52:妹の様子がおかしかった理由がわかりました
トピアス・ユーホルト(双子たちの代の訓練兵の副主席)
銀縁眼鏡の生真面目そうな印象の副主席。彼もいつもきっちりとしてたなぁと、ベルトルドは思い返す。彼の家もまた宰相側の派閥だ。
とはいえ、彼が問題行動を起こしているなんて話は聞いていないし、宰相側の訓練兵全てが関わっているというわけでもないだろう。ただ単に印象が似通っているというだけで、彼が今回の事情を知っているとは限らない。だが思い立つと急に話を聞きたくなって、誰かトピアスを見なかったか訊ねる。
資料室の方で見かけたという話を聞いて、あちこちに告知書を張りながら二人と共に資料室へと向かう。
本棚の前でページをめくっているトピアスを見つけて、ベルトルドは小走りに駆け寄った。
人の気配に気がついたのか、銀縁メガネのトピアスが本から顔を上げた。
軍人二人を紹介したあと、しばらく外で待っていて暮れるように頼んで、トピアスに向き直った。
「俺に用か?」
「うん、聞きたいことがあるんだ」
「悪いんだが、今は集中したい」
トピアスが手に持った本を振ってみせる。その本には覚えがあった。
「魔方陣の医療利用? トピアスも魔方陣に興味があるの?」
「もって、おまえは詳しいのか?」
「詳しいってほどじゃないよ。単に興味がある……かな。調べ物とかなら手伝えるよ。読むのが目的ならごめんなさいだけど」
「聞きたいのは貴族のことか?」
「それもあるけど……アストリッドことなんだ」
トピアスはベルトルドを見つめ、眼鏡の奥の目を細める。
「アイツになにかあったのか?」
「様子がおかしいんだ」
聖女殿での出来事を話す。トピアスは思案を巡らせる横顔を晒していたけれど、しばらくしてベルトルドに目を戻した。
「お前と話しているのを見られるのはまずい」
「じゃあ、夜、うちか君のとこなら大丈夫?」
「お前、それ、もう大丈夫なのか?」
ほっぺたを指されて、ベルトルドは目を泳がせて頬をさすった。
「う……うん。もうほとんど」
「いや、お前は殴られたところが悪化したんだ」
「ぅええ?」
具合が悪いフリしてろと言いおいて出て行ったトピアスは、しばらくして軍人二人を連れて戻ってきた。そしてあれよあれよという間に、寮ではなく家の方にベルトルドは連れ戻された。具合が悪い相手を家に送って行くなら、言い訳ができるということらしい。
家に戻り、首元を緩めてトピアスが見せてくれたのが、中央に魔晶石を配した、魔法陣が刻まれた革製の首飾りだ。ただ装飾品というにはあまりにも無骨すぎる代物だ。
「そのまんま、ただの首輪だ。あいつらは隷属の首輪だと言っていた」
トピアスが皮肉げに笑った。
「主人に逆らえば罰を与える、そういう機能を持つ支配の証だそうだ」
かける言葉を見つけられず、ベルトルドは顔を寄せて首輪に集中した。
「……魔法陣だね。従魔に使うもののアレンジかな」
従魔は、従属登録された魔物のことだ。騎鳥に使われる烏などがそれに当たる。
瘴気に侵されると身体の巨大化や異形化の他、凶暴化が見られる。比較的凶暴化の少ない個体を従魔として使用するのだ。少ないとはいえ魔物化したものはそうでないものより、危険性は高い。それをコントロールするためのものが従属の首輪である。
暴走したときに従魔を無効化するための仕掛けがしてある。軽い痛みを与えて正気に戻すものや、意識を落とすほどのもの、一時的に眠りに就かせるものなど、従魔の危険性により様々だ。
「本当に詳しいんだな……」
「事情があって従魔用の首輪を作ったことがあるんだ。生体反応を見てる――汗か……魔力か」
「生体反応?」
「うん。従魔のは魔力の増大を見るんだけど、そのへん少しアレンジされてて……」
「外せそうか?」
「魔法陣て丸く閉じてるでしょ。これもぐるりと首を取り巻いて、円になって力が循環してるんだ。その円を断ち切ったとき、循環していた力が装着者に返るようにしてるみたい」
「聞いておいてなんだけど、これ、僕に話してよかったの?」
「よくはないんだろうが、こんなもの着けられておとなしくしていられるほど、こちらも従順じゃない」
優等生然とした少年が、ふっと視線を流して笑う。その顔にいかにも獰猛そうな色が一瞬浮かんで消える。トピアスが一方的にアストリッドの面倒を見てくれている関係かと思ったが、意外と相性が良さそうだ。
少し時間が欲しいとトピアスに頼み、それ以来、ベルトルドは家にこもり、今は二回目の夜だ。
ベルトルドは暗い部屋の中、デスクライトに照らされた紙を眺める。二重円の中に書き込まれた幾何学模様と文字列――魔法陣。
魔法陣は古代人の遺産だ。研究はされているが、聖木と同じでこれもよくわかっていない。幾何学模様にも、文字の一つ一つにも意味がある。その組み合わせでさまざまな現象を起こすのだが、失われた知識だ。現代人は、残されたものを多少アレンジして使っているに過ぎない。
この首輪の魔法陣もそうで、でもベルトルドも知らない文字が使われているところを見ると、新しい発見がなされたが秘匿されているのか、この魔法陣の作者が天才で新しいものを作り出したのか。こんな時にでも少しばかり浮かれている自分に、ベルトルドはぎゅっと拳を握る。
あちこちでどうでもいいような内容で揉め事を起こしているのは、たぶんこれが原因なのだろう。本人たちの意思は関係ない。親の命令かもとも思ったが、こんな魔道具まで用意しているとなると、親の問題ではない。もっと大きい規模で動いてる。
――……あいつらは金のためならなんでも売るんだよ。
何を売るのかと思ったが、こんなものを我が子につけられて黙っている親はいないだろう。だとしたら売ったのは親で、売られたものは子どもと言うことだ。
そしてアストリッドもまた、これをつけられていると考える方が自然だろう。あんなふうにいちいちなに事かにつけ了解を取らなければならないということは、フレデリクはつけた側ということだ。彼の上にいるのはたぶんディンケラ子爵だ。
フレデリクはアストリッドのことが好きなのだと思ってた。でも彼女にあんなものをつけさせて気にならないということは、そもそもその認識自体が間違ってたのかもしれない。あんな、彼女の自由意志を封じて自分の好きなように振る舞わせるだなんて、そんなの……。
んなぁとにゃーが鳴いた。おとなしく傍らで寝ていた巨猫が、大きな頭を顔に擦りつけててくる。
「にゃーちゃん、ちょっと自分のサイズわかってないとこあるよね」
グキッとなった首をさすりながら、ベルトルドは自分と変わらない大きさの猫に向き直った。薄暗くしてある部屋の中で、お座りした黒猫がぐるぐると喉を鳴らしながら頭を下げてくる。眉間に体を密着させ、抱きつくようにして耳の下あたりをかいてやる。
「ふふ、にゃーちゃん、慰めてくれてるの?」
んなぁと再びにゃーが鳴いて、ベルトルドはうんうんと頷く。
「アーシャが心配だよね――ぅえ、なに?」
抱きついていた体を押しのけるように顔をあげ、巨猫はんなぁとまた鳴く。同時にノック音がして入室を許可すると、明るい廊下の明かりを背に執事が困り顔を覗かせた。
「ベルトルドさま、王太子殿下がお越しなのですが」
「は? え?」
明日はまたシグの回です。
もうそろそろ終わりが見えてきました
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