63:僕の気持ちなんて自分が一番わかりません1
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
イェルハルド(第二王子/シグの異母弟)
フレデリク・エクヴァル(アスタに惚れてる先輩)
グスタフ・アールステット(ユスの父/宰相)
ディンケラ子爵(ユスの付き添い)
シモン・ネルダール(聖女殿官吏長官補)
アイナ・クロンバリー(双子の従姉/シグの侍女)
ベルトルドはとぼとぼと坂道を登る。
子どものころの記憶を思い出したとき、うれしい気持ちがあふれた。
あの日、家に帰ったあと、アストリッドにどんなにおやつがおいしかったかの話をして、次はいつ会えるだろうかと楽しみにしてた。いつもいたルードヴィクがいなくなって寂しかった時期でもあって、彼と同じくらいのお兄ちゃんに話を聞いてもらえたのも楽しかった。
あのときの気持ちも一緒によみがえったのだ。
シグヴァルドがあのあと婚約を申し込んだというのなら、きっと彼もまた会いたいと思ってくれたのだろう。そう思ってくれてたのならうれしくて、打ち明けたらシグヴァルドはどんな反応するだろうかと、そわそわした気持ちになる。
でも。
そんなものは妄想にすぎない。
どんな理由があったとしても祖父はシグヴァルドを騙したのだ。そのことが知られたらどう考えたって二人の間には亀裂が入る。どうして祖父はそんな方法をとったのだろう。
確かにイェルハルドの誕生日パーティに入れ替わって出かけてしまったのはよくなかった。でもそれでシグヴァルドまでもを謀る意味はあったのだろうか。
これをグスタフやその共鳴者たちに知られたというのなら、なにがなんでも隠し通さなければならなかっただろう。だがシグヴァルド相手になら、素直に事情を伝えた方が丸く収まりそうなものだ。どう考えたって祖父のとった手段は悪手だ。親族や周りの誰も祖父を止めなかったのが、また不可解だ。
坂の上の総督府を見あげ、ベルトルドはまた何度目かのため息をつく。昨日は楽に感じた上り坂は、今日はこんなにもしんどい。
魔法陣の報告をしなければならないし、なによりアストリッドに頼まれていたウィッグのことがある。もっと早くに、返して欲しいと言っておけばよかったのにと、苦い気持ちになる。だがこういうのはいつだって後の祭りだ。
行かないという選択肢はとれない。行かなければと思ってはいるが足が重い。
昨日アストリッドに婚約破棄を言いだされて、シグヴァルドはなんと答えたのだろうか。彼は今、どんな気持ちでいるのだろうか。
いつも機嫌がいいときの猫みたいに笑っていた彼が、もしベルトルドを見て嫌な顔をしたりしたら……。
そう思うと、心臓が凍りついたような心持ちになって、ベルトルドはふるりと震えた。
ベルトルドはもう一度ため息をついて、止まってしまった足を進める。
婚約破棄――それから断罪へと進んでいくのだろうか。
――……一族郎党断罪なんていうのもありえてね。
アストリッドがそんなことを言ったとき、たがだか恋愛のもつれでそんなことにまでなるなんてと思ったが、そもそもの認識が間違っていたのだ。ルードヴィクが言うように貴族の結婚に恋愛なんて関係なくて、純粋に権力闘争の問題だったのだ。
それはそうだよねと、ベルトルドは石畳に視線を落とす。どこの家同士が結びついたかっていうのは、もっともポピュラーな勢力拡大手段なわけで、自分の血を引く第二王子を次期国王にしたいグスタフにとって、王太子シグヴァルドとその後見人であるイングヴァルは最大の敵である。そこを攻撃するのはなにもおかしなことではないのだ。
そこに気づかず恋愛がどうのなんて思っていたベルトルドは、ルードヴィクに砂糖がつまったぽややんたぬきと罵倒されたって、反論のしようもない。
――……毒蛇を招き入れた。
アストリッドに会いにいくたびに、そこにはフレデリクがいた。フレデリクはディンケラ子爵のお供だと言っていた。たまたまベルトルドが訪問した時に重なったった可能性はなくもないが、シモンの口ぶりだと聖女殿がグスタフと組んだのだろう。
昨日のアストリッドの行動も、首輪も、ここのところの貴族の子弟たちの行動も、全てはグスタフの企みの一部なのだろうか。
アストリッドの婚約破棄宣言が不可抗力だっただろうことは、昨日の態度を見ていればわかる。ただシグヴァルドにアストリッドの本意かどうかなんてわからないだろうし、話していたこと自体はアストリッドの嘘偽りのない気持ちではあった。
グスタフはシグヴァルドに恥をかかせたかったんだろうか? あんな宣言になんの意味があるのだろう。アストリッドが婚約破棄したいと言ったところで、保護者である祖父が了承しなければただの戯言だ。
ベルトルドはポケットに手を入れて、さっき渡された包みに触れる。グスタフの手先であろうフレデリクを、現在その被害を受けているアストリッドがあんまり怒ってないだろうことが、ベルトルドにはもやっとする。
文字の型抜きクッキーは、子供の頃スパイごっこでよく使っていたアイテムだった。これはアストリッドからのメッセージだ。ダミーの文字も含め、たくさん入っているから、見ただけではわからない。とはいえ、そんな大事なものを託すくらいなんだから、信用はしてるんだろう。
「こんなの、八つ当たりなのかな……」
ベルトルドは独りごちる。自覚がなかったとはいえ、シグヴァルドを騙しているのは自分自身だ。そして確信犯の保護者たちである。フレデリクのせいではない。
明日、アストリッドがなにかしようとしていること、シグヴァルドに話すべきだろうか。前にアストリッドを助けてくれるとは言っていたが、状況が変わってしまった。彼にこれ以上自分たち双子のことで煩わせるのはためらいがある。
祖父や従兄が過去のことをベルトルドに話さなかったのは、こうやってうだうだ悩んでしまうからかだろうか。自分が守られていたことに気づいて、苦い気持ちが胸の中に広がり、ベルトルドは唇を噛んだ。
ベルトルドはさっきフレデリクに握られた手首をさする。シグヴァルドがよく握っていた手首。彼とは違う手の大きさや、温度や、湿度。そのいつもと違う感触に、どうしてか鳥肌が立った。
「シグヴァルドさまはお会いになるそうよ」
重い足を引きずって総督府でシグヴァルドの面会を申し込むと、アイナが迎えに現れた。
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