切るために。
またひとつ、レベルが上がった気がした。
残りの日数は、まだある。
でももう、自身の感情コントロールに不安はない。
このエンジンの使い方を、
ようやく理解できたのだから。
今日のこれは、
間違いなく“物語が一段深くなった回”だから。




