25:王子の弟に睨まれました1
イェルハルド(シグの義弟/第二王子)
フレデリク・エクヴァル(訓練兵のセインパイ)
ディンケラ子爵(会議後にシグやアロルドと会食予定だった人物)
一瞬自分にかけられた言葉かと思った。シグヴァルドはベルトルドから目を逸らされないままだったから、まさか人がいようとは思わなかった。
「本命がなびかないからって浮気ですか、兄上?」
背後から 刺々しい声が降ってきて、ベルトルドは振り返る。
階段の中程に、壮年の男を従えた、金茶の髪の美少年が立っていた。整ったと評するより、キラキラしいといった方が正しいだろう。美しく魅力的な顔立ちは、シグヴァルドとはまた違った類の美貌だった。
まだ少年らしさを残した顔に険のある表情を貼りつけ、第二王子のイェルハルドは階段の上から二人を見下ろしていた。
「うちの婚約者はなかなか手強くてな、外堀から埋めることにしたんだ」
「外堀?」
シグヴァルドに背中を押されるがまま一歩前に出たベルトルドは、敬礼ではなく貴族としての挨拶する。
「ご無沙汰しております、イェルハルド殿下。ディンケラ子爵も。ベルトルド・フォーセルにございます」
「おお、センナーシュタット伯爵でございましたか。いやいや大きくなられて、見違えられましたな」
「フォーセルって……」
驚いた声を上げたディンケラ子爵を、イェルハルドは見上げた。
「シーデーン公の掌中の珠ですよ」
「シーデーンの双子?」
ベルトルドは二人の会話を聞きながら、世間ではそんな大げさな話になっていたのかと驚く。まあ、両親が死んだあと、祖父は双子が領地を出るのを嫌った。子ども同士のつきあいもほとんど参加しなかったし、双子の7歳の誕生日会も行わなかったので、変な方向に話が膨らんだのかもしれない。
「フレッドから話をよく聞かせていただいておりました。妹姫の方はお見かけしたのですが、伯爵にもお目にかかってご挨拶したく思っておりました」
「それはご丁寧にありがとうございます。妹にお会いになったのですか?」
「いやいやシグヴァルド殿下が聖女殿に、麗しの姫君とお会いになるべく日参していると聞きまして。物見高い私としては是非に一度、その絵画のような光景を見たいと思ったので押しかけてしまいました」
階段を降りてきたディンケラ子爵の語る内容に、ベルトルドはちらりと背後をうかがった。壁にもたれたままシグヴァルドは無表情に話を聞いてる。シグヴァルドとアストリッドの関係は、子供だって知ってる。見に行くだけならまあ好奇心の強い人もいるねというだけの話ですむ。が、それをわざわざシグヴァルドの前で言うなんて、シグヴァルドへの嫌みなのか、それともベルトルドに対する当てこすりなのか、いやその両方なのだろうか。
貴族の付き合いって難しいなあ、と溜息をつきたくなったベルトルドに、シグヴァルドが首を傾げる。
「フレッドって?」
「あの、えと、会議の時の……」
ああ、と頷いて、シグヴァルドは続き促した。
彼はフレデリクの存在を認識していたようだし、先日の貴族と平民の訓練兵同士の衝突も、アロルドから報告を受けているはずだ。それを納めたフレデリクの話がでなかったとは思えない。
「訓練兵関係の……その相談を受けているときに、彼に何度かお世話になりました」
「フレッドはセンナーシュタット伯爵を心配しておりましたよ。毎日トラブルの対応でたいへん疲れていて可哀想だと。なるべく手助けしたいが、本人は恥ずかしがってなかなか頼ってこないと」
「ええっと……ご心配をおかけしております」
ディンケラ子爵が指輪をたくさんつけた手を胸に当てる。大ぶりの宝石が着いた指輪の中に一つ、シンプルな平打ちの指輪が混じっていた。「未成年の身で大変でしょう。フレッドはあの通り頼れる男です、助けを求めてみては?」
あれ? と、なにかが引っかかったが、深く考える前に彼は大げさなほどの憂い顔でずいと近づけてくる。
心配してもらっているのはわかるが、なんと答えていいか困って、ベルトルドは曖昧な笑みを浮かべる。まあ、そもそも彼らの派閥問題だし、フレデリクのやり方では一時的に追い払うだけで、基本的な解決になってない。その後追い払われた彼らがどうなったか調べなければならないので、手間は増えてると言える。
「いえ、あの、エクヴァル先輩には彼の役目があってお忙しいので、僕の役目で彼にご迷惑をおかけするにはいきません」
「素直さは美徳ですよ」
婉曲な断りが通じなかったようでベルトルドが困っていると、後ろでくつくつと喉を鳴らしてシグヴァルドが笑った。
「貴殿が思うほど、ベルトルドは頼りがいを感じていないようだな。無理強いはどうかと思うぞ」
「これはこれは……失礼いたしました。さすがシーデーン公の継嗣ですな。お若いのしっかりされておられる」
ディンケラ子爵は一瞬ぽかんとして、ぷるぷると小刻みに震えだした。先までの軽佻な話し方から一変、ディンケラ子爵の押しだすような声音に、ベルトルドは眉を垂らす。
「イェルハルド殿下、センナーシュタット伯爵は第一師団の連隊長方の覚えもたいへんよろしいらしいのですよ。将来はさぞ優秀な指揮官になられるのでしょうね。これは将来が楽しみですなぁ、シグヴァルド殿下」
「そうだな」
イェルに睨まれたい
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