27:聖女の事情と真実の愛の話を聞きました1
アロルド・セーデルルンド(副司令官)
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
グスタフ・アールステット(宰相)
イングヴァル・フォーセル(双子の祖父/シグの後見人/将軍/シーデーン公爵)
ガラガラと音を立てて馬車が石畳を下っていく。後ろへと流れていく街の風景を窓に額をつけて、ベルトルドは見るでもなく眺めていた。
シグヴァルドの様子を見ている限り、アストリッドの懸念は杞憂に思える。
断罪だって、好きになれないまでもアストリッドがもう少し歩み寄れば、なんとかなるのではないだろうか。さすがにろくに顔を合わせない、話もしないでは過剰防衛だろう。
確かにシグヴァルドの反応は、ろくに会ったことも話したこともない相手に向けるには、過ぎた愛情のようにも思える。周囲があれを寵愛だと騒ぐのもわかるし、一身に浴びるアストリッドが気持ち悪く思う気持ちもわからなくはない。
でも大人の男の色気というか、あれだけかっこいい人にあんなふうに扱われたら、同性のベルトルドだってドキドキしてしまうのだ。たぶん普通の女の子ならそれだけでうまくいきそうな気もする。実際、訓練兵の間でもシグヴァルドは人気がある。
だとすると、問題はアストリッドが普通でないことなのだろうか。
「……ベルくん?」
不意に呼ばれて、はっとベルトルドは車内に目を戻した。
前にはアロルドが。そして横にはルードヴィクが座っていた。街中でディンケラ子爵に遭遇しては面倒だからと、ベルトルドを寮まで送るように、シグヴァルドがルードヴィクに命じたのだ。ちょうど聖女殿に行くというアロルドが途中まで送ってくれるというので、馬車に便乗させてもらっていた。
二人の視線がじっとこちらに注がれていて、ベルトルドは首を竦める。
「え……っと、すみません。聞いてなくて」
「窓の外を見てぼうっとしたままだから、具合が悪いのかと思ったんだよ。なにもないならいいんだ。まだ病みあがりなんだし、司令官閣下の言う通り、今日は早めに休むんだよ」
アロルドがまだ心配げに眉を曇らせる中、隣のルードヴィクの視線が突き刺さってベルトルドは小さくなった。
「アロルドおじさまも、毎日聖女殿に通ってらっしゃるんですか?」
「私も?」
「司令官閣下が日参されておられると」
ああ、とアロルドは少し顔をしかめて頷いた。
「いいかげん官吏に任せておいてもなんにも進まなくてねぇ、痺れを切らして自分で調べることにしたんだ」
「副司令官閣下自らですか?」
「部下に行かせると追い返されるんだよ。だから仕方なくね」
アロルドは背もたれに背中を預け、組んだ足先でリズムを取る。
「普通はね、狂い咲きが起きて聖女が聖木を浄化すると、一旦一区切りだろう? 抱えていた兵士は恩賞を渡して解散させる――これが大事でね」
「ええっと、復興の方に人員を回したり、あとは資金のためでもありますよね」
スタンピードの時期は対応するために兵士をかき集めたが、その人数をずっと養っていくのは不可能だ。生き残った兵士たちを一旦解散させるのだ。
「その通りだよ。それは聖女殿も同じでね。聖女はもらった恩賞で市井に下る。それに合わせて官吏も一旦解散させる。でも今回は聖女が居残った。そのせいで狂い咲き当時の規模の聖女殿がそのまま残ってしまった。要するにあそこだけ当時のまま、リセットされずに残ってしまった」
「残ってるだけならいいんだが、当時の待遇を要求しててな。先王陛下は瘴気対策を一番に置いておられたから、トゥーラも聖女殿の待遇も非常によかったんだ」
アロルドの言葉にルードヴィクが説明を加えた。
「ヴィルヘルム陛下は政治のことはアールステッド宰相に丸投げだ。宰相閣下は自分の利益拡大に必至で、トゥーラのことなんてまるで興味がない。イング将軍は、だいぶん頑張っておられるが劣勢だ。だから第一師団を含め軍部の予算が年々少なくなっていてね。現在いる兵士を養っていくだけでも精一杯で、ここから狂い咲きの準備をしていくのはかなりきつい状態なんだ」
だからシグヴァルドは赴任と同時に金策に走っているのか。
「でも、未だ昔の状況を引きずっている聖女殿の官吏は、状況を理解していなくてねえ」
「第一師団の予算が減らされて、狂い咲きだって早くなるかもしれないってときに、昔と同じだけ予算を回せるわけないだろ? だから閣下が赴任してすぐに聖女殿への予算を削ったんだ。だけど官吏たちはそれをどうも聖女殿への、ひいては聖女への侮辱だと受け取っていてな」
「それであのケンカ腰の態度だったんですか?」
アロルドは困ったものだよねぇと溜息をついた。
「官吏の態度があまりにも目に余るんで、司令官閣下は威しをかけに行くことにしたんだ」
「威し――ですか?」
「そうそう。聖女殿の官吏連中ときたら、聖女さまのスカートの下に隠れてろくに働かないだろう? だから少々、発破をね。勉強をサボってる子供に母親が叱りに行くみたいなものだよ」
「……はあ」
「私だと、まだ聖女の権威の方が上だと思ってるらしくて、なめきっててね」
「官吏たちの発言を聞いてたらわかるだろ。閣下が王太子殿下だから、まだ言うことを聞いてる。きっと第一師団の司令官でさえも下に見てるんだ」
ベルトルドは絶句した。もちろん聖女はなくてはならない存在である。だが、位置付け的には聖女も聖女殿も第一師団の一部所という扱いだ。だから予算も第一師団から出している。
「でも閣下が毎日だとさすがに薬が効き過ぎるかもしれない。追い詰められて暴走されても面倒だし、だからアーシャに聖女殿に行ってもらって、口実を作ることにしたんだよ。殿下は婚約者に会いにきてるっていう言い訳を」
はあ、とベルトルドは頷いた。
シグヴァルドの婚約者に対する寵愛は有名だ。だからアストリッド目当てにシグヴァルドが足繁く通ってくるのはおかしくない。また理由がなんであれシグヴァルドの目があれば、官吏たちもサボるわけにはいかないのも確かだろう。
ただ、それだけのためにちょっと回りくどすぎる気もする。
「もうしおどきだろうねぇ。古くなると、あちこち歪んでガタがくるから」
アロルドおじさまの説明回です
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