49:聖女は思っていた人となりとはちょっと……かなり違ったようです2
ニーナ・レミネン(後輩/次代の聖女)
イェルハルド(第二王子)
きっと窓からシグヴァルドが見えていたんだろう。木陰で居眠りしているシグヴァルドなんて、観察日記にうってつけのシチュエーションだったのかもしれない。一瞬、脳裏によぎった不適切な言葉は心の憶測に封印して、そうなんだとベルトルドは曖昧に返した。
「あの……」
少しだけ軽くなった空気の中、ニーナが隣でぺこりと頭を下げた。
「先日は、お見舞いをありがとうございました。それから、取り乱してすみません」
「調子は、もう大丈夫?」
小さな頷きに、肩から赤い髪がこぼれる。
「ちょっと、いろいろうまくいかなくて……いっぱいいっぱいになっちゃって――本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ。本当に気にしないで」
「シグヴァルド殿下にも、話がしたいと言われてるんですが、私の事情で今は待ってもらってて。だからさっきも実は気まずくて……」
ぽつりぽつりとニーナが話す。事情とは、寮の前で話していたことだろうか。泣いていた彼女のことを思い出し、預かったままの若草色のリボンのことが気になった。
「殿下がそれでよいと判断されたなら、大丈夫なんだと思うよ――ニーナさんはその、聖女殿に移るの?」
「はい、しばらく聖女殿に行きたいとお願いしました。侍女としてしばらく働かせていただくつもりです」
侍女としてというのなら、聖女であると明かさないまま潜りこむということだろうか。でも一体のなんのためかがわからない。彼女が聖女としての務めを果たそうとしているだろうことはわかるが、だからといって
「わたし、ホント、なにもうまくできなくて。ちゃんと決めてきたはずなのに……」
「……僕だって失敗だらけだよ」
「おまえはまず、人の道に外れていることを恥じろ」
「……イェルハルド殿下、それは誤解です」
兄弟よく似た冷ややかな目で見下ろされて、ベルトルドは目を逸らす。またぞろ封印したい記憶がよみがえってきそうになって、努めて頭を空っぽにする。
確かにイェルハルドに言われるまでもなく、シグヴァルドのベルトルドへの距離が近すぎるのは気になる。
シグヴァルドにとってのベルトルドなんて、婚約者の兄で、後見人の孫息子で、乳姉弟や側近の従弟というだけの関係だろう。ただ元となる関係の人たちが全て近しい間柄だから、ベルトルドにも気安く接してくれているのだと思う。だって彼とは、たった数回顔をあわせて少し話しただけの関係だ。
それとも、数回顔合わせたら普通、あれぐらいの距離なってもおかしくはないのだろうか。
領地にいたころは、アストリッドと、本宅の使用人がベルトルドのすべてだった。小さい頃はルードヴィクや祖父の部下たちがよく訪れたが、アストリッドの婚約が決まったのちは、ルードヴィクが半年に一度ほど顔を出すくらいだった。寮で暮らし始めてからは友達ができたが、それでもなにが普通かそうでないかと仕分けできるほど、人づきあいに精通しているとは言えない。
それにしたって、と、ブワッと頬に熱が集まって、ベルトルドは顔を押さえた。
あれはない。あれだけは絶対ないからと、また思い出しそうになったあわてて感触を振り払った。
「……その、どうもシグヴァルド殿下には、僕がアストリッドに見えるようで」
「 おまえ、鏡を見たことがないのか?」
一度きちんと否定しようと探した言葉に、思い切り軽蔑の眼差しを向けられた。ベルトルドはごもっともとうなだれる。
いやもちろんベルトルドだって、自分がアストリッドと間違えるほど似ていないことはわかってる。妹は母親似だが、ベルトルドは父親似でルードヴィクやアイナの方が血縁を感じさせる。目が悪いのか、罰ゲームが続いているのかはわからないが、なんにしろアストリッドの身代わりなのは変わらない。
だってそれ以外に心当たりがないのだ。
「ま……まあ、髪の毛の印象って結構大きいから……」
ニーナがおろおろとまた少年たちの間に入った。
「あれだけ長くて黒い髪だと、雰囲気だいぶ変わりますよね」
「ニーナ嬢はアストリッド嬢を会ったことがあるのか?」
「 以前右翼棟で一度だけお見かけしたんです」
イェルハルドの問いかけに、ニーナがにこにこと答える。それは……と、ベルトルドは気まずい気持ちで訂正する。
「妹じゃなくて僕の方なんだ」
え? とニーナが首を傾げる。
「うん、だから、あのシグヴァルド殿下といたとき、転けたのはカツラを被った僕なんだ」
ニーナはぽかんと、イェルハルドはますます軽蔑の色を濃くしてベルトルを見やった。
「おまえはわざわざ妹の格好して、兄上をたぶらかしに行ったのか?」
「だから誤解なんです、殿下」
ますます悪材料を与えてしまったようで、うなだれたベルトルド刺さる視線は、完全に冷え切っていた。
なんと言って誤解を解くべきかと思案し始めたベルトルドの横で、ニーナが素っ頓狂な声を上げた。
「え? ええ? えええ? ベルくん? ええなんで? あれベルくんだったの? うそ嘘ウソなんでそんなことになんってんの!」
二妃さまの義理の息子の観察日記再びでした。
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