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王子と聖女と悪役令嬢ときどき僕~王子には僕が溺愛している妹に見えるようです~  作者: 藤井めぐむ
4章

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79/80

79:過去の事情と僕の望んだ未来2

イングヴァル・フォーセル(双子の祖父)

グスタフ・アールステット(宰相)

「ウルリカ、総督府へ戻る! 後で報告を頼む」

 兵が牽いてきた騎鳥の手綱を受け取って、シグヴァルドは天幕の下にいるウルリカに声をかける。騎乗の人となったシグヴァルドに手を差し伸べられ、ベルトルドはおずおずと手をつかんだ。にゃーがいち早くベルトルドの影の中へと飛びこむ。

 烏は地面を跳ねて移動すると、崖の縁を蹴って湖へと滑り出した。

 ふわりと浮遊感に襲われる。黒髪が宙に舞い、耳元で風が唸る。時折羽ばたきながら、烏は滑るように総督府を目指した。




 初めての騎鳥は想像以上に怖かった。眼下には、夕日を映した湖面に、聖木の影と鳥影が黒々と落ちている。きれいだけど恐ろしく思う気持ちと、純粋に高度と速度とに恐怖を覚えた。

 硬直しているとシグヴァルドの手が腰に回ってくる。背中がシグヴァルドの胸に接するように引き寄せられて、少しだけ肩の力が抜けた。

 だけどシグヴァルドは黙りこんだままだ。いつもはなにくれとなく話しかけてくれるのに、急に黙られるとどうしていいかわからなくて落ち着かなかった。怒っているのだろうか。だとしてもなにを怒ってるのかわからなくて困惑するしかない。




 けれどこのまましゃべらずに総督府に着いてしまうと、また会いにくくなりそうだ。昨日坂を登るときに重かった足を思いかえし、ベルトルドは体をひねってシグヴァルドを見あげた。

「あの、さっきは助けてくださってありがとうございます」

「いい」

 ちらりと目が降りてきてベルトルドを捉えたが、だがすぐまた前を向いてしまう。

 ベルトルドは姿勢を戻すと、シグヴァルドの腕の中で小さくなった。




 ずっと一緒にいてくれとか言ってくれたのは、夢か幻だったのだろうか。それとも、ニーナやアロルド、連隊長がどうとか気にしてたから、お友だちは深く濃くのタイプなのだろうか。友だちが他の人と仲良くしてたらイヤだみたいな人もいたりするしと、ベルトルドは首をひねった。

「……おまえ、またおかしなことを考えてるな」

「ぅえぇえ?」

 シグヴァルドに呆れ声に、ベルトルドは首を竦める。

「聞きたいことは?」

 おかしなこととか言われると素直に聞きにくい。でも話を途切れさせるのはもったいなくて、ベルトルドは目を彷徨わせ、それからそろりと訊いてみた。

「あの……いつから気づいておられたんですか? その、昔会ったのがアストリッドじゃなくて僕の方だって」




「ああ、初めからだな」

「初め……ですか?」

「初めて婚約の顔あわせをしたとき、半時ぐらいか、一瞬も目を離さずじっと見あげてきて、ああこれは別人だと思った」

 初顔合わせのときといえば、一二歳のときだ。なんだかアストリッドらしくて、容易に想像がつく。

「確かに、間が五年も開いていれば成長したとも考えられなくはなかったし、顔はあのときのおまえが成長した感じにも見えたうえに、あの年頃だ。性格が多少変わっていることもあるのかと考えたこともあったが、それにしたってアレは無理がありすぎだろう」

 アレでだませると思っていたんだから、イングは相当イカレてるな、とシグヴァルドは淡々と続けた。




「おまえはいつ思いだした。忘れてたんだろう?」

「僕は一昨日、殿下とアーシャの話を聞いてて、急に……」

「なるほど、だから昨日様子がおかしかったのか。ルドに怒られたか?」

 シグヴァルドはなんでもお見通しらしい。

「お祖父さまになにも言わなかったんですか?」

 なにを想っているのか、沈黙が落ちた。沈黙が続いたあと、浮かな様子で問いかけられた。

「両親が死んだ理由、なんと聞いている?」




「母さまたちですか? 事故だったって聞いてます」

「それ以上の詳しいことは?」

 ベルトルドは首を振った。

 両親はいない方が普通だったので、死んでしまったと、もう二度と会えないのだと聞いても、薄情な話だがあまり悲しいことではなかった。ふうんくらいのものだった。保護者たちがあまり話題にしたがらないのは知ってたから、だったら別に無理して聞きだすほどのことでもなかったのだ。

「表向きはは確かにそうだが、おまえたちの両親は、古ギツネに殺されたんだ」

「え?」




「おまえたちが七歳になるかならないかのころは、ちょうどユスティーナさまを妃として認めるかどうかで揉めてた時期だった。それまでは王の愛人としての扱いだったが、グスタフはなんとしても娘を妃にしたかった。そして反対していたのがイングだ」

 王の伴侶はシルヴァ妃一人との約束で輿入れしてもらったんだから、反対することはなにもおかしなことではない。話の流れがよくわからず、シグヴァルドの声にじっと耳を澄ます。

「グスタフはどうしてもこの時期、ユスティーナを妃にする必要があった。彼女の立ち位置でイェルハルドの立場が変わるからだ」

 そう言われて、ようやくピンときた。

「あ、七歳の誕生日ですね」




「そうだ。おまえたちの七歳の誕生日は、イェルハルドの誕生日の半年前。そろそろ招待状を出すのもぎりぎりの時期で、七歳の誕生日を王子として迎えるか、アールステット家の私生児として迎えるかで、イェルハルドのその後の人生が変わる」

 事情がわかれば、保護者たちが怒るのも非常によくわかる。過去の自分たちのやらかしに、ベルトルドは頭を抱えた。

「娘夫婦が亡くなって、一族を守ることにイングが躍起になっているのは知っていた。無理におまえを探すこともできたが、未成年の間は親元に置いておくしかない。だったらアストリッドが成人するくらいまでは、現状維持にしておくことにした。どうせ遠縁の誰かだろうと思ってたから、探せば見つかるだろうと思ってな」




「双子の兄の方だと思わなかったのですか?」

「いいか? 思い浮かべてみろ。イングだろ」

「お祖父さま?」

「それからルド、アイナに、アストリッドだ」

 ベルトルドは指を折りながら、脳内に家族の顔を思い描く。

「そこからアストリッドの双子の兄を想像してみろ」

 言いたいことがわかって、ベルトルドは複雑な気分になった。ルードヴィクやアイナは父方の従兄ってことになるのだが、そもそも両親が又従姉弟同士の結婚なのだ。要はフォーセル一族をよく知っているからこそ、余計に結びつかなかったってことなのだろう。




「まったく疑わなかったと言えば嘘だが、兵役が始まってからはウワサも聞いてたしな」

 あの酷いウワサかと、思いかえしてため息がでる。真実をベースに、おかしな解釈が尾ひれのようについて、考えてみれば今回の発端はあのウワサだったのだ。

「ルドやアイナはもちろんのこと、アロルドやヴェイセルも、イングから止められているのかおまえの話はしなかった。今思えば、ウルリカやエンジーがおまえの話をしようとすると話を変えてた節がある。だからアロルドが、おまえの子どものころの話をし始めたときは、正直驚いた」

 街が近づいてきて、シグヴァルドは手綱を引いて烏に高度を上げさせる。

「イングはおまえを、俺のそばに置くのは反対するだろう」

 繰り返しルードヴィクに、祖父は自分たちを心配してるんだと聞かされた。

 ずっとよくわからなかったが、でも今ならその言葉を素直に受けいれられそうだ。




「グスタフはイェルハルドを王にしたい気持ちもあるんだろうが、たぶん一番こだわっているのはイングのことだ」

「お祖父さまに対抗意識を抱いてるとか、そういう話なのですか?」

「そうじゃない。二人は兵役時代、相当仲がよかったと、ヴェイセルから聞いたことがある。成人してからのイングは、ゴットフリッド王に気に入られて、グスタフとは疎遠になったらしい。見たところグスタフは相当イングに執着してる」

 ――……ただあの人はちょっと若いときの気持ちをこじらせちゃっただけなんだけど――本当に憐れな人……。

 一緒に聖木を見ていたとき、ユスティーナが話した言葉が耳に帰った。

「グスタフから守るためにも、おまえたちを――特におまえを、極力あれの目に入る範囲に置いときたくはないはずだ。奇しくも今回、それを証明する形になったしな」




 騎鳥は体を立てるようにして街を囲む膜壁へとゆっくりと近づいていく。そして膜壁に設置された止まり木へと降り立った。

「おまえははっきり言わないと伝わらないようだから、はっきり言う」

 シグヴァルドは騎鳥から降りると、ベルトルドを見上げた。

「俺はおまえが好きだ。だからそばに置きたい」

 穏やかな灰青の目が、ベルトルドを見つめた。

「だが、今ならまだ手を離してやれる。おまえはどうしたい」

 見下ろしたシグヴァルドの顔には、なにかを読み取れるだけの表情が浮かんでなくて、ベルトルドは困惑する。ただ静かな顔でベルトルドの返答を待っているだけだ。




「僕……」 

 シグヴァルドの気持ちを読もうとしてはダメなのだ。

 ――……自分の軸を持って自分で決めるの。ベルのはただ流されてるだけ。そんなじゃ今に誰からもおいて行かれちゃうんだから。

 アイナに言われたことを思い返して、ベルトルドはまぶたを伏せた。

 いつも自分のことなんか祖父が決めるのだと思ってた。

 でも、初めて祖父の決定に従えないと思う気持ちが生まれた。

「僕、殿下ともっとお話ししたかったんです。子どもの時のこととか、あのときした約束とか……」




 シグヴァルドと離れろという命令だけは、どうしても受け入れがたかった。

 その気持ちは、ルードヴィクやアイナをたくさん困らせることになるかもしれない。祖父を悲しませることになるかもしれない。

 自分は我慢するべきなのだろうか。ルードヴィクの言うとおり、自分の存在はシグヴァルドの欠点にしかならないのだろうか。

 でも――もし、シグヴァルドがまた会いたいと……一緒にいたいと思ってくれるなら、ベルトルドには自分の気持ちに蓋はできない。

 ベルトルドはまぶたをあげてシグヴァルドを見た。

「ダメ……でしたか?」




 シグヴァルドは目を細めてベルトルドを見つめる。

「昔と変わってないな……」

 伸びてきた手がベルトルドの頬に触れ、灰青の目がやわらかく蕩ける。胸の奥が震えるような気がして、目の奥が熱くなった。

「俺に捕まったらもう逃げられないぞ」

 騎鳥の上から抱きあげられて、シグヴァルドは目をあわせて、いつもの機嫌のいい猫みたいに笑う。

 長い黒髪がベールのように、二人を周囲から切り離した。

 ゆっくり距離が近づいてきて、そっと唇が触れた。たまらずまぶたを閉ざす。また胸が震えて、苦しくて切なくなって、どうしていいかわからなくなって……。

 でも同時に泣きたくなるくらい満たされた感じがした。




 唇が離れていって、まぶたを開ける。コツンと額を合わせ、まつげが触れそうな位置でシグヴァルドが微笑んだ。その微笑みに涙があふれそうになって、ベルトルドはぎゅっとシグヴァルドの首にしがみついた。

あと残るはエピローグのみです。

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