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私、推しが半分骨になった死霊術師です ~バトル系転生ものの世界に転生したけどリタイアして幸せなスローライフを目指したら推しが死んだので眷属にしました~

作者: 縁代まと

死霊術師ネクロマンサーでバトルものなんて無理無理無理……!!」


 ここがどんな世界で、私が誰に生まれ変わったのか気がついた時の第一声だった。

 異世界に転生した主人公が最強の女死霊術師リカヴィロとして活躍するライトノベル。そのリカヴィロに転生した私は――ごく普通の女子高生、高梨里花たかなし りかだ。


 原作は好きだったけれど実体験したいかというと話は別。

 血生臭いバトルが次から次へと起こるだけでなく、国と呼べるレベルの死霊軍団に囲まれて過ごすなんて運動音痴でホラーものが苦手な私に務まるはずがない。


 適性がなさすぎる。

 どれくらいないかというと、ダックスフントがタップダンスを踊るくらいない。


 というわけで自分が誰なのか自覚した幼少期から人生の方向転換を図った私は、死霊術師としての修行をする代わりに自活できる力を鍛え、ついに父方の祖母が営む宿屋の跡継ぎ候補として静かな村に移住することになった。

 リカヴィロの黒髪に赤い目はこの国では少し目立つけれど、だからといって迫害されるほどではない。

 無害アピールをして大人しくしていればコミューンにも受け入れられる。


 完璧だ。

 このまま戦場から遠のいてスローライフを続ければ怖い思いをしないで済む。


 本編のリカヴィロが十五歳の頃に土砂崩れに巻き込まれて死ぬ予定だった両親には事前に忠告して生き残ってもらった。これが二年前のこと。

 あとは死霊術師の才能を隠し続け、細々と暮らしていけばいいはずよ。


 しかしその日、掃除をしながら上機嫌で今後の人生プランを考えていた私は――耳に飛び込んできた宿泊客たちの話に凍りついた。


 剣神の申し子と呼ばれた剣士ザイリーが戦死した。


 そんな一報だった。

 ザイリーは少し癖毛の金髪をうなじで束ねた男性で、八重歯と垂れ目が魅力的なイケメンキャラだ。いつも良い香りをさせているキザなキャラでもあり、女好きで女性のことを年齢に関わらず『子猫ちゃん』と呼んだりする。

 けれど決して信頼を裏切るような軽さはなく、物語の最後までリカヴィロを助けてくれた。


 そういうギャップが好きで、私は彼を推しとして応援していたの。

 でも、そんなザイリーが死んでしまった?


(ザイリーもこの世界には存在してる、だから会いに行きたいって思ったことはあるけれど……)


 原作の流れに巻き込まれることが怖くて避けていた。

 しかしザイリーは生存するキャラだと安心していたけれど、主人公であるリカヴィロが戦線離脱したらどうなるか考えたことがなかった。

 リカヴィロが最初に活躍するはずだった戦は私が不参加でも勝利していたし、リカヴィロが収まっていたポジションには別の勇猛果敢な人がいたから。


 主人公がいなくても世界は回る。

 きっと正史の通りに。


 ――そんな都合のいいように考えていた。


(私が逃げたからザイリーが死ぬ未来に繋がっちゃったんじゃ?)


 いくつかのポイントは思い浮かぶ。

 原作で最初に出会った時、ザイリーは底なし沼に嵌っていて、それを助けたのがきっかけで仲間に加わった。

 ちなみに嵌ったままリカヴィロを口説いて一度見捨てられかけている。


 あと、じつは敵対貴族に雇われたスパイだった暗器使いの仲間からリカヴィロを庇ったり、古代の魔石の呪いを代わりに受けたこともあったけど、これはリカヴィロがいなければ見舞われることのなかったトラブルだから関係ないかもしれない。


 ザイリーの妹の仇と対決した時もリカヴィロが助けに入らなきゃ危なかった。

 暗黒砂漠の変異サンドワームに襲われた時もリカヴィロが助けていた。

 後者は数行でさらっと書かれていただけだし、それくらいの手助け描写はそこかしこにあったから、そのどこかで『リカヴィロの不在』が大きく響いたのかも。


 どんな原因にせよ、私の行動ひとつで推しの運命が変わってしまった。

 時間を重ねるごとにそれは私の中で事実になっていった。


     ***


 考えれば考えるほど辛くなり、居ても立ってもいられなくなった私は祖母の許可を貰って休暇を取った。

 それを利用してザイリーの故郷へと赴き、情報収集をする。

 とんでもない間接的なストーカーをしている気がしたけれど、このままじゃスローライフなんて言ってられないわ。


 そこでザイリーの正確な死因を知った。

 心当たりのひとつ、ザイリーの妹の仇――槍聖そうせいのハルバルに殺されてしまったらしい。


「ごめんなさい、私がちゃんと主人公をやってれば……」


 こんなことにはならなかった。

 ザイリーの墓の前に立って呟く。

 ここでは出会ってもいない相手に謝られたってザイリーも困るかもしれないけれど、彼が悲願である敵討ちを人生の目標にしていたと知っているからこそ謝るしかなかった。

 原作では生きて果たせていたのに。


 だから私は、せめてその目標を達成してもらうために生まれて初めて死霊術を使った。死霊術師としての初仕事だ。使い方は生まれた時から魂が理解している。

 けれど強制的なものではなく、ザイリーの魂から承諾が得られないと発動しない魔法だ。応えれば彼は私の眷属になり、この世に舞い戻ってくることになる。


 墓の下のザイリーに問い掛けようとして、どう声を掛けたらいいか少し迷った。


「とりあえず……ええと、わ、私の眷属になればもう一度蘇ることができるわ。栄養は私の魔力。一日七時間の睡眠が必要。だから三食昼寝付き。それ以外に提供できるものがないからタダ働きみたいになるけど、ど、どうする?」


 契約の問いなのに我ながら締まらないものになってしまった。

 すると墓の下から愉快げな笑い声が聞こえてきた。実際に音としては発されていないけれど、死霊術師だけが聞き取れる言葉だ。


「あっはっはっ! まるで仕事の募集要項みたいだな!」

「うぅ……!」

「いいぜ、可愛い子猫ちゃん。むさくるしい男の死霊術師なら悩んだかもしれないが、君みたいな子ならOKって即答できる。宜しく頼むよ」


 子猫ちゃんって初めて言われた!

 これが噂のザイリーの子猫ちゃん呼び!


 推しのファンサみたいに感じて心躍ってしまったけれど、気を引き締めて契約を締結する。その瞬間、墓の中から黒い光が現れて私の目の前に人の体を形作り始めた。

 種族は死霊になるけれど、生前の姿のままで蘇るはず。

 生の推しと直接会うのは初めてで緊張した。


 そして――


「ヒュー! イカした姿だ。これ顔もなんだろ? どう? カッコいい?」


 ――そう言って現れたザイリーは顔と体の右半分が骨、左半分が生身のままというとんでもない姿をしており、ホラーが苦手な私は絶叫して気絶したのだった。


     ***


 あれから気がつくと翌日になっており、使われていない廃屋で目覚めた私は昨日と変わらぬ姿のザイリーにもう一度叫んだ。今度はなんとか気絶しなかった。

 でもかなりギリギリだったかも。


「なーるほど、意図したわけじゃなかったのか」

「そうみたい……ごめんなさい、そんなに人間からかけ離れた姿にするつもりはなかったのに……」


 死霊術師としての力は強いのにコントロールが上手くない、それが今の私だ。

 つまり死霊術師としての修行不足。いくら才能があっても上手くコントロールできないとこうなってしまうと初めて知った。

 自業自得だけれど推しで人体実験する形で知りたくなかったわ。


「しかもこの感じ……私と離れすぎると屍に戻ってしまうみたいなの」

「おやおや」

「だから、その、もし敵討ちに行くとしたら」


 私もついていく必要がある。

 槍聖ハルバルは隣の聖樹国アルカーンの守護者のひとりだから、アルカーンがこちらへ攻めてくる時に先陣を切っていることが多い。

 つまり前線も前線!

 そんな場所へ行くと思うと足が震えるどころじゃない。


 けれど私のせいでザイリーは死んだんだから、彼の目標のためにも頑張らないと。

 そう思っているとザイリーが骨じゃない側の頬を掻いた。


「それじゃあしばらくは君の特訓タイムかな。鍛えれば離れていても大丈夫になるんだろ? それまで待つよ」

「え!? でも早く敵討ちをしたいんじゃ……」

「それはそうだけど、ほら」


 ザイリーは首を傾ける。

 骸骨の眼窩の奥にあった赤い光が一瞬消えたのでウィンクしたのかもしれない。


「怖がる女の子を戦場には連れていけないだろ?」

「……!」


 ――やっぱり私の推しは死んでも、そして蘇って半分骨になっても変わらなかった。こういうところが大好きだったのよ。

 申し訳ない気持ちはまだ残っていたけれど、今は早くザイリーが敵討ちに向かえるように特訓を頑張ろう。

 それが私の新たな目標のひとつになった。


 死霊術師の特訓なんてまったくしてこなかったからちんぷんかんぷんだけど、まずは原作でリカヴィロがやっていたことをなぞってみましょう。

 そして一日でも早くザイリーを送り出すのよ。

 気合いを入れているとザイリーが「そういえば」と私のほうを見た。


「子猫ちゃんのことはなんて呼べばいい? マスター?」

「私のことは……」


 こちらの世界では原作と同じようにリカヴィロと呼ばれている。

 それはすでに自分でも本名のような認識になっていたけれど、でも推しには彼を好きだった私の名前で呼ばれたかった。


「……リカって呼んで。愛称なの」


 だから、ほんの少しの我儘として前世の名前と同じ音で呼んでもらうことにした。

 これだけできっとつらい修行にも耐えられると思うから。


 ザイリーは「よしわかった!」と半分だけの人懐っこい笑みを浮かべる。


「これから宜しくな、リカ!」


     ***


 つらい修行にも耐えられる。

 そう思ったけれど修行の内容はなかなかにハードだった。


 まず片っ端から死んだ動物を蘇らせることで慣れ、徐々に契約時の条件付けを細かくしていく。安定するまで何度も何度も。

 人間以外の場合は承諾は必要ないので、その部分は楽だったけれど……この修行は進むたび私の眷属が増えることになる。つまりホラーな見た目の軍団の完成よ。


 この状態を早く脱して、生前の姿と変わらない動物たちで溢れ返るモフモフ軍団にしたかったけれど、なかなか上手くいかず大変なことになっている。

 私が宿を手伝っている昼間の時間は近くの森に潜んでもらっているけれど、バレたら大ごとになりそうだわ。


 あとは……ザイリーにも顔半分を仮面で隠してもらい、半身も詰め物をして服や手袋で隠した状態で宿の従業員をしてもらっていた。

 祖母はかなり大らかなので、私が突然「休暇先で出会って意気投合したの! 行くアテがないみたいだから雇ってもいい?」と連れてきたザイリーのことも快く受け入れてくれたわ。


 でもちょっと不用心じゃないかしら……防犯に関しても私が頑張らないと……!


 そう焦っているとザイリーが「おばあさまはリカを信用しているんだよ」と微笑んで言った。

 誰でも受け入れるのではなく、私が連れてきた人間だから快諾してくれた、と。

 もしそうなら嬉しい。


 ――そうやって宿の経営と死霊術師の修行を繰り返しながら半年が経った。


 宿の帳簿をつけ終わった私は大きく伸びをしてペンを置く。

 その時、暗闇から仮面を取ったザイリーがぬっと現れ、仰天した私はイスに座ったままひっくり返りそうになる。そんな私をがしっと支えてザイリーが笑った。


「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだ。まだ寝ないのかなと思ってさ」

「こっ……こっちこそごめんなさい、未だに慣れなくて……!」


 もちろん少しなら慣れたわ、でも不意打ちだとジャンプスケアを食らった時みたいに恐怖が先に立って頭が真っ白になってしまう。


 私のせいでこんな姿になったのに驚くなんて申し訳ない。

 そう謝って視線を下げているとザイリーが頭をぽんぽんと叩いた。


「俺は志半ばだった。だからこうして呼び戻してもらえて感謝してるし、この姿もカッコ良くて気に入ってるんだよ?」

「でも不自由を強いてるわ」

「本当の不自由はもっとエグいぞ」


 肩を揺らして笑ったザイリーは私の手を引く。

 一度死んでいるので生身の腕も冷たいけれど、それが温かいと錯覚するほど優しい手つきに泣きそうになった。

 ザイリーはたびたびこうして気遣ってくれる。そこがとても好きだった。


(推しとしてだけでなく……人間としても)


 だからつい甘えそうになってしまう。

 きゅっと眉に力を込めてザイリーを見上げ、私は宣言した。


「ザイリー、私もっと頑張るわ! そして絶対にあなたを完璧に蘇らせてみせる!」

「そんなに無理しなくても――」

「ありがとう。でも……ここが人生で一番無理しなきゃならないところなの」


 真剣な表情でザイリーを見つめる。

 この優しい人をなんとしてでも完璧に蘇らせてあげたい。

 そして仇を取ってほしい。私のせいで目標を諦めてほしくない。


 そんな私を見てザイリーはなにか言いたげにしていたけど、眉を下げて頷いた。


「わかった、でも今夜はそろそろ寝ないと。目の下に隈を作ったリカも可愛いけど、やっぱり元気な君が一番だからさ」

「あ、ありが……」


 私が言い終わる前にザイリーが額に軽く口づける。


「それじゃ、おやすみ!」


 そしてなんでもない様子で骨の片手を上げると、自室へと帰っていった。

 私は目が点になっていたと思う。

 そっと自分の額に触れ、瞬きを繰り返し――そしてボフッと赤くなる。


 ね、寝ろって言うけど、こんなの無理じゃない!?


     ***


 それから更に半年が経った冬のこと。

 息絶えた白狐にかじかむ手を翳し、死霊術を発動させる。

 すると白狐の耳がぴくりと動き、綺麗な姿で蘇った。目玉が飛び出たり血を垂れ流したりしていない完璧な姿だ。


「や、やったわ! ザイリー、見て! 成功……」


 成功した。大成功だ。

 でも、それはザイリーが私のもとを離れて戦場に行くということでもあった。

 胸の奥がちくりと痛んで思わず声が途切れたけれど、すぐに気を取り直して「成功したわ!」と言い直す。


 後ろで様子を見守っていたザイリーは「やったな!」と拍手してくれた。

 半分骨なのでちょっと面白い音になっている。


 このまま安定性を高めていけば契約更新という形でザイリーの強化、つまり見た目の再生と離れた場所へ行っても大丈夫になるはず。

 もっともっと頑張らないと、と一歩前に出た時だった。


 突然頭が重くなった感じがしてふらふらとする。

 昨晩は遅くまで調べ物をしていたせいかも。他国の死霊術師が書いた古文書が手に入ったから、それをずっと解読しながら読んでいたのよね。


 でも……なんだか頬が熱い……?


 そう自覚した時、いつの間にか冷たい雪に顔から突っ込んでいた。

 ぎょっとしたザイリーが駆け寄ってくるのが見える。

 大丈夫よ、と言いたかったけれど声が出ず――私の意識はそのまま暗闇に落ち込んでいった。


 次に目覚めたのは自室のベッドの上。

 見慣れた天井をぼーっと見ているとザイリーの顔がにゅっと視界に入って叫びそうになった。近いわ! でも怖いわ! 二重の意味でドキドキよ!


 ザイリーはホッとしつつ笑って離れる。


「それだけ元気なら大丈夫だな。しかしビックリしたぞ、急に高熱を出して倒れるなんて俺の心臓が動いてたらショック死するところだ」

「ブ、ブラックジョークすぎ……こほっ!」


 ツッコミをする前に咳が出て止まらなくなってしまった。

 どうやら風邪を引いてしまったらしい。不摂生が祟ったわね……。


 ザイリーにも心配をかけてしまった。

 謝ろうとしたけれど、その唇をザイリーが指で制する。


「今は君の体を第一に考えること。おばあさまにも伝えておいたから、しばらく俺のことも宿のことも気にせず休んでくれ」

「でも」

「風邪は拗らせると大変だぞ? それにお客さんにうつしちゃダメだろ?」


 そう優しい声音で諭されては頷くしかない。

 ザイリーは満足げな様子で部屋を出ていき、ドアを閉める前に「添い寝が必要になったら呼んでくれ」とウィンクした。

 それは色んな意味で悪化すると思う!


 そんなこんなで、私はしばらく休暇を取ることになった。


 風邪は結構たちの悪いもので、咳と高熱が続いてなかなかベッドから出られないまま三日が経った。さすがに体を拭くのは祖母に頼っていたけれど、他のお世話――ご飯の用意や部屋の掃除、換気、そして看病はザイリーが積極的にやってくれている。


 疲れないし風邪がうつることもない。

 だから打ってつけだろ、とザイリーは言っていたけれど……やっぱり少しは疲れるんじゃないかしら。


 そう思ったのは、ザイリーが時々物憂げな表情を見せていたからだ。

 なにかに悩んでいるような顔だったけど、私が訊ねても彼が答えてくれることはなかった。

 だからせめて早く元気になって負担を減らしてあげたいのに上手くいかない。


 そんなもどかしい日々が続き、五日目の朝にようやく歩けるようになった。


 外の空気が吸いたくてザイリーに付き添ってもらって裏口から外へと出る。

 雪が積もっていて寒いけれど、日中は太陽が出ていて暖かいの。

 病み上がりだけど少しは日光浴をしておかないと。


 ……ただ、ザイリーにこれでもかとマフラーを巻かれたり毛糸の帽子を被せられたので、どれくらい日の光を浴びれるかは未知数だった。


「どう? 体はつらくない?」

「ええ、もう大丈夫よ。今なら山盛りのステーキでも食べれるかも」

「あはは、リカなら本当にやりそうだなぁ」


 そ、それは褒められてるのかしら?


 そんなやり取りをしていた時、店の表のほうから客の声が聞こえた。

 どうやら外に出て煙草を吸っているらしい。邪魔しないようにそろそろ中に入ろうか、と思ったところで彼らの会話が耳に入る。


 それは、槍聖ハルバルが戦死したという話だった。


 しかも突然聞いてびっくりしたという雰囲気ではなく、もう何日も前に聞いた話を改めて話題に出したという雰囲気だ。

 慌ててザイリーを見上げる。


 彼は――どこかバツの悪そうな顔をして、私から目を逸らしていた。


     ***


「じ、じゃあ、あなたはハルバルが戦死したって知ってたの!?」


 自室に戻って問い詰めるとザイリーは視線を逸らしたまま頷く。


「ああ、ちょうど君が倒れた日の午後に聞いたんだ。耳を疑ったけど時間が経つほど本当だと信じる他なかった。色んな情報が入ってきたからさ」

「そんな……」

「黙っててごめん」


 ザイリーはそう謝ったけれど――私は目頭が熱くなるのを抑えられないまま首を横に振る。涙の粒が飛んだ。


「謝るのはこっちよ。修行に時間をかけすぎたせいで、こんなことに……」

「リカ」

「あ、あなたに仇討ちをさせてあげられなかった……そうだわ! ハルバルを私が蘇らせて、それを倒してもらっ……」

「リカ、もういいんだ」


 ザイリーは静かな声でそう言って私の頭を撫でる。


 ……その声に少し違和感があった。

 私のために穏やかに言ってくれているのかと思ったけれど、悔しさや怒りが一切含まれていない気がする。

 目をぱちくりさせて視線を上げると、ザイリーは今度はこちらの目をしっかりと見つめていた。


「ずっと言い出せなかったんだが――俺はさ、もう仇討ちはしなくていいかなって思ってたんだよ」

「……え!? えっ!?」

「俺の妹はたしかにハルバルが侵攻してきた時に命を奪われた。俺は復讐心を胸にずっと生きてきた。そして仇討ちを果たそうとして挑んで……死んだ」


 ザイリーは一度だけ目を伏せる。


「でも、もう一度蘇って、君とこうして普通の日々を送るようになってから思い出したんだよ。……妹は最後の瞬間に俺に幸せに生きてほしいと言ってたって」

「……」

「蘇ってすぐは復讐心がまだあった。もう一度あいつに挑めるのが嬉しかった。でも、もしまた殺されたら……もう二度とリカと会えないかもしれない。そう思うと怖くなって、そして理解したんだ」


 人差し指で私の涙を拭ったザイリーは、目線の高さを合わせてにっこりと笑った。

 キザだけど彼に似合う仕草だった。


「俺は君と生きていきたいんだ、って」

「ザイリー……」

「俺はリカが好きだよ。だから眷属でもいい。君の隣にいてもいいか?」


 そんなことを問われて返せる答えはひとつだけ。

 床を蹴ってザイリーを抱き締めた私はありったけの気持ちを籠めて言った。


「私も好きよ、だからっ……」


 ずっと隣にいてほしい。

 家族として一緒にいてほしい。

 もう一度、この人生で幸せに生きてほしい。


 そんな想いと共に口づけてみせると、ザイリーは生身と骨の両方で目を細めて笑った。


     ***


 ――あれから一年後。

 私の死霊術は大成し、ザイリーも人の姿を取り戻すことができた。


 ……のだけれど、カッコいいからとたまに戻してほしいとリクエストされたのでその通りにしている。

 フ、ファッション感覚で変えていいものなのかはわからないけれど、ザイリーが楽しそうだから良しとしましょう。

 それに本当に当人は気にしていなかったとはっきりしたことだし。


 ハルバルの戦死をきっかけに聖樹国アルカーンは押され始め、停戦することになったのが数ヵ月前のこと。

 おかげで旅人や商人の行き来も滞ることがなくなり、宿も繁盛している。

 あと宿の裏で開いたモフモフな動物とふれあえる施設が好評で、今ではそれ目当てでやってくる客もいた。


 あと、もうひとつ目的を持った客層というのがあって……。


「え~! ザイリーって剣士ザイリーと同じ名前なんですね~!」

「すごーい、もしかしてザイリーさんも剣の名手だったりして?」

「あはは、よく言われるよ」


 ……ザイリー目当ての客だ。


 人間の姿に戻ってからは顔をよく見えるようにしたせいか、イケメン従業員がいると噂になって女性客が増えたのよね。

 元々世間に顔出しすることが少なかったから本人だとバレてはいないけれど、やっぱりちょっとヒヤヒヤする。

 もちろん別の意味でもヒヤヒヤするわけだけれど。


「ねえねえ、今度お茶しに行きませんか?」


 女性客のそんな言葉に耳が大きくなってしまう。

 原作のザイリーなら普通に「ぜひぜひ!」と言ってホイホイとついていくところだわ。今のザイリーは従業員という立場だから大丈夫だとは思うけれど心配だった。


 するとザイリーはそんな私の肩を突然ぐいっと引き寄せると、女性客たちに笑みを浮かべてみせる。


「ごめんよ子猫ちゃんたち、俺には可愛い奥さんがいてさ!」

「ザッ……」


 思わず口をぱくぱくさせてしまった。

 私たちは、その、付き合うことになったけれど結婚はしていない。

 そんなことを知らない客たちは「え~! ラブラブ~!」と笑っている。どうやら本気というわけではなかったらしい。


 客たちが去った後に小声で「け、結婚してないでしょ!」と小突くとザイリーは私の頬を愛おしげに撫でた。


「じゃあしようよ、あれがプロポーズってことで……イテッ!」

「やり直し! やり直しを請求します!」


 こういうところは今も昔も油断ならないわ……! 嫌じゃないけど!

 ザイリーは痛がりつつも「やり直したら受けてくれるのかー?」などと訊いている。それはあなたの手腕次第ね。


 これからもまだまだ頭を悩ませることは多そうだった。


 けれど、まあ――推しが幸せそうだからいいか!


 そう思える幸せを……自分の幸せを噛み締めながら、私たちは今日も生きていく。


 私は第二の人生を。

 そして、ザイリーも第二の人生を。

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