26:王子の弟に睨まれました2
アロルド・セーデルルンド(副司令官)
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄/司令官補)
本日2本目
非常に苦々しい口調は、およそ話している内容と噛みあっていなかった。ましてや、彼の語る内容がベルトルドの実情と全く合っていないとなれば、相手の機嫌を損ねてしまったのだとベルトルドは小さくなるしかない。
ましてやそれを否定もせずにシグヴァルドが頷いていて、ベルトルドは身の置き所がなかった。
そんな褒めるふりしてけなされている状況を打ち破ったのは、ずっと黙っていたイェルハルドだった。
「シーデーン公爵には、アールステットのお祖父さまが僕の側近にと打診していると聞いています」
イェルハルドへと集まった視線が、次の瞬間には自分の上へと集中して、ベルトルドはびくりと竦んだ。
「え? 僕ですか?」
自分の知らないところで、およそ預かりしらない話が進行しているようだ。
「おまえ以外の誰がいるというんだ」
イェルハルドが冷ややかに答える。もちろんベルトルドの将来なんて祖父が決めるだろうとは思っているが、それにしたってと、ベルトルドは眉を垂らす。イェルハルドから向けられる視線が、最初からずっと刺々しいのだ。そんな相手を側近にして、彼は嫌ではないのだろうか。ベルトルドとしてはそんなギスギスした職場環境は遠慮したい。
地方で魔物退治か、シグヴァルドの元で上司の顔色をうかがってビクビクか、イェルハルドの元で刺々しい視線に耐えるか。自分の将来がその三択しかなかったとしたら、さすがに自分のドロ沼の未来に絶望したくなる。
「お前には伯爵家の取り巻きたちがいるだろう?」
公爵家は三つしかなくて、その一つがシーデーン家だ。ここは第一王子――というより先王の意を組む派閥である。もう一つは中立派でどちらにも与してない。この家には娘がいるがシグヴァルドより年上で、既に婿取りしている。そして最後の一つは、ここが本来ならイェルハルドの後見となってもおかしくはないのだが、当代が病気がちで、存在感が薄い。
「兄上は王位に興味がないのかと思っていました」
「王位に就かなければ側近を持ってはいけなかったか? それに、おまえの母はこれに、俺の側近になるように薦めたそうだぞ」
シグヴァルドと会話しながらもずっとこちらに突き刺さっていた視線の圧が、ますます高くなる。今にも穴が開きそうだと思ったのはなにもベルトルドだけではなかったらしい。
「そ、そうだ、これからイェルハルド殿下と街の散策に行くんですが、センナーシュタット伯爵もご一緒にいかがですか。同じ歳同士親交を深めるいい機会でしょう。あとでフレッドも合流するんですよ」
助け船を出してくれたディンケラ子爵には失礼だが、素直に行きたくないと思った。こんな針の筵みたいな視線をビシバシ浴びながら、最近とても様子のおかしいフレデリクと一緒に出かけるなんて、どう考えても気疲れしそうだ。
体どころか胃にも穴が空きそうな思いをして、また寝込む未来しか想像できない。ああこっちのもドロ沼の未来が……と思っていると、急にぐいと体が引き寄せられた。
シグヴァルドの手が伸びてきて、ベルトルドを引き寄せる。ぽふんと抱きとめられて、最近こういうシチュエーションが多いなぁ、と若干慣れてきたベルトルドはぼんやりと考える。
イェルハルドからの、もうほとんど貫かんばかりの圧力の視線を感じながら、ベルトルドは現実逃避する。
「悪いが俺たちは用事があってここにいる。出かけるならおまえたちだけで行ってこい」
「シグヴァルド殿下はここでなにをなさっておいでなのですか?」
ああ、とシグヴァルドが頷いたとき、足音が近づいてきた。ディンケラ子爵がそっちを見てヒィっと小さく引きつった悲鳴をあげた。
「アロルドを待っているんだ」
「これはこれはディンケラ子爵! またお会いできる日を心待ちにしていたんですよ」
「セーデルルンド副司令官閣下……!」
よく知っている声と名前にベルトルドがシグヴァルドの腕の中から顔をのぞかせると、笑顔が地顔と噂のアロルドが、ルードヴィクを伴い、満面の笑みをたたえて歩いてくるところだった。彼とは対照的に顔を真っ青にしたディンケラ子爵は、今にも卒倒しそうな様子だ。
「この間の会食のとき、とても話が弾んだので次はいつ会えるかと思っていました。まさか、こんなに早くにお会いできるとは。そういえば、この街の時計塔が出るっていうんですよ。時計塔っていうのがいかにもって感じで多少胡散臭いんですが、どうですか、今日の夜にでも? ああそうだ、お食事をご一緒にいかがです? 新しい話をしこんでね、早速聞いていただきたくて」
「むむむ無理なんです、きょ……今日はイェルハルド殿下や訓練兵たちとの会食を予定してまして」
迫ってくるアロルドに、ディンケラ子爵はイェルハルドの後ろに隠れる。彼は今自分が誰を盾にしているかもわかっていないだろう。
動揺しきりのディンケラ子爵は、私たちはこれでと、挨拶もそこそこに、イェルハルドを促してそそくさと逃げて行く。
その背を見送って、シグヴァルドとルードヴィクが弾けるように笑いだす。逃げていったディンケラ子爵と、笑っている二人を見、ベルトルドは不思議そうにアロルドを見あげた。
「時計塔に何が出るんですか?」
「幽霊だよ」
トゥーラは歴史的に、至る所にそういう曰く付きの場所がある。
「僕、見たことないです。アロルドおじさま、幽霊が好きだったんですか?」
「怪談が好きなんだけど、この手の話は人を選ぶからねぇ」
そう言ってアロルドは肩を竦めた。
アロルドと怪談話がしてみたい
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