45:王子に会うのは気が重いです
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
アイナ・クロンバリー(双子の従姉/シグの侍女頭)
わーっと唐突に叫んで、ベルトルドは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
ゴシゴシと湿布の上から頬をこする。
油断すると記憶がよみがえりそうになって、叫んでかき消す。効果的ではあるのだが、一つだけ問題がある。みんなが白い目で見てくることだ。
ヒソヒソと話す周りの声が聞こえてきて、ベルトルドは恥ずかしくなって場所を移動する。
「も……ヤだ」
執事に部屋から追い出され、ようやく直ぐそこに総督府が見えるまでやってきたが、行きたくないという気持ちが足を鈍らせる。だってどんな顔をして会えばいいのかわからない。妹の婚約者とあんなこと……。
再びよみがえりそうになった記憶を、再びわーっと叫んでかき消す。
耳をくすぐる声や、背中をたどり指先や、熱い舌の感触が、消しても消してもよみがえってきて、頭がおかしくなりそうだ。
道端で再びしゃがみ込んで、膝の上で組んだ腕に顔を埋めると、深く息を吐き出す。
「これって僕が自意識過剰なの?」
昨日今日ともう何十度目か、自分に問いかけてみる。
いやいや本人も意地悪って言ってたし、と、おかしいのは自分ではないはずだとベルトルドはまた何十度目か同じ結論に至る。
じゃあ、どうしてあんなことしたんだろう。あんな捨て身の意地悪なんて意味がわからない。考え着くとしたらたった一つ、シグヴァルドの目にはきっと、ベルトルドがアストリッドにそっくりに見えているのだ。
「目ぇくさっ……」
不適切な言葉をつぶやきかけて、ベルトルドは呑みこんだ。でもそれ以外思いつかない。いくら双子だといってもそんなに似てないと思うけれど、思えばあんな杜撰な変装でも引っかかってたのだ。その線は濃厚だろう。
――コイツは今罰ゲーム中でな。だから皆もアストリッドとして扱ってやってくれ。
ふと思い出したシグヴァルドの台詞に、ベルトルドは首をひねる。
「もしかして、あの罰ゲームってまだ終わってない……とか?」
そういえばもういいとは一言も言われてない。もしかしたら、未だにアストリッドとして扱われているのだろうか。
どちらにしたところで、アストリッドの身代わりであるということは変わらないようだ。
「道端でしゃがみ込んでどうした、ベル? とうとうぽやぽやが進んだか?」
聞き慣れた声に顔を上げると、ルードヴィクが覆いかぶさるようにのぞきこんでいた。浮かべている呆れ顔に、ベルトルドはなんでもないと頭を振る。
「ちょっと、処理能力追いつかないことがあっただけ」
なんでもいいが家でやれ、と言われ、ベルトルドはむっと唇を尖らせる。ベルトルドは立ち上がった勢いのまま、ルードヴィクのみぞおちにぐりぐりと頭をこすりつけた。
「ばか、痛いからやめろ」
「痛くしてるんだもん」
「えらく反抗的だな。なにかあったのか? ――なんだ、殿下に治してもらったのか?」
ルードヴィクが湿布が貼られた頬をのぞき込む。すっかり治ってるのだが、湿布を貼ったままにしておくのはシグヴァルドの指示だった。その頬を、視線を遮るようにベルトルドは抑えた。
「……殿下って、目が悪いと思う」
「ああ? そんな話は聞いたことないぞ。それより今から時間はあるか?」
「張り紙の話? 僕、今から殿下のとこ行かなくちゃなんだけど」
「魔鳥の件で予定がずれ込んだのか。寝ろっつといたのに――そうだな、今日は二時からまた会議が入ってたから……三時なら大丈夫だろ。寮に行くから。一昨日、結局新人と引き合わせができなかっただろ」
ルードヴィクが背後を示す。目をやると、少し離れたところに馬を連れた男女が待っていた。彼らが新人だろうかと頷くと、ルードヴィクは殿下を待たせるなよと言い置いて、慌ただしく去っていく。
いつもなら殿下に近づくなというくせに、今日に限って言ってくれないルードヴィクを恨めしく見送る。そう言ってくれたら、ルド兄さまに怒られるから行けませんって言い訳がたつのに。兄さまのばかと八つ当たりして、ベルトルドはのろのろと総督府へと向かった。
「ベル、遅い!」
門のところにはアイナが待っていて、ベルトルドは慌てて駆け寄った。
「姉さま。待ってくれてたの?」
「シグヴァルドさまはもう待っていらっしゃるのよ」
「ごめんなさい、そこで兄さまと話してて」
さすがにシグヴァルドに会いたくなかったからとは言い出せず、ルードヴィクに責任を押しつける。アイナは遅れた理由には興味がなかったようで、ベルトルドの背中を押して早足に玄関へと向かった。
ベルくんは錯乱中です(笑)
兄さまとの掛け合いが書いてて一番楽しいです。
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