28:聖女の事情と真実の話を聞きました2
アロルド・セーデルルンド(副司令官)
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
グスタフ・アールステット(宰相)
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父/シグの後見人/将軍/シーデーン公爵)
聖女殿のことだけを言ってると受けとるには、なんとなくアロルドの声に複雑さがあって、ベルトルドは首を傾げた。
「しおどき……ですか?」
「聖女殿なんて、本来なくてもいいんだ」
「僕も官吏方は神官で、神事を行っているのかと思っていました」
「まあ、最近は前ほどではないにしても、トゥーラでは聖女信仰は強いし、聖女神殿なんて言われたりしているけど、ただの聖女のための家ほどの意味しかないよ。初代国王が聖人に列聖されたからといって、神になったわけじゃないのと一緒だね」
「あんなのは役人たちが、聖女と自分たちの権威付けのために始めたことで、意味なんてない。閣下が言ってただろ。昔は自由に湖に入って石をとってたって」
「魔素が結晶化しただけのものだからね。どこでもとれるし、最大の産地がトゥーラ湖というだけの話だ。そもそも魔素は瘴気は同じ物だから、あんな物に神聖性なんてない。実際地方では未だに魔石の方が通りがよい。聖石だの聖晶石だのという呼び方も、昔の聖女殿が勝手に広めただけの呼び名に過ぎないんだ」
アロルドとルードヴィクが交互に話す。
魔素とは大気中に存在する魔力の元だ。人は魔素を取り込み魔法を行使する。魔力の多少とは所詮は、体内にどれだけの魔素を取り込めるかでしかない。取り込む器が少ないと小さい魔法しか使えないし、その逆もしかりだ。そして魔素の濃度で魔法が使いやすさが変わる。ただあまり濃すぎると様々な悪影響があり、魔素の濃い状態を瘴気という。
樹木は元々魔素を取り込む性質がある。森の中にため込まれた魔素は瘴気と呼ばれるほどの濃度となり、動植物に影響を与える。その中で暮らす魔物となり、人々が手を出せない魔境となる。
その濃すぎるほどの魔素を聖木が取り込んでる。それが湖にたまって結晶しているのだろうと言うのが専門家の話だ。
ただそうやって今まで拡散していた魔素が聖木によって取り込まれたために、人々は魔素にさらされなくなり、それが魔力の低下を招いたのではないかとは言われている。
だが聖木は魔素をため込んでいるだけで、浄化しているわけではないので、限界まで貯め込んだ怒るのが狂い咲きだ。そしてそのため込まれた魔素を、聖女が浄化するのである。
「今のところ害の方が多いしな。必要なのは聖女だけだから、潰したところでどこからも文句は出ない」
説明を加えたルードヴィクの言葉に頷いて、アロルドは短く息をついた。
「ただアールステッド宰相がシグヴァルド殿下を攻撃する材料にはするだろうから、現在の状況ではまだ潰すほどではないというのが本音だね」
要するに面倒ごとを天秤にかけて、どちらがより面倒臭いかという話かと、ベルトルドは了解した。
でも、と、アロルドは表情を和らげる。
「いいこともあるんだよ。過去の聖木関係のことは正確に記録していてくれてるしね。まあ、少々聖女に対する美辞麗句過多なところはあるけど。それに比べて 国の資料なんて、権力図が書き変わるごとにちょこちょこと書き換えてくれちゃってね、資料としてはあまりあてにならないんだ」
「権力闘争の後を追いかける分には楽しいですよ」
ルードヴィクがそう返すと、倦み疲れた顔で、そんなの今起こっている分だけで十分だよとアロルドはぼやいた。祖父イングヴァルとアールステッド宰相との権力闘争は知識としてはある。ただベルトルドたち双子はいつも領地にいて、祖父は王都に行ったきりで戻ってこなかったから、あんまり実感はなかった。でもアロルドがそんな疲れた顔をするほどなのだから、水面下では厳しいことも多いのだろう。
タウンハウスでルードヴィクに言われた、オヤジ殿を安心させてやれの言葉が、重くのしかかってきたような気がした。
しんみりした気持ちになっていたベルトルドは、だがルードヴィクの次の言葉に、心臓がキュッとなった。
「ここらで次代の聖女が出てきてくれれば助かるんですがね」
「物騒なことを言うね、君。今こんな時期に聖女が出てきたらパニックになってもおかしくないよ」
密かに、息が思わず止まってしまうくらいびっくりしたベルトルドをよそに、二人は別の話を始めた。
アロルドの言うとおりだなと思う。アストリッドは気軽に次の聖女なんて言っていたが、聖女が現れたとなると次の狂い咲きはもうすぐそこだ。準備がなどなにもできていない状態で狂い咲きが始まる羽目になる。ニーナの肩にかかる重圧は相当な物になるはずだ。
聖女とは、本来過去に聖木を見つけ出した者のことだ。だがそのあと聖木が満開になるころ、特別な力を持つ娘が現れるようになった。彼女たちもまた聖女と呼ばれている。
彼女たちが持つ特別な力とは浄化と呼ばれている。瘴気を浄化する力だ。彼女たちは狂い咲きの中で、共に戦う仲間たちの中から英雄を得て、聖木を浄化し、狂い咲きを収めるといわれている。
ああそうか、とベルトルドは腑に落ちた。
真実の愛とか、その言葉のインパクトに惑わされていたが、要は聖女と英雄なのだ。
たくさんの物語に語られているように、そして実際の歴史においてもそうだったように、聖女が英雄と結ばれた話は多い。前回の狂い咲きの聖女アグネータこそ、英雄である前王ゴッドフリッドと結ばれはしなかったが。
ともに困難を乗り越え、そこに特別な気持ちが芽生えることは、不思議なことではない。
そう考えると、シグヴァルドが真実の愛の相手というのはまさにはまり役だ。間違いなくシグヴァルドは次の英雄候補の一番手だ。現在、最強との呼び声が高い彼だ。彼を越える戦士はいないだろう。それに第二王子イェルハルドも、シグヴァルドほどではないにしても魔力量は多いと聞いている。
そこにベルトルドの名前が連なっていることだけがよくわからない。でも、もしアストリッドが話す真実の愛の相手が、まんま英雄候補なのだとしたら。もしあの白昼夢がアストリッドの話す物語と少しでも関係があるのだとしたら。
「ベルくんは、やっぱり今日は調子がよくないんじゃないのかい?」
アロルドおじさまの説明回。あともう一回続きます。




