33:王子と聖女と妹が一堂に会しました2
ニーナ・レミネン(後輩/次代の聖女)
イェルハルド(シグの義弟/第二王子)
フレデリク・エクヴァル(アスタに惚れてる先輩)
紺のワンピースを着た彼女は水の中をゆっくりと進んでいく。湖には無数の睡蓮が咲いていた。ただの花ではなく、まるで宝石でできたかのような花だ。魔素の結晶、聖晶石でできた睡蓮だ。彼女が進むのに合わせ、魔晶蓮が細波に揺られ、キラキラと光を乱反射する。まるで一幅の絵画のような光景だった。
「……ニーナ」
「次の聖女だよ」
囁きにベルトルドは頷く。
「本人、自覚あるみたいだった」
「知りあいになったんだ?」
「少し話しただけだよ」
アストリッドの声は常になく硬かった。彼女の気持ちに寄り添いたくて、なるべくなんでもないことのように返す。
水深が腰になるくらいまで進むと、ニーナはふわりと両手を広げ、天を仰ぐ。一呼吸おいて、ふわりと風が彼女を取り巻いた。彼女の髪が躍り、水面に円を描いて細波立つ。
いつの間にか気づいたらしらしいイェルハルドも、食いいるようにニーナを見つめていた。
光の粒子が舞い、風に導かれ周囲へと広がっていく。あえかな光は魔晶蓮に乱反射しながら、次々に水面を画布にして魔方陣を描く。彼女の周りにいくつもの魔法陣が徐々に多重展開され、全てが出揃った時、眩い光を放った。
崖の前で群れていた魔鳥の輪郭がゆらめいた。淡く存在が不確かになる。そしてその中の三分の一ほどの数が、まるで光の粒子が解けるかのように、空気へと溶けていく。残った魔鳥の中の数匹が聖木へと戻っていった。それを見ていたニーナの体がふらりとよろめいた。
アストリッドが駆けだす。だがいち早く、黒い鳥が滑るように近づいてくる。従魔である騎鳥から飛び降りたシグヴァルドが、くずおれる細い体を受け止めた。アストリッドはそのまま駆けていくと、シグヴァルドからニーナを受け取り、岸へと引き返してくる。
ベルトルドはそれを目で追いながら、イェルハルドを促した。
「イェルハルド殿下、もう少しお下がりください。司令官閣下の力に巻き込まれます」
フレデリクに支えられてイェルハルドは、崖からの道まで下がる。ベルトルドは馬たちを呼んで、同じように下がらせた。
シグヴァルドの周りにキラキラと光の粒子が踊り出す。急激にあたりの気温が下がり始めた。
右翼等で彼が怒った時と同じだった。あの時は彼が急に怒り出したことに気を取られていて気づいてなかったが、あの細かいきらめきは、空気中の水分が凍って、陽光を受け光っていたのだ。
光の粒子の範囲がどんどん広がっていき、あわせるように温度が下がっていく。ニーナを抱いて小走りに戻ってくるアストリッドの息が白い。イェルハルドがガタガタと震えだし、フレデリクが自分のジャケットを脱ぐと王子の肩にかけた。ベルトルドもあわてて自分のジャケットを脱ぎ、戻ってきたニーナを包んだ。
アストリッドの避難を待っていたかのように、シグヴァルドの魔力が一気に膨れあがった。
視界が白に埋めつくされ、一瞬の静寂ののち、爆発するような勢いで視界が晴れた。
湖に佇むシグヴァルドの周りには、数え切れないほどの氷の柱で埋め尽くされていた。大木ほどもある太いつららが、空を舞う白い鳥たちに向けられている。
ふわりと風が吹いた。つららが一斉に魔鳥に襲いかかった。貫かれた魔鳥がつんざくような啼き声をあげる。宙でもがくように二度三度と羽ばたいたが、力を失って次々に墜落する。湖に何十本もの太い水柱が立った。
一瞬の出来事にベルトルドは息を呑む間さえなかった。シグヴァルドの魔力が当代一だと知っていたし、彼が強いとも聞いていたが、こんな一瞬で何十もの魔鳥を仕留めるほどの力だとは思わなかった。同時に、よくあの彼を怒らせてしまったとき、生きて帰れたものだとベルトルドは我ながら感心した。
「あの数を一度に――化け物かよ……」
フレデリクが呆然自失の態でつぶやく。その横でアストリッドがベルトルドを肘で突いた。
「あれって全力かな?」
「違うんじゃないかなぁ? はじめの数を聞いて自分で出撃することに決めたみたいだから、ニーナ嬢のおかげで数半分くらいになってるしね」
傷つきながらも空に残った魔鳥が、雄叫びを上げてシグヴァルドに襲いかかった。瘴気のブレスと、羽ばたきから生み出される風の刃や、鋭い爪の攻撃など、次々に降り注ぐ。だかそれは全て、白い吹雪がシグヴァルドを覆い、受け流す。
その魔鳥たちの背後に一匹の騎鳥が音もなく滑るように近づいた。大剣を持った黒い影が飛び出し、怒りに我を忘れている魔鳥の一匹の背中に剣を突き立てた。ギャーと叫んでバランスを崩した鳥から、バク転でエンゲルズレクトが離れる。彼の着地地点には氷柱が勢いよく生えたかと思うと、彼はそれを蹴って次の一匹へと襲いかかった。墜落した魔鳥は、湖面に接触した瞬間、氷と化した。
「さすがに【チート】すぎでしょ――あ、やば終わったぽい」
その後も残った数羽を、二人は連携して次々に屠ってしまった。
昨日のアロルドやルードヴィクの口ぶりなら、シグヴァルドは聖女殿に渡さず、ニーナ確保に動くかもしれない。
「アーシャどうする? 説明なら僕がしとくから、持ち場に戻る?」
アストリッドにとってシグヴァルドとニーナの接触は嬉しいことではないだろう。でも、これだけ大々的に聖女の力を見せつけてしまったら、ニーナはもう逃げ隠れできない。
ならまだ意識を失ったままのニーナを預かろうとしたベルトルドに、だがアストリッドは首をひねって考えるそぶりを見せた。
いつもと違うその様子に、ベルトルドがなにかあったのかと声をかけようとした時、イェルハルドが急に笑い出した。ちょっといやな感じする笑い方で、三人はイェルハルドに目を向けた。
「おまえの兄は、おまえの居ないすきに兄上と不倫してたんだ」
もうちょっと続きます




