61:聖女が真エンディングというものを教えてくれました1
フレデリク・エクヴァル(アスタに惚れてる先輩)
グスタフ・アールステット(ユスの父/宰相)
「アストリッドは今、官吏方やディンケラ子爵と話をしてる」
「そう……ですか」
目の前に立つフレデリクから足元へと、ベルトルドは視線を落とす。ベルトルドはそのままぺこりと頭を下げる。
「出直します。失礼しました」
「ベルトルド、これ」
聖女殿から立ち去ろうとしたベルトルドを、フレデリクは呼び止める。手に押しつけられた小さな包みに、ベルトルドは目を落とした。
「アストリッドからだ」
かさりと乾いた音を立てる包みを見て、それからフレデリクを見る。
「アストリッドが先輩に直接ですか?」
「ああ、おまえに渡してくれって」
昨日、総督府であったときのアストリッドの彼への態度は、明らかに迷惑そうだった。だいたいアストリッドの性格で、自分の一挙手一投足に干渉され続ける生活なんて耐えられるわけがない。なのにこれを託したということは、うざったくは思っていても警戒はしていないということだ。
「それ、なにか訊いてももいいか?」
アストリッドが考えていることがわからなくて顔をしかめたとき、フレデリクが手の中の包みを指さした。顔を覗き込んでくるフレデリクに、ベルトルドは包みを開ける。
「たぶん、お菓子です」
開いて見せると、中に入っていたのは案の定クッキーだった。のぞき込んだフレデリクが袋の中からクッキーを一つ摘みあげた。
「文字の形のクッキー?」
「型抜きクッキーですね。子どものころ、よく食べたんです」
フレデリクはクッキーを包みに戻し、躊躇いながらベルトルドを見た。
「――俺のところに来ないか」
フレデリクの言葉の真意をつかみかねて、ベルトルドは首を傾げた。
「宰相閣下は俺を認めてくださっている。将来のポストを用意してくださったんだ。おまえに力を貸してほしい」
「その約束がぶじ果たされるよう、お祈りいたします」
「ベルトルド、宰相閣下は信用のおける方だ。国の行く末を案じておられる」
「そうでしたか」
「シグヴァルド殿下は確かに強い魔力を持ってるかもしれないが、それだけだ」
フレデリクは真剣な眼差しをベルトルドに向ける。
「俺と一緒に来い。アストリッドもおまえも、みんな守りたい」
差し出された手を見て、胸の中で怒りの感情が一瞬大きくふくらんだ。
アストリッドのことなんかなんにもわかってないくせに、彼女のなにを守るというのか。ベルトルドからすれば、彼からアストリッドを守りたいぐらいだ。
彼に比べたらほとんど話したことがないと言っていたシグヴァルドの方が、まだアストリッドを理解しているように感じる。
だがあふれかけたそれらの感情を、ベルトルドは目を伏せて、言葉を飲み下す。自分の気持ちをここでぶちまけたところで、気持ちはよくなるかもしれないが、アストリッドのためになるのだろうか。
ためにならないだけならまだしも、足を引っ張る羽目にはなりたくない。
ベルトルドは息をついて小首を傾げる。
「……みんなって誰ですか?」
「だから……」
「僕には、平民にも辺境領民にも友達がいます。彼らもそのみんなの中に入れてくださるんですか?」
「おまえが蛮族に慕われてるは知ってる。だからその力を……」
「僕が辺境領民の方々に多少なりとも影響力があるというなら、それは祖父の力ですよ。僕のじゃありません」
「なに言って……」
フレデリクは眉間に皺を寄せた。
「それに、どうやって? 先輩にシグヴァルド殿下ほどの力があるとは思えません」
ベルトルドは彼をじっと見つめ、静かに伝える。フレデリクもベルトルドを見つめ返す。
「魔物退治なんて、蛮族にやらせればいい」
「彼らの協力がなくなって困るのは僕たちです」
「ヤツらは聖晶石が欲しいだけだ」
少しいらだたしげに、フレデリクは目元を険しくする。ベルトルドは地面に目を落とすと、そんなの……と、小さく笑った。
「僕たちがいなくなるのを待っていればいいだけです。彼らの協力がなければ、次のスタンピードで国は瓦解するでしょう。そうしたら取り放題です」
鼻白らんだように、フレデリクは後退った。
「かつて領主とは、人々を守る存在だった」
ベルトルドはそう教えられて育ったのだ。
魔物の脅威から人々を守り導く存在――だから特別だった。
「僕は戦闘には不向きで、公爵家の継嗣には相応しくないのかもしれない。今はそう言う貴族が増えてきてしまったのかもしれない。ただそういう本来の部分を忘れ、自分たちは特別だと振る舞う貴族たちの一員となれと言う意味ならば、お断りさせていただきます」
もうあと幾らもせずに聖木が狂い咲くだろう。それがわかったこの時期に、政治を担う貴族が内輪もめしてるなんて、国民にとって不安この上ないことだろう。少しでもわかってくれればいいけど、とベルトルドは思った。
でも、彼らからしたら、ベルトルドの考えこそが間違っているのかもしれない。
「すべての人の先頭に立って戦うシグヴァルド殿下を、僕は尊敬しています」
言葉を失ったフレデリクに一礼し、ベルトルドは踵を返した。だけどいくらも行かずに手首を捕まれた。ベルトルドは振り返る。全身にぶわっと鳥肌が立っていた。
振り返った勢いが激しかったせいか、フレデリクは一瞬驚いた顔をする。
「待て――待ってくれ。オレのこと覚えてないか?」
フレデリクが髪をかきあげて、こめかみにうっすら残った傷を見せる。そういえば、彼と初めて話した会議の時に、気になっていた傷跡だ。
「子どものころに木から落とされた」
なんかどこかで聞いた話だなと首をひねったベルトルドは、ハッと息をのんだ。
――……昔、うっかり木から落としちゃっただけなのに、泣いてパパに言いつけてやるとか言ってたヤツがいたの覚えてる?
あれってフレデリクだったのかと、ベルトルドは気まずく目を逸らす。だがそのあとの告白が衝撃すぎて、ベルトルドはフレデリクへと戻した目を大きく瞠った。
「オレはあの時からずっと……アストリッドが好きだ――アイツを、あのころの彼女に戻してやりたい」
明日も投稿できそうです
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