34:王子と聖女と妹が一堂に会しました3
ニーナ・レミネン(後輩/次代の聖女)
イェルハルド(シグの義弟/第二王子)
フレデリク・エクヴァル(アスタに惚れてる先輩)
エンゲルズレクト・オーバリ(第三連隊長)
え、まだその設定引っ張るの? とベルトルドは驚愕する。だがベルトルド以上に過剰反応した人物がいた。
「なんだと!」
フレデリクがいきり立ってベルトルドを見る。その興奮があんまりにも激しいので、イェルハルドまでもがぽかんとしフレデリクを見た。
「何故おまえがキレてるの、フレデリク?」
「え? いや、妹の婚約者を寝取るなんて……」
「寝取ってませんから」
これだけはさすがに聞き捨てならない。ひどい濡れ衣を着せられそうになって、ベルトルドはキッパリと否定する。
「アヤシイ関係でなければ、何故あんな抱きあうような距離で話をする必要がある?」
自分でも近いなとは思ったが、だからといって上司にして王太子であるシグヴァルドに嫌だとは言いにくい。ましてや怒らせるとたいそう怖いことはすでに身をもって知っているのである。
「寝取ってくれると嬉しいけど……」
まぜっ返すアストリッドをじろりと横目に睨むと、妹は肩をすくめてぺろりと舌を出す。と、再びフレデリクが興奮した。
「やめろ、そんな言い方! お前らしくない」
フレデリクに怒鳴られて、アストリッドはパチパチと瞬きする。
「……はい?」
「ムリしなくていい、あんなやつ、お前には相応しくない。俺が守ってやるから、昔のおまえに戻れ」
話の先が見えなくて、ベルトルドもまたフレデリクを見る。
「えっと……なんの話をしてます?」
「俺はお前が優しい人間だってわかってる」
「それって間接的に、現在の私が優しくないと言ってます?」
「ち……違……っそうじゃなくて、俺は子どものころの話を……」
アストリッドに冷ややかな視線を向けられて、フレデリクはしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「お前がそんなふうになったのって、蛮族王子のせいだろ? アイツから逃げるために強くなるしかなかったんだろ」
ベルトルドとアストリッドは顔を見あわせる。
「そうだな、昔のお前はもっとべそかきだった」
イェルハルドも口を挟んできて、アストリッドは首を傾げる。
「私ってそんなだっけ?」
「アーシャは子供の頃からこのまんまだよ」
だよねぇと頷いて、ところでとアストリッドは話をかえた。横からフレデリクがまだなにごとか言い募っていたが、意識の外に締め出すことにしたらしい。
「あの人となんの話したの?」
「二妃さまとお茶をご一緒させていただいたので、主にその話かな」
へえとアストリッドの相づちはあまり興味がなさそうだ。だが今度はイェルハルドの方が食いついてきた。
「母上となにを話した」
「え……っと、主にシグヴァルド殿下のお話でしょうか」
シグヴァルドの観察日記の話を思い出し、ベルトルドは言葉を濁す。あの時の会話も、観察日記の中の一ページになるのだろうか。
今の受け応えのなにが不味かったのか、イェルハルドが不機嫌そうに押し黙った。
母親が自分のことではなく、異母兄のことを話したのが気に食わなかったのだろうか。そういえばベルトルドがイェルハルドの側近にという話も出ていたようだから、母親に後押ししてほしかったとかだろうか。
だが前に会話していたとき、ずっと睨まれていたことを思い返す。昨日会ったときから、彼はベルトルドに敵意をむき出しだった。
「たかだかそんな話をするような距離ではなかっただろう」
俯いたイェルハルドは、不機嫌そうに言った。ベルトルドはまじまじと彼を見つめた。横でフレデリクがものすごい顔で睨んでいるような気もするが、そちらは意味がわからなくて、意識的に目をやらないようにした。
「あー、えと、その、申し訳ありません」
「なにを謝罪している? 自分の不貞を認めたのか?」
「いや、そうではなくて、あの……お兄さまを取ろうとしたわけでは……」
「――はぁああ⁉︎」
イェルハルドが王子には似つかわしくない素っ頓狂な声をあげ、アストリッドがぷはっと吹きだした。
「ばかなのか、おまえ! 誰がそんな話をしている。笑うなアストリッド嬢、不敬だぞ‼︎」
ニーナを抱えているので口を押さえられず、アストリッドはうつむいて笑いを噛み殺してはいる。だが、時折ひきつけを起こしたように肩が震えているので、笑っているのは丸わかりだ。フレデリクの方はただ呆然としていた。
「楽しそうだな」
また何かずれたことを言ってしまったのだろうかと不安になっていると、聞き覚えのある声がしてベルトルドは振り返る。
兵を従えたシグヴァルドが立っていて、ベルトルドは眉を垂らした。
「……楽しんでません」
恨めしげなベルトルドを見、まだ笑いの発作を噛み殺しているアストリッド、憤懣やる方ないイェルハルド、茫然自失のフレデリクと見回す。そして、そうか? とシグヴァルドは小首を傾げた。
「アストリッド、彼女はこちらで預かろう」
大量の魔力を放ったあとだとは思えない涼しげな様子のシグヴァルドが、アストリッドに声をかける。後ろからエンゲルズレクトが進みでてニーナを受け取った。
「ベルトルド、彼女のことについてわかることがあるなら知りたい」
「レミネン男爵家のご令嬢、ニーナ嬢です。来期からの兵役予定で、寮に入っています」
「なら、しばらく総督府で預かること、寮監に伝えてくれ」
「かしこまりました」
「あと、兵役予定者の様子を見てやってくれ、今回のことで帰りたいと言いださなければいいが」
確かにと、ベルトルドは気が重くなった。前から不安そうにしていたし、今回のことでますます拍車がかかるのは考えられる。このあたり、強制の貴族の子弟より、自主的に兵役に参加している平民の方が肝が座っていた。
ベルトルドがわかりましたと返事すると、シグヴァルドはイェルハルドへと目を向ける。
「イェルハルド、おまえになにかあったら騎士の首が飛ぶのがわかっていての行動か?」
淡々とした異母兄の言葉に、イェルハルドはすまし顔で相手を見返す。だが最後には根負けしたようにふいとそっぽを向いた。
「アストリッド、イェルハルドを助けてくれたこと、礼を言う」
ピリッと空気が帯電した気がした。向き直ったシグヴァルドを、アストリッドが見上げる。なんだか妙な緊迫感が二人の間にはあった。およそ婚約関係にある男女とは思えない空気が流れる。
数拍、アストリッドはじっとシグヴァルドを見つめる。それからふっと口角をあげた。
「――……臣下として当然のことです」
アストリッドとシグヴァルドが会話しているのを初めてみたが、普段のアストリッドから思うと、妙な空気は流れてはいたがこんなにも静かなのは意外だった。
「エクヴァル訓練兵にも手間をかけたな」
「当然のことです」
「今ここであったことは他言無用だ」
任務に復帰するように告げると兵たちを連れ、シグヴァルドは踵を返した。
ようやく半分終わりました。読んでくださってる皆様ありがとうございます。
ここからようやくいちゃいちゃします。最後までお付き合いいただけるとうれいしいです。
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