71:露払い中に動き出しました1
アロルド・セーデルルンド(第一師団副司令官)
ディンケラ子爵(宰相の子飼い/ユスの付き添い)
グスタフ・アールステット(宰相/ユスの父)
フレデリク・エクヴァル(アストリッドに惚れてる先輩)
ユスティーナ(現国王妃)
アグネータ(前の代の聖女)
イェルハルド(第二王子)
シモン・ネルダール(聖女殿付官吏長官補)
空き地にいくつかの幕屋が張られただけの場所で、何台かの馬車がすでに到着していた。見知った顔もあって気後れする。
視線を感じて、ベルトルドは振り返る。戸を開けていてくれている御者と目があった気がした。気がしただけなのは、相手が濃い色ガラスの眼鏡をかけているせいだ。髪こそ黒いが、透けるような肌は北の方の人だろうか。
背の高い御者からのじとっとした視線を感じて、歪みそうになる表情を律しながらベルトルドは視線を外す。不特定多数を騙すなんて、無理がある気しかしない。アストリッドは前向きと言えば聞こえはいいが、少々なにごともお気楽に考えすぎなのだ。
ベルトルドは振り返ると、馬車へと手を差し伸べる。白い手袋をしたほっそりとした手が、その上に重ねられた。ユスティーナが降り立つと、先に到着していた侍女の一人がすっと、ユスティーナに日傘を差しかけた。
キョロキョロしないように気をつけながら、ベルトルドは人々を見回した。
幕屋には、参加すると聞いていたディンケラ子爵にフレデリクとニーナ、それから会議の時見かけた聖女殿付官吏長官ヘンリクと副長官ともう一人。シモンがいないようだが、彼は参加しないのだろうか。それから、アグネータとイェルハルドはまだ到着していないようだった。
あとは御者にユスティーナの侍女が数人。護衛の騎士たちと、アロルドが率いる兵士たちが、同じ一個小隊ずつくらいだろうか。騎士がいるとはいえ護衛の数が少ない。ユスティーナやイェルハルドがいることを考えると、アロルドが率いているとはいえ心許ないような気がした。
「アストリッド嬢、わたくし、聖木が見たいの。ご一緒してくださる?」
ユスティーナの言葉に応えてベルトルドが腕を差し出すと、彼女は腕を絡めてくる。縁まで行くのは流石に止められたが、崖のそばでユスティーナは聖木を眺める。
「もう始まっているみたいね」
太い幹が空へと伸び、大きく腕を広げ、枝には葉はなく、大ぶりの花がついている。足元には湖が広がり、半月後の花摘みを控え、無数の蓮晶石がキラキラと虹色に陽光を反射していた。
樹幹の周りで時折閃く光と、遠雷のような響きは、騎鳥兵が魔鳥と戦っているのだ。白い巨鳥の周りに、騎鳥の黒い烏が飛び交う。
シグヴァルドは心配する必要はないと言ってくれたし、ルードヴィクも一緒に謝ってくれると言った。でも、シグヴァルドと祖父の関係を考えれば、祖父は現状を許してくれるのだろうか。
やっぱり怒られて、どこかの師団に放り込まれるドロ沼の未来が迫ってきているようにしか思えない。アストリッドの婚約解消だって、祖父は頷いてくれるだろうか。
シグヴァルドと疎遠になることは、少し前までの状態に戻るだけのことだ。でも、それを寂しいと思ってしまうのは何故なのだろう。
思えばここ数週間、ベルトルドは楽しかったのだ。
訓練兵のみんなとわいわいやってるのは楽しかった。でもトゥーラに来てからというもの、ずっとべったり一緒だったアストリッドは、人に不仲を疑われるほどしか話してなかった。領地の本宅の中ではずっと表に出ていたにゃーも、出してあげられなくなった。
にゃーは相変わらずとはいえ、アストリッドと話す回数が増えた。成人してからというもの仕事で忙しかったルードヴィクと話す機会も増えた。シグヴァルドに接近を禁止されているため、会いにくかったアロルドやアイナとも話ができた。
まるで子ども時代に戻ったみたいだった。
シグヴァルドと距離を置くことは、また前のように彼らと疎遠になるということだ。
「考えているのはアストリッド嬢のこと? それとも別の人のことかしら?」
くすくすと楽しげに笑っているユスティーナに、ベルトルドは小首を傾げた。
「二妃さまは妹と……その、昔、仲が……」
「そうね、一緒にいることは多かったかしら」
日傘を持つの侍女のことが気になって、途切れ途切れに訊ねる。
「私たち、周りから少し浮いていてね、一緒にいるのはなにかと都合がよかったの。だからベルが思う仲良しとは少し違うかもしれないわね」
人払いしたユスティーナは、遠い目をする。
アストリッドとは仲がいいように見えたし、彼女がシグヴァルドを気に入っているのも本当のことだろう。でもアイナの言うように、ユスティーナには立場がある。
「ベルは、アズタと仲良しなのね。フォーセル家は家族仲が良さそうで、羨ましいわ」
感傷を振り払って目を戻したユスティーナに、ベルトルドは顔を伏せて地面に目を落とした。ここに来て初めて、ユスティーナを信用しきれないと感じてしまう、祖父や従兄の気持ちがわかるような気がした。
この人は本当にアストリッドの味方をしてくれるのだろうか。
大事なものがかかっている。だから慎重にならざる得ないのだ。
「その、うちの従姉が言っていたんですが、二妃さまにも王宮内での立場があって、その、妹に力貸していただいて、二妃さまはのお立場は……」
ただそう思ってしまうことを、彼女に申し訳ないと思ってしまう気持ちもあって、どっちつかずの自分が情けない。ユスティーナは微笑んで、絡めた腕をなだめるように叩いた。
ベルトルドの考えていることなどお見通しなのかもしれない。
「大丈夫よ。陛下は私の気持ちを大事にしてくださっているし、それに父とはもともとうまくいっていないの。うちの父にとって女子どもなんて、ただの道具でしかないから。でも、家族だけならまだしも、本当にどうしようもない人……」
「二妃さま、ご存じだったのですか……」
いや知っていて当然なのか。少しばかり困った顔でユスティーナが微笑む。過去の記憶で様々なことを知っている彼女なのだから。ただそういう状況が、ベルトルドには実感がわかないだけだ。
「父はね、強さで判断される価値基準を覆したいんでしょう。魔力が高い者が優秀と尊ばれる、強さは正義――それを変えるにはどうすればいいのかわかる?」
「強さが必要なのは魔獣の脅威があるからだから、それがなくなれば……瘴気がなくなれば、もしかしたら……」
「そう、平和な世になればいいわ。でもそれは今は不可能でしょう? だから力関係を逆転させようとしているの」
やはりあの首輪は、より魔力が高い者に対して使おうとしているのか。
「やり方は最悪ね。ただあの人はちょっと若いときの気持ちをこじらせちゃっただけなんだけど――本当に憐れな人……」
つぶやかれる言葉は情がにじんで、語尾がかすれた。でもユスティーナはすぐにベルトルドに微笑みかける。
「後悔しているの、もっと私は父と向き合うべきだったんじゃないかって。でもね、それは今だからそう思えるだけで、若いときは父に対する反発しかなかったのだけど」
「二妃さま?」
こっそりシグが登場しています。
ユスわかってる。アスタ気づいてる。ベル気づいてないって感じです。




