42:王子は相変わらず忙しそうです1
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
あとでもう一本上げます
「蛇……ですか?」
「夜中に黒塗りの馬車が横付けされれば、ろくな要件ではないことは、誰の目にも明らかです――聖女殿はもう終わりでしょう」
最後にシモンはベルトルドに流し目を寄越すと、どうぞ姫君の身にお気をつけてと、念を押して帰っていった。
中央――貴族たちは元々トゥーラに興味がない。それが顕著に出たのはトゥーラからの遷都だろう。興味がないというより、見たくないものから目を塞いだのだ。
五〇年に一度の狂い咲きと、それに伴うスタンピード。それさえなければ人々の生活は平和だ。時折街道で魔物を討伐したなんて話は聞くし、地方の村が襲われたなんてこともある。ただ聖木に近くなればなるほど魔物の被害はほとんどない。ただその平和だった時期の揺り戻しのように五〇年に一度狂い咲きで大きな被害を受けることになる。
戦うにも守るにも、そして生活するにも聖晶石は必要だ。元来人の生活は魔法ありきで発展してきた。人が持つ魔力が減ったとしても、その分を聖晶石で補ってきたのだ。そして最も聖晶石を必要としているのはトゥーラである。ここでどれだけ魔鳥の拡散を止められるかが、世界の命運を握っていると言っても過言ではない。
だが今のトゥーラに配分される聖晶石の量は往時の半分になっている。遷都したためだ。都を別に設けたためそちらの守りのためにも聖晶石が必要となり、本来トゥーラが使えるはずだった聖晶石が、王都に配分されるようになったのだ。それだけではなく各地に配られる量も減らし、兵を出す代わりに報酬として渡していた辺境領への聖晶石を減らしている。
そのぎりぎりの聖晶石を、聖女殿の官吏たちが私物化しているというのは、信じられない事実だった。
馬車に乗る気が失せてとぼとぼと坂道を下る。とはいえなにか名案が浮かぶわけでもなく、ぼんやり歩いていたベルトルドは見慣れた背中を見かけて、ぱっと目を輝かせた。
「ルド兄さま!」
「……ぅをっ!」
ぎゅうっと背中に張りついたベルトルドに、ルードヴィクが素っ頓狂な声をあげた。
「……おまえ、仕事中に抱きつくな」
「仕事中だったの?」
「この姿見てわからないのか? 制服着てるだろ」
「兄さまいつでも軍服だもん」
「だから『だもん』はよせ。――上司が鬼でな、いつでも仕事なんだよ」
「兄さま、カワイソウ」
「なんだか腹が立つな――どうしたその顔は」
己の腹に回っていた腕をひっつかみ、背中に張りついたベルトルドをベリッと引き剥がす。そして従弟の顔を見たルードヴィクは目を丸くした。
「えらく色男になってるな」
顎をつかんで、ベルトルドの顔を矯めつ眇めつしたルードヴィクは、ニヤニヤと笑う。
「兄さま、それが顔を腫らした従弟に向ける言葉ですか」
「一発ぐらい殴られるのもまた人生経験だろ――首は? 痛くないか?」
ぐっと太い指で首を押されて、ベルトルドは頭を振る。
「今日はもう帰って寝てろ。具合が悪くなったら早めに医者を呼べ」
「うん……」
「なんだ?」
顎を解放されてベルトルドは地面に視線を落とし、小さな小石を蹴っ飛ばす。
「……アーシャの様子が、なんかおかしくて」
「ああ? あいつはいつもおかしいだろ」
「そりゃ、普通のご令嬢とはちょっと違うかもだけど……」
ちょっとかと胡乱な表情で訊かれ、ベルトルドは怨みがましくルードヴィクを見上げた。
「兄さま、アーシャに冷たい」
「当たり前だ、あの破天荒娘にどれだけ苦労させられたと思ってる。ちょっと目を離せばあちこちで問題ばかり起こして。まだお前の猫の方がおとなしいくらいだっただろ。オヤジさまは一時、あいつには変な呪いでもかかってるんじゃないかと、本気で心配してたんだぞ。そんな、四六時中問題を起こしてなければ死ぬ呪いなんぞないと、ウチの祖父さまが怒鳴りつけて、正気に戻ったみたいだがな」
まさか保護者たちの間でそんな話になっているとは思いもしなかった。それはまあ、いつもなにか楽しいことがないかと探しているような子だったけれど、流石に呪いとか、祖父も大概ズレている。目を丸くしているベルトルドの二の腕を掴んだかと思うと、ルードヴィクはぐいと引き寄せた。
「そもそも婚約の件だって、あいつが発端なんだ。いいか、もう遅いかもしれんが距離を置け」
耳元でまた、低くドスの効いた声で脅されて、ベルトルドは首をすくめる。
「クロンバリー司令官補! 遅くなってすみません――うわ、ベルくん、どうしたの、その顔?」
ルド兄さまは苦労人
兄さまカワイソウ
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