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08:王子に子どものころの恥ずかしい話を聞かれてしまいました

アロルド・セーデルルンド(副司令官)

ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)

「シモン・ネルダール、確か北方のオリアン伯に推薦されて、一年ほど前に赴任してきたはずです」

「……トゥーラなんて、人材の墓場だと思ってたんだが。推薦されてくるような場所か?」

「兵士と違って、ここで功を上げたところで、役人が栄転なんて聞いたことはありませんが……上に振り回される勤め人は気苦労が多いんですよ」

 やれやれとルードヴィクが溜息をつくと、言外になにかを含ませてシグヴァルドがにやりと笑う。




「おまえに気苦労が多いのは、俺だけのせいじゃないだろう。人間を増やしてみるか?」

「――それで楽になるんでしたら、今頃アイナは左うちわでしょうよ」

 苦虫を噛み潰した様子でルードヴィクが溜息をつく。アイナはルードヴィクの年子の妹だ。シグヴァルドとは乳姉弟にあたり、今は彼の侍女を務めている。

 そういえば――と、首元を緩めながらシグヴァルドが口を開く。

「最近、侍女に新しいのが入ったそうだな」

「いつまで保ちますかね……」




「おまえもアイナを見習うんだな。仕事も少しは楽になるんじゃないか?」

「だからやめてくださいよ。俺は月に一度でもいいんで、丸一日休みの日が欲しいんですよ」

「えらく控えめな要求だな」

「このくそ忙しい時に、新人の教育までやらせないでくださいよ」

 胡乱な目を向けてくる部下に笑って、シグヴァルドは話を戻す。




「新しい侍女の件だが、空き時間を見繕ってアイナに連絡してやってくれ」

「わかりました。明日中には調整します」

「まぁアイナなら抜かりなくやるだろうが、必ず二人一組で行動することや、書類に触らないなどのルールは徹底させろ」

「了解しました」




「あと、()調()()()()()()らしいアストリッドに花を頼む」

 妹の名前が出た途端、こちらに視線が集中して、ベルトルドは居たたまれず目を逸らす。その様子にか、シグヴァルドがくくっと喉を鳴らして笑う。

「いつものでいいですか?」

「ああそろそろ時期も終わりだろうが、まだいくらか残ってるだろう」




「メッセージカードはどうます?」

「今日はいい。話ならベルトルドから聞くだろう」

「このあとの予定は会食までは入っていませんが、決裁頼みますよ。優先度が高いのにはメモをつけてありますから」

 じろりとルードヴィクに睨めつけられて、わかったわかったとシグヴァルトは軽くいなすと、廊下を近づいてくる副司令官のアロルドへと目を向けた。




「アロルド、予定はどうだ?」

「調整できそうです」

「なら、同席してくれ。――みろ、俺たちは食事中まで仕事だ」

「はいはい、俺はパンでもかじりながら資料室にこもりますよ」

「なんの話ですか?」

「ルドが仕事が忙しくて過労死しそうだと訴えてる」

「おやおや君はまだ若いだろうに。まず真っ先に私が倒れるだろうから、それから考えても遅くないよ」

「過労死前提の話はやめてください、閣下」




「まあ、過労死が早いか狂い咲きが早いかだから、行き着く結果にさして差はないじゃないかと思うけどねぇ」

「……閣下、さすがに笑えません」

 にこやかに笑っているアロルドに、ルードヴィクがこめかみを押さえている。

「ルド、会食はアロルドも共にする。料理人(シェフ)に一人追加だと伝えておけ」

「了解です。では手配に向かいますので、御前を失礼いたします」

 最後だけは礼儀正しく、トゥーラ駐留軍の指揮官たちに敬礼した。




「待たせたな、ベルトルド」

 まだ笑いの余韻を残しているシグヴァルドに手招きされて、ベルトルドはなるべく平静を装って二人の司令官の元へと近づいた。

 今日はもう、気分の上下というか、感情の振り幅というか、緊張状態が続いたせいというか。短時間ではあるが、状況に振り回されっぱなしで、これ以上はもう耐えられそうにない。もうなにもありませんようにと祈る。




「寮で暮らしているんだってな?」

「寮の担当を割り振られましたので、都合がいいので寮で暮らしています」

「来期の訓練生の受け入れだが、とどこおりなく進んでいるか?」

「だいたいは旧都入りしています。今のところは大きなトラブルは起きていません。入寮希望者が数人あぶれていますが、第三連隊の寮の空き部屋に、一時的に間借りしています」




 訓練兵の中でも、貴族はなにかしらの役職が振られる。ベルトルドの担当は、寮周りの管理だった。ちなみに何故貴族だけなのかというと、平民に指図されるということ厭う貴族というのが一定数いて、その手の揉め事(トラブル)を嫌ったからだと聞いたことがある。

二年春期(四期)が出ていけばすぐに訓練兵寮に移れるだろうが、この時期は毎年少しごたつくな」




「あと、先週くらいから貴族の旧都入りが増えていて、街が少し混乱しているようです」

「混乱?」

「置き引きとかスリとかが増えて、貴族が被害に遭って、警邏隊が苦情の応対に困っているようで……」

 訓練兵の練兵場は門外にある。寮はその傍にあって平民は休みの時くらいにしか街まで足を伸ばさない。だが貴族は街の中のタウンハウスや家を借りて練兵場に通うものが多い。だから犯罪被害に遭うのも貴族が多いということだ。被害にあって悔しいのはわかる。文句を言いたくなるのもわからなくはない。




 だが、平民で構成された警邏隊に居丈高に責任を問うものもいて、困った警邏隊の上層部に相談され、ベルトルドはここのところ街の巡回をしていたのだ。

「アロルド、いつもはどうしていた?」

「老将が巡回に人員を割いてくれていたはずですが……魔鳥が増えているので手が回っていないのかもしれません。確認をとって対策します」




「あと、特に貴族の訓練生の間に、つぼみが増えてきたせいで不安感が広がっているようです。帰りたいと何件か相談を受けました。その……徴兵を不安がって旧都入りを渋っている者もいるらしいって話を聞きました」

 ああ、と、司令官二人が顔を見合わせる。シグヴァルトは嘆息し、アロルドは苦笑した。

「拒否できるなら徴兵とは言わないんだけどねぇ」




「まあ、湖に向かって発砲するくらいしないと、この時期ではまだ死ぬ心配はないと言ってやれ」

 そういえばそんな兵役が始まってすぐ、そんな注意を受けたなぁと思いだしていると、アロルドが苦笑した。

「定期的に、教官の目のないところで銃やら魔法やらを使ってみたい層がいるらしくてねぇ」

「何年かに一度くらいは、訓練兵が魔鳥に襲われるな。前回は俺たちが赴任する直前だったか?」

「そうですね、次はそろそろかと」

 司令官二人が和やかに物騒な内容を話していて、ベルトルドは面食らう。だが、新人の不安は自己責任に寄るところが大きいようだ。




「それに、第二王子()と二妃さまが近々旧都入りするから、他の貴族もそれまでには間にあわせるようにするだろうし、不安も少しは薄れるだろう」

「なら、これから少し混乱するかもしれませんね」

「二妃さまとイェルハルドの旧都入の日取りは今日にも決まるだろうから、決まり次第連絡させよう。来期はイェルハルドが入ってきて、なにかと調子に乗った貴族たちが羽目を外すこともあるだろうが、平民や辺境領民たちに実害が及ばないように配慮してやってくれ。それから露払いの見学希望者はどうなってる?」




 聖木の周りには湖が広がり、魔石の蓮の花が咲いている。年に二回、軍が回収するのが花摘みで、飛竜に網を持たせて掬いあげる。これに先んじて聖女殿の役人たちが船で湖に入り蓮を手摘みする。これが花摘み行事というのだが、役人たちの安全のため、あらかじめ魔鳥の数を減らしておくのが露払いの目的だ。

「すでに旧都入りしている新規訓練生たちは、ほぼ参加希望でした。貴族たちに関しては、数も少ないので一応全て数に入れていますが……。でも参加人数を絞られますか?」

 貴族の人数は少ないので、人数の増減はさして問題にならないだろうと思っていた。だが、会議中の第三連隊長からの進言を思えば、予定が変わるかもしれない。




 どうしましょうかとシグヴァルドへ目顔で問えば、手が伸びてきて思わず逃げかけたが、ベルトルドはなんとか踏みとどまった。彼は黒髪を一房手に取ると、そのまま黙り込んだ。困惑してアロルドへと目を向ければ、いつも通りにこにこしているだけで、助けてくれるつもりはないらしい。

 諦めて、アストリッドのことどれだけ好きなのかと、生温く見守る。黒髪をもてあそびながら思案顔をしていたシグヴァルドは、幾らもせずに手を引いて腕を組んだ。




「……見学自体は、貴族家の者に絞ることになるだろう。連隊長たちと打ち合わせ後、それも早急に連絡する。あと、貴族たちのことで手に負えないことがあれば、手の早いアストリッドには介入させるな。アロルドに言え。知り合いなんだろう」

 副司令官のアロルド・セーデルルンドは、元はといえば祖父の副官を務めていたのだ。ただ、シグヴァルドがトゥーラの司令官への就任が決まった際、味方の少ない彼の補佐につけたと聞いている。




「その姿、懐かしいねぇ」

 再びアロルドへと目を向けると、彼は相変わらずにこにこしながら言った。そのセリフがなにを指しているのかはすぐにわかって、長い黒髪を握りしめて、ベルトルドはダメ元で訴えてみる。

「……できれば、祖父には黙っていてもらえるとうれしいんですけど」

「いやいや、私がわざわざご注進しなくても、君たちの従兄(ルド)が連絡するだろう?」

「……ですよね」

 力なく笑って、ベルトルドは項垂れる。しょげたベルトルドを見下ろし、シグヴァルドは首を傾げた。

ジジイ(イングヴァル)に知られるとまずいのか?」




「シーデーン公爵家の双子は、入れ替わって客を惑わすんですよ。将軍閣下がたいそうお怒りになって、お屋敷にはよく怒声が響いていましたねぇ」

「想像もつかんな。あの無口な堅物土像が怒鳴るのか」

「怒られてご子息が泣きだすと、ご令嬢がかばって将軍に食ってかかって……」

「そちらはなんとなく想像がつくな」

「まあ、怒られる原因もご令嬢なんですがね」

「それは……とばっちりだったな」

 同情を込めた目で見下ろされて、ベルトルドは小さくなる。アロルドがくすくすと笑いながら続けた。




「ご令嬢は妖精よりもいたずら好きで、将軍は手を焼いていらっしゃいましたよ。そうそう、どこか大きなお茶会にまで入れ替わって出かけたとかで、たいそう頭を抱えていらしたねぇ」

「副司令官閣下、どうかそれ以上はお許しください」

「寂しいねぇ、昔みたいにアロルドおじさまと呼んでくれないのかな? トゥーラに着いたときに挨拶に来てくれたっきり、君ときたら顔も見せてくれないで。ドレスを着たベル君がちょこんと膝に乗って、次はケーキを買ってきてくださいね、って言ってくれるのは、さらって帰りたくなるくらい可愛らしかったかったんですよ」

「へぇ」

「セーデルルンド副司令官閣下! お仕事中です!!」

 シグヴァルドにじろじろと上から下まで眺められて、顔から火を噴きそうだった。笑っているアロルドを恨みがましく見つめる。子供の頃のことを持ち出すなんて反則だ。




「これは失礼したね、ベルトルド訓練生。なにかあったら呼んでくれたまえ。すぐに駆けつけよう」

「ありがとうございます」

「なにがなくても、呼んでくれて構わないんだよ?」

「お戯れを、アロルドおじさま」

 抗議に生真面目な顔を取り繕って鷹揚に頷いたアロルドは、礼を述べたベルトルドにしれっと付け足した。すっかり遊ばれている。ベルトルドは涙目で睨んだが、当の本人は楽しそうに笑っているのだ。




「……れた」

 ぼそりと言葉が落ちて、ベルトルドはシグヴァルドを見上げる。氷青の目を細めてこちらを見つめるシグヴァルトと目が合って、ベルトルは小首を傾げた。

「司令官閣下?」

「――いや、なんでもない。アロルド、貴族のことは優先的に当たってくれ。聖木が今すぐどうこうということもないだろうが、この予測がつかん状況下で背後がごたついては、いざというときに困る」

「わかりました」




「それから、二妃さまが旧都入りするとき、関係者との顔合わせを予定している。ベルトルド、お前が参加しろ」

「アストリッドじゃなくて――ですか?」

「あれでは予定が立たん。外せない局面で現れるかもわからん者(不確定要素)を組み込みたくない。その代わりアストリッドには聖女の護衛に回らせる。訓練生の女がいい。人事は任せる。小隊を選抜してむかえと言っておけ。行事中の聖女の護衛はアロルドが指揮を執る。顔を出せとな。以上だ」

 話を締めたシグヴァルドに、敬礼してベルトルドは踵を返した。ようやく緊張から解き放たれたベルトルドはやれやれと息を吐く。今日は本当に疲れた。




 ポケットの中に手を突っ込んで、小さな巾着を取りだすと中のボンボンを一つ口の中に放り込む。砂糖の甘みが口の中に広がり、柑橘の香りが鼻へと抜けていく。少しだけ疲れが癒やされて、これからの行動に考えを巡らせる。寮に戻ってベッドになつきたいところだけど、出直すのも面倒だ。まずはアストリッドに会いに行くべきだろう。

「ベルトルド」

 呼ばれて振り返ると、シグヴァルドが一人、またあのなにかを探るような目をこちらに向けていた。少し離れたところに立ち去っていくアロルドの背中を見つけ、ベルトルドは口の中の菓子を慌てて飲み下す。それからシグヴァルドの前まで戻ると、彼を見あげた。




「どうかなさいましたか?」

「――……いや」

「殿下?」

 スポッと引っ張り上げるようにウィッグを取りあげられた。そのまま彼はアロルドの後を追って歩いて行く。慌てて声をかけるとシグヴァルドは振り返りもせず、後ろ手にウィッグを振ってみせる。

「必要なら自分で取りに来いとアストリッドに言っておけ」

 アストリッドとの接点が少しでも欲しいのだろうか。ベルトルドは嘆息する。アストリッドは絶対、自分で取りに行くくらいならいらないというだろう。さて、なんとか彼女に取りに行かせるいい方法はないかなと思案しながら、ベルトルドもその場を後にした。

作者一推しのアロルドおじさまステキ!

と思ったら☆やブクマなど応援していただけたらうれしいです

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