65:僕の気持ちなんて自分が一番わかりません3
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父/将軍)
アイナ・クロンバリー(双子の従姉/シグの侍女)
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
ウィッグが自分に重なった。彼がこれを欲しがったのは、アストリッドとのつながりだからだ。でももういらなくなった。だったらその身代わりに過ぎないベルトルドなんて……。
ぽすんと、頭の上にウィッグが置かれる。
ベルトルドは急に家に帰りたくなった。鼻がつんとして、ずっと鼻を啜る。一刻も早く帰って、ベッドへと潜りこみたかった。
頭に乗ったウィッグを胸元へと手繰り寄せる。
「あの、報告も終わったし……僕、帰ります」
わずかにあった距離を詰めてきたシグヴァルドが、間近に立って見下ろしてくる。
「言いたいことがあるなら言え」
「言いたいこと……ですか」
「違うのか? なにか腹にためてそうに見えるが?」
ふにっと頬を摘まんで、いつものように喉を鳴らして笑う。見上げるといつもの機嫌のよいときの表情で、ベルトルドはわからなくなる。
「……妹と婚約を解消されるんですか?」
「そうだな」
なんでもないことのように、シグヴァルドの言葉が返ってくる。
シグヴァルドはずっとアストリッドのことが好きなのだと思っていた。彼が妹の手を離すときが来るなんて、想像もしなかった。
だってアストリッドは今までだった婚約を解消したいってずっと言ってたし、シグヴァルドだってそれはわかっていた。だから逃げられ王子だの言われ放題していたはずなのだ。なのに、何故ここに来て急にアストリッドの手を離すのだろうか。そしてそれに対して、どうして彼はこうも、なんの感慨もなさそうなのだろう。
ただのポーカーフェイスなのだろうか。それともベルトルドに気を遣わせないため?
そしてどうして自分は、シグヴァルドの態度にもやっとした気持ちになっているのだろう。
ただ単に、何度も拒否されて諦めたのかもしれないし、踏ん切りがついたのかもしれない。何気ないときに、ふいに今までの執着が消え去るタイミングだってある。そしてそれをここ何回か会って話しただけのベルトルドに見せたりしないのだって普通のことだし、ましてや元婚約者の双子の兄なんて、却って言いにくい間柄かもしれない。
祖父と会うときは一緒にいてくれると約束して、アストリッドのことも助けてくれると言ってくれた。彼を近しく感じてたのなんてベルトだけだったのだろうか。
「他には?」
頭を振る。
「つれないな。そんなに帰りたいのか?」
耳を、ささやきがくすぐる。拗ねた声を聞かせたシグヴァルドは、ベルトルドの腰に手を回して引き寄せる。残っていたわずかな距離もなくなって、彼の体温が近くなる。シャツ一枚の胸は、いつもより距離が近くなったような気がした。
「慰めてくれないのか」
見上げたシグヴァルドは、ベルトルドの頬をなでながら機嫌がよさそうに目を細める。
「言ってることと表情があってません……」
「そうか?」
とまどうベルトルドに、くくっと喉を鳴らして笑う。
「お仕事はよろしいのですか?」
「明日の準備はな。休みがないとルドにはさんざん文句を言われたが、これで少しはまとまった休みがとれる」
「よかったです。最近お疲れのようでしたから」
長い指が髪の中に潜り込んで耳をかすめ、薄茶の髪をゆっくりと梳いていく。くすぐったくて首を竦めたベルトルドに、シグヴァルドが目元を和ませる。
「そうしたら久しぶりに遠駆けにでも行ってみるか」
「楽しんでいらしてください」
「なにを言ってる。おまえと行くんだ」
「ぅえ、僕ですか? でも僕、足を引っ張ります……」
「遊びに行くのにそんなことを気にしてどうする」
声をたてて笑うシグヴァルドを、ベルトルドはますます困惑する。シグヴァルドがなにを考えているのか全然わからなかった。
でも、と、ベルトルドは黒髪を持っていた手にぎゅっと力を込める。
身代わりでしかないベルトルドは、アストリッドとの関係が終わったら、自分もまた疎遠になっていくだろうと思っていた。でももしかしたら今までとは別の関係を築いていけるのだろうか。
だが続くシグヴァルドの言葉に、足下がぐらりと揺れた。
「まあその前にイングが来てひともめするだろうが」
「いつ……ですか」
「早ければ明日の夜ぐらいには着くだろう」
自分のばかさ加減に呆れて、ベルトルドは目を地面へと落とす。関係を築くもなにも、自分がシグヴァルドの傍にいることは、そもそも許されていないのだ。
「ベルトルド」
「あ、はい」
不意に名前を呼ばれて顔をあげる。さっきまで笑っていた顔が曇っていた。それがなんだか嬉しく思えて、さっきとは違う意味でまた目の奥が熱くなる。
「どうした、具合が悪いのか? 顔が真っ青だぞ」
手を引かれて、椅子に座らされる。シグヴァルドは水差しから水をくむと、ベルトルドにコップを握らせた。本人は目の前にしゃがみ込んでベルトルドを見あげる。
「どうした? イングのことも、アストリッドも俺がどうにかすると言っただろう。あんまり寝てないのか?」
こんな状況になってもまだ、アストリッドのことを考えていてくれるのだろうか。自分のことも? でも祖父が来たらどうなってしまうのだろうか。アイナ姉さまは笑っていたけど、ルド兄さまは祖父と一緒に言いつけを守らないベルトルドを起こるのだろうか。祖父とシグヴァルドはどうなってしまうのか。
考えることが多すぎて、もう自分の気持ちをどこに絞って考えればいいのかわからない。頭の中がぐるぐるしてて、本当に気持ちが悪くなってくる。
「あの……ごめんなさい、僕、やっぱり今日は帰ります」
「送っていこう」
「大丈夫です、一人で帰れます」
「いいからこい」
手からコップを取りあげたシグヴァルドが、ベルトルドの前で身をかがめた。意味がわからず瞬いたベルトルドに、シグヴァルドは腕をつかんで己の首に回させた。
「で……殿下?」
「なんだ? お姫さま抱っこの方がよかったか?」
「僕、歩いて帰れます」
「途中で倒れたら困る。心配で仕事も手につかん。おとなしく従え」
「あの、なら、ルド兄さまを呼んでもらえたら」
「……ああ?」
急に氷の目が剣呑に細められて、ベルトルドは慌てて目の前の首にしがみついた。
「いい子だ」
くつくつと喉の奥で笑って、腿裏に手を入れるとベルトルドを抱きあげ、大股に部屋を出る。
「アイナ! ルドはどこにいる?」
シグがずっと機嫌が良さそうで、氷の王子の異名がエラー感半端ない……
明日は兄さまのターン
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