20:王子のことで従兄に怒られました3
ルードヴィク・クロンバリー(双子の従兄・司令官補)
二妃ユスティーナ(国王妃)
「昔、オヤジ殿に聞いたんだが、先王陛下が玉座にお着きになる前、貴族の徴兵制を廃止しようという流れがあったらしい」
「瘴気や魔物から人々を先頭に立って護るのが貴族の役目って、家庭教師に習ったよ」
「建て前はな。だけど指揮するのが貴族で、実戦は平民や蛮族にやらせておけばいい、指揮する者が危険に身をさらす必要はないということらしい。まあ、今も大して変わらんが。前王陛下が即位して徹底的に叩き潰したって言ってたが……先王の威が薄れてその考えが復活してた。第2王子を戦場に出したくない古ギツネとその取り巻きが、これを機会に貴族の徴兵制度を廃止したかったようだ」
「……よく廃止にならなかったね」
「陛下が宰相の言葉に諾と言わなかったらしい。元々王子方には興味のない王だが、どうやら二妃さまがお止めくださったって話だ。王太子殿下が前線で頑張ってるのに、それをお助けする立場の第2王子がぬくぬくと守られているわけにはいかないと言ったとかでな」
要するにここで二妃さまが不参加になれば、再び兵役撤廃の流れになるということなのかもしれない。でもそれならヴェイセルが戦力を分散させたくないのは、それでなくても危険な状況なのだから、二妃ユスティーナの警護に全力を注ぎたいということなのだろうか。
しかしそれにしても、と、ベルトルドはほうと息をついた。ここのところ準備不足な貴族が多い印象ではあったが、今の話を聞くにそもそも準備さえしていなかったのかもしれない。
「最近トゥーラ入りした貴族たちが、シェフがいないの侍従やらメイドが足りないの……」
「なんだと」
従兄のこめかみをヒクヒクと引きつる。
第3連隊の食堂の前での一件以来、貴族出身の新兵と話していると、どこからともなくフレデリクが現れて追い払ってしまうのだ。ただ基本的に問題が解決しているわけではないので、その後どうしているのかが気になっている。一度追跡調査するべきかとは思っているが、それこそいろいろあって後回しになってしまっていた。
「あと、住まいがなくて寮に入りたいと言ってくる人がいてね。寮の貴族用の個室にはキリがあるでしょ。かと言って空き家に入れても今度はメイドがいないとか言われそうだから、とりあえずホテルに行ってもらってるんだけど……」
「報告を受けるようになってから気になってたが、訓練兵の担当者はどうした? なぜお前が全部差配してるんだ。試験は大丈夫なのか?」
「えー、担当さんは胃を壊したとかでお休みしてるよ。もうずいぶん前の話だけど」
そのあと鬱だと診断されたとかで担当から外れるとは聞いたが、そういえば新担当が決まったなどの連絡は来ていない。説明を聞きながらこめかみを押さえていたルードヴィクは溜息をついた。
「どっかで押し付け合いをしてやがんな」
「あの……ね、試験の成績が悪いと兵役終わっても……もしかして除隊できないとかあったりする?」
「……将軍の惣領孫が実技でボロボロとか、伝説が生まれそうだな。しょうがない、しっかり働いとけ」
「しっかり働いたらなんとかなるってこと?」
「他所さまに言い訳ができる」
むむむと眉間にしわが寄る。それってアストリッドの言ってた言葉が現実になる伏線じゃないのだろうか。そんなことは望んでないと抗議しようとしたとき、ふっと顔を上げたルードヴィクが建物の方へと目をやる。二人が出てきたのとは別の扉から女の人たちの声がした。一歩下がり首を垂れた従兄に倣って、ベルトルドもその場で頭を下げた。
落とした視線の先でデイドレスの裾が止まって、やわらかい声がかかる。
「まあ、そこにいらっしゃるのはセンナーシュタット伯爵かしら」
「二妃さま、ご無沙汰しております」
声がけいただいてから顔を上げる。バスケットを持った数人の侍女と騎士たちを従えた、国王の現妃であるユスティーナが微笑んでいた。金茶の髪を緩く結いあげ、口調こそやわらかいが、背が高く細面の才女然とした美女だ。
「徴兵の挨拶に来てくれた時が最後だったわね。旧都での訓練はいかが?」
「情けない話ですが、荒事には向いていないので、ついて行くので精一杯です」
「ふふ、将軍閣下のお孫さまが謙遜なさって。そうだわ。天気がよかったので、ちょうど今から外でお茶をいただこうとしていたの。御一緒にいかが?」
手にした扇子の影でころころと笑ったユスティーナは、空を見上げ、それから侍女たちの手元を示した。高貴な方からの誘いに、もちろん否などと言える立場にはないので、喜んでと返した。
「もしお時間があうなら、シグヴァルド殿下もご一緒にいかが?」
「申し訳ございません。主はこの時間、副司令官閣下や士官たちと会議を行っております」
「それは残念ね。ようやく【ツーショット】を見られると思っていたけど、殿下のお仕事のお邪魔はできないわね」
頬に扇子を当て、ユスティーナは小さく息を吐いた。小声でぼそりと落ちた呟きを耳にして、ベルトルドはまじまじと目の前の貴人を見つめる。その視線に気がついたのかにこりと笑みを向けられて、礼を欠いた己の態度に、ベルトルドはあわてて視線を逸らした。
「クロンバリー卿、王都から甘味を持ってきたの。せめて殿下にお裾分けしたいわ、きっと懐かしいお味でしょう」
「二妃さまのお心遣い、たいそうお喜びになられると思います」
ツーショットは明後日になります。
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