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王子と聖女と悪役令嬢ときどき僕~王子には僕が溺愛している妹に見えるようです~  作者: 藤井めぐむ
2章

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30/80

30:妹の代わりに顔合わせに参加しました

ヴェイセル・ウルマン(第3連隊長)

フレデリク・エクヴァル(訓練兵の先輩)

シモン・ネルダール(聖女殿付官吏長官補)

アグネータ(聖女)

 総督府本部中央棟の廊下を、ベルトルドは足早に進んでいた。ボソボソと人の声が聞こえてた気がして、んにゃあと陰の中からにゃーが鳴いた。どうも声の主は知っている相手のようだ。だが気にせず足を進める。警邏隊から呼び出しがあったので、そちらに行っていたらすっかり遅くなってしまった。もう指定された時間ギリギリだった。

 だが進行方向の扉が不意に開いた。にゃーの言う通り見知った顔が現れて、ベルトルドは足を止めて敬礼した。

「よお、ベル坊」




 現れたのは第3連隊長ヴェイセル・ウルマンだ。祖父と同じ年頃の老将は、背はさほど高くないが、その盛り上がった筋肉は見る者を圧倒する。

「もうギリギリだろう、どうした?」

 彼はふっと視線だけで振り返る。だがすぐ何もなかったように、にっかりと笑ってベルを促して歩きだした。




 謁見室があるこのあたりには、大小の控え室がある。彼が出てきた部屋もその一つだ。さっき聞こえたのは彼のものではなかったが、彼が誰かと打ち合わせでもしていたのかもしれない。

 副隊長や補佐官もつけず、一人で打ちあわせというのも妙だ。まあ、シグヴァルドからして護衛もつけず単独でふらふらしてるし、第一師団の人は基本身軽な人が多い印象はある。

 けど彼が一人で部屋から出てきたということは、|そ⦅・⦆|う⦅・⦆|い⦅・⦆|う⦅・⦆ことだろうと、ベルトルドは素知らぬふりでヴェイセルに並んだ。




「街の方で少しもめたみたいで、顔を出していたらこんな時間になってしまいました」

「またか。訓練が始まる前からこれでは、先々が思いやられるな。ベル坊には苦労をかける」

「いえ。祖父には隊長方のお役に立ってくるようにと言いつけられてますので」

「イング将軍は元気にしてるか?」

「元気にしているみたいです。アストリッドがいないから、却ってのびのびしてるかもしれません」

「相変わらず嬢ちゃんには弱いようだな」

 ペロリとベルトルドが舌を出すと、ヴェイセルはくくっとおかしそうに笑った。




 ヴェイセルと祖父イングヴァルは、先王ゴッドフリッドとともに先の狂い咲きを戦った戦友だ。そもそも二人は兵役時代からの付きあいだというのだから、ずいぶんと長い。今でも顔をあわす度に酒を酌み交わしているようだ。ベルトルドたちが半年前に旧都に到着したときは彼宛の酒をたくさん持たされたし、ヴェイセルもまた双子の様子をうかがいに、折々に顔を出してくれた。

「……嬢ちゃんは、元気にしとるか?」

「この間お見舞いにきてくれたとき、会えなかったですか?」

「ああ、いや……嬢ちゃんは人に弱みを見せないところがあるだろ?」

 そうですねとベルトルドは苦笑する。まあ、彼女の悩みの内容があれでは、そうそう話せないのは仕方がない。




「ベル坊が居てくれて助かってる。でもなにかあったらムリせず言うんだぞ」

 広間の前でぐりぐりと頭を撫で、ヴェイセルは前の方へと歩いて行行った。ベルトルドは訓練兵たちがいる後方へと人並みをぬって向かう。

 第一師団の主要メンバーが揃っているだけあって人数が多かった。第一第二連隊の士官も来ているので、半数くらいが辺境民だった。

 制服の中に違った服装が混じるのが、聖女殿の官吏たちと、軍属の関係者たちだ。

 途中シモンと目があって目顔で挨拶を交わし、ベルトルドは奥で固まっている訓練兵の元へと辿り着いた。




「ベルトルド?――アストリッドはどうした?」

 ここ三日ですっかり見慣れたフレデリックが近づいてきた。トラブル対応で呼ばれる度、まるでいつもどこかで見てるんじゃないかと思うくらいの頻度で彼が現れた。そういえば今日は現れなかったなと思いながら、ベルトルドは彼に挨拶する。

「今日は僕の方が出席するようにって、ご指名があったんです」

「蛮族王子の指示か?」

 小声で問うて、ふうんとつまらなさそうにフレデリックが顔をしかめた。アストリッドに会えると期待していたのだろうか。




「すみません」

 ベルトルドには関係ない話なのだから素知らぬふりでいればいいのかもしれない。でも、シグヴァルドにしても彼にしても、なんだかとても健気に思えて、ベルトルドの方が悪いような気持ちになってしまう。謝ったベルトルドに、フレデリクはばつが悪そうに顔を逸らした。

「……アイツも、振り回されて大変だと思ったんだ」




「妹のこと心配してくださってありがとうございます」

「な……あたりまえだっ」

 動揺したようにフレデリクが顔を赤くしてそっぽを向いたとき、背後でパタンと扉が閉まる音がした。振り返ると、足早にこちらに向かってくるトピアスと、その向こうで扉を閉めたルードヴィクが目に入った。




 扉が閉まった音が合図だったように、部屋の中がしんと静まりかえる。

「シグヴァルド殿下、イェルハルド殿下、ユスティーナさまが入場されます」

 広間に集められた者たちが、一斉にその場に跪いた。

 ユスティーナの敬称だけが違うのは、彼女は現国王ヴィルヘルムの妻だが、国王の妃は正式にはシルヴァ妃ただ一人でなければならいからだ。特にこの場は辺境領民が多い。周知の事実とはいえ、普段以上に気をつけなければならない場だった。




 静かな空間に、衣擦れと足音だけが響く。その音さえ途絶えたとき、顔を上げよ、と、シグヴァルドの張りのある声が告げた。

「よく集まった。此度の顔合わせはユスティーナさまの希望で決まった。すでに知らせてあるように今回の花摘み行事には……」

 広間の前方は一段高くなっていて、椅子は二台、ユスティーナとイェルハルドが座っていた。シグヴァルドは二人の斜め前に立った。




 段の下側には、白字に金モールに金ボタンがついた制服が並んでいる。ユスティーナたちが連れてきた騎士たちだ。軍人が跪く中、彼らは軍人を睥睨している。その一端には昨日会ったディンケラ子爵も並んでいた。

 ぐるりと部屋の中を見回してみるが、どうやらアグネータはいないようだった。軍人以外の女性陣は、ドレス姿なので目立つ。数もいないし間違いないだろう。

 ユスティーナの号令にさえ顔を出さないなんて、このままニーナが名のりでることになったら、アグネータは本格的に孤立することなりそうだ。まあすでに次代の聖女がいるとベルトルドは知っているからこその心配であって、当の本人にしたらそんな心配してさえないかもしれない。




 今次代の聖女が出てくれば、図式がわかりやすくなるとアロルドは言っていた。それはたぶん、新聖女を擁立する軍部対、旧聖女と聖女殿の|官吏⦅取り巻き⦆という形にした方がわかりやすいということだろう。人々の理解を求めようとするとき、わかりやすい方が支持が集めやすい。

 でも、そうなるとニーナとシグヴァルドの距離が近くなる。その先にはアストリッドの怖れる未来へとつながるのだろうか。そのもっと先に白昼夢で見た光景につながってしまいそうで、ぎゅっと胸が絞られるような思いがした。

 短い挨拶を終えたシグヴァルドが振り返ると、ユスティーナが目配せした。頷いて目を戻したシグヴァルドは、皆、立てと声をかける。ざわめきながらも立ちあがる。ディンケラ子爵が抗議の声を上げたが、シグヴァルドの灰青の一瞥で口を閉ざした。静まるのを待って、ユスティーナが前に進み出た。




 ぐるりと集った人々の顔を見回し、穏やかな笑みを浮かべる。

「私たちの歴史は常に瘴気との戦いでした。初代聖女が聖木をこの地に見出して以降、トゥーラは瘴気との戦いの最前線となりました。皆様の献身に常々感謝しております。皆さま方がここで日夜戦っていて暮れてこその、私たち民の平穏があります。国王ヴィルヘルム陛下にも、王都を出る際、この一番危険な地で働いてくださる皆さまに、感謝の言葉伝えるよう……」

 不意に鐘の音が鳴り響いた。

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