50:聖女は思っていた人となりとはちょっと……かなり違ったようです3
ニーナ・レミネン(後輩/次代の聖女)
イェルハルド(第二王子)
デニス・アルデバリ(食堂前で騒いでた後輩)
「ニ……ニーナ嬢?」
急に叫び始めたニーナに、おそるおそる声をかけたイェルハルドは、完全に腰が引けていた。彼の出自を考えると、こんなふうに急に叫び始めたりする女性と縁があったとは思えないので、仕方がないことだろう。
「もーー体どーなってんのよぉ、全然あってないじゃない、壊れてんのこのゲーム……」
「……ベルトルド、一旦馬車を止めて休憩するぞ」
今度は頭を抱えてぶつぶつ言い始めたニーナに、なるべく離れるべく尻でいざりながら、イェルハルドは早口で命令する。ベルトルドが御者に指示を送ると、馬車はするすると路肩に止まった。外から扉が開くと、女の甲高い罵声が飛び込んできて、イェルハルドはびくりと肩を揺らした。
「どうしたの?」
「近くで貴族と平民ともめているようです」
御者が振り返ると、併走していた騎士が近づいてきてそう答えた。ベルトルドは馬車から降りて声が聞こえた方に目をやる。道端に人だかりができていた。
「すみません、イェルハルド殿下。様子を見に行って参りますので、僕はここで失礼いたします――しばらく休憩したら馬車を出して」
馬車の中へ声をかけ、御者と騎士に指示を出していると、ぴょんとニーナが馬車から飛び降りた。
「行こ、ベルくん」
「ニ……ニーナさん?」
ニーナはベルトルドの手首をひっつかむと、ずんずんと集団に向かって歩き出した。
「どうかしましたか?」
よく通る声で声をかけると、人の輪がほどけてニーナは中心へと突っ込んでいく。真ん中では、貴族の少女とその取り巻きたちが、子どもとその母親に向かって声を荒げていた。
「この子が、汚い手で私のスカートをつかんだの! 見てよこれ!」
「すみません、本当にすみません」
「謝ってすむと思ってるの? これ、今期の新作よ! どうしてくれるのよ、弁償しなさいよ」
明るい色のスカートに、確かに子どもらしき手形がついていた。子どもを庇うように抱きしめて母親は何度も頭を下げ、子どもはべそをかいて母のスカートの影に隠れている。
これもいつものだろうかとベルトルドは貴族たちを見る。その中にはデニスがいて、ベルトルドの視線を感じたのか、彼はさっと視線をそらした。
やはりそうらしい。もめるのが目的なら、彼らを隔離した方がいいかなぁと考えていると、ニーナが胸の前でパンと手を合わせ、明るい声を上げた。
「わぁ、キレイなスカートですね!」
「え、そう?」
「どこで買ったんですか? すごくステキ! あなたによく似合ってます。ジャケットもカワイイし、そのお帽子も、とってもおしゃれですね!」
ニーナの賛辞に気分をよくした少女は、照れた様に帽子を直したりしてうふふと微笑む。
「や……やだ、そんなにいいかしら?」
「ホントですよ! あなたがカワイくて、スタイルもいいから似あうんですよね。わたし、ほら寸胴だし、よく幼児体型って言われるので、すっごくウラヤマシイです。よかったら服の選び方のコツとか、教えてもらえませんか?」
頬を押さえてもじもじしている少女にニーナは畳みかけた。
「ケーキのおいしい喫茶店があるんですよ。一緒にどうですか?」
「そうね、ごちそうしてくれるなら、私がお洋服の選びを一からレクチャーしてあげるわ!」
意気揚々と答えた少女は、取り巻きから肘でつつかれて、はっと周りを見回した。
「……けないじゃない。わ、私とあなたじゃ格が違うんだから、まねできるなんて思わないで!」
ふんと顎をそらした少女に、ニーナがうつむいて舌打ちした。目を丸くするベルトルドをよそに彼女はキョロキョロと周りを見回す。そしてなにかを見つけて、きびすを返して戻っていく。そこにはベンチに座ったイェルハルドがいて、ちょうど騎士の一人からジュースの入ったカップを受け取ったところだった。
ニーナはそのジュースを奪い取ると、イェルハルドの文句を背に戻ってきた。
そして予備動作なくそのジュースを少女にぶちまける。
しん……と水を打ったかのように静まりかえった。ぽたりぽたりと、帽子のつばから滑り落ちたジュースが、ジャケットにスカートに、黄色いシミををつけていく。
誰もが言葉を失って二の句を告げないでいる中で、ニーナだけが明るい声を聞かせた。
「わーごめんなさい! わざとじゃないのよ? ぜひそのお洋服、私に弁償させてください!」
わざとらしく謝ったニーナに外野は歓喜し、少女とその取り巻き達は激怒した。あとはもう推して知るべしである。
蜂の巣をつついたかのような騒ぎになり、よくけが人が出ずにすんだものだと思う。騒ぎに駆けつけた警邏隊と協力してなんとか、ベルトルドはようやく人々を解散させた。
「イェルハルド殿下、場を納めてくださってありがとうございます」
イェルハルドが取りなしてくれたおかげで貴族の怒りが収まったのだ。貴族側がひいたおかげで、平民側も矛を収めたので、本当に助かった。
ニーナの言い分としては、平民対貴族より、貴族対貴族の方がいいかなと思ったんですと言っていた。それにしたってやり方が豪快すぎる。
「ベルトルド、女ってみんな、あんなに思い切りがいいものなのか?」
「いいえ、殿下。彼女はうちの妹と同じくらい規格外だと思います」
そうかと、ちょっとほっとしたようにつぶやいたイェルハルドが、一番気の毒だったかもしれない。
そういえばイェルハルドも、ニーナの真実の愛の相手の一人だという話だった。しかしあんな強烈な一面を見せられて、恋愛に発展するものなのだろうか。
イェルハルドとニーナと別れた後、街の門に向かって歩きながら、ベルトルドは目についたカップルを視線で追いかける。
笑ってる時のシグヴァルドの顔がふっと浮かぶ。シグヴァルドならきっと、ニーナの突拍子もない行動に楽しそうに笑うんだろうなと思った。彼ならきっと、ニーナの規格外のところも含めて好きになるんだろう。
それとも気持ちなんて関係ないんだろうか。
――……世界に一番愛されてるんだ。
誰がなにを感じているかそんなことは関係なく、決められた道を全ての人がただ歩いていくのだろうか。ニーナのためにだけに整えられた道を。
ベルトルドがシグヴァルドの行動に違和感を感じないのは、ベルトルドもまた、その整えられた道を歩いている一人に過ぎないからだろうか。
ニーナ嬢ヒジョーに思い切りがよかった件
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