18:王子のことで従兄に怒られました1
ルードヴィク・クロンバリー(第一師団司令官補・双子の従兄)
昼からも続きを出します
「ベルトルドさま、そろそろお出かけの時間ですよ」
寮の貴族部屋は最上階にある。階段を上がるのは大変だが、狭い個室は暮らしてみると悪くなかった。とはいえ、基本複数人で一室、固有スペースは3段ベッドの中だけというのが一般の部屋である。それに比べれば、一室与えられているだけでも十分恵まれているうえ、従者が寝泊まりできる続き部屋もあった。
「これ以上出発が遅れては、ルードヴィクさまをお待たせすることになってしまいます」
ベルトルドが寮で暮らすと決めたとき、一緒に着いてきてくれたのが従者のアルヴィドだ。促されてベルトルドは、彼の作った朝食の最後の一口を口の中に収める。昼や夜は寮生と一緒だが、混みあう朝だけは部屋で食事をとっていた。
「さあさ、ベルトルドさま。お早くお支度を」
椅子から追い立てられて、肩にかけられたジャケットにベルトルドは渋々袖を通す。
忙しいのとアストリッドに文句を言われたくないのとで顔を出さなくなった祖父に替わり、傍にいてくれたのがルードヴィクだった。双子にとっては祖父より身近な保護者だ。彼にはよく怒られたが、あんなふうに脅すみたいにされたのは初めてだった。あれから一度も顔を見ていないのに、昨日急に今朝総督府に来るようにと呼びだされたのだ。
最後に会ったときのルードヴィクのことを考える。まだ怒ってたらと思うと会うのは気が重い。
ベルトルドのネクタイのゆがみを直しながら、アルヴィドはくすりと笑う。
「ルドは口うるさいですが、切り替えが早いので、前に言った小言なんてもう忘れてますよ」
「アルヴィはルド兄さまと仲がよかったんだっけ?」
「まあ、付き合いは長いですね」
――……友だちはいなくてな。
ふっと誰かの声がよみがえった。寝込んでときに夢の中で誰かがそう言ったのだ。なんとなく子どものころ、年上の誰かとそんな話をしたような気はする。年の頃から考えてルードヴィクだろうと思ったのだけど、でも彼に友だちは少なくない。
「ベルトルドさま?」
「……前に、誰かが自分には友だちはいないって言ったんだ。てっきり兄さまだと思ってたんだけど……」
「おいくつくらいの時ですか?」
「いつくらいかな? アーシャとおジイさまがケンカする前だと思うけど」
「私がこちらでお世話になる前のことですね。ほかの使用人に聞いてみましょうか?」
「ううん、ちょっと思い出しただけだから。うん、ルド兄さまに怒られる前に行ってくる」
「はい。今日は帰ってきたらお楽しみが待っておりますよ」
「そっか、頼んでた魔方陣の本が届く日だ」
「どうぞお早いお帰りを」
アルヴィドが部屋の扉を開ける。にっこりと笑った彼に送り出され、ベルトルドは部屋を出た。
「遅いぞ、ベル!」
総督府の玄関を入るとすぐ声が飛んできた。今日届く本のことを考えてうきうきしていたベルトルドは、声の主を捜してホールを見回す。人が行き交い、所々でたむろし、立ち話をしている。その中に声の主を見つけてベルトルドは飛んで行く。
「わー兄さまごめんなさい」
久しぶりに会った従兄はいつも通りで、ベルトルドは前に立ってえへへと笑う。そんなベルトルドを薄気味悪そうに見て、ルードヴィクはひたりと額に手を当てた。
「どこかでヘンな物でも拾い食いしてきたんじゃないだろうな――風邪は治ったのか?」
「うん、もう大丈夫」
「そのわりには結構なクマだぞ」
ええっと、と、なんとかごまかせないものかと、ベルトルドは目を彷徨わせた。
「アストリッドか」
「……滅相もございません」
何もかもお見通しのようで、上からギロリと見下ろされベルトルドはそっと目線を逃がす。
「ベル、大人の忠告は聞いておけ。アーシャはお前よりしたたかだぞ」
押し黙ったベルトルドに駄目押しの一瞥をくれ、それからルードヴィクは顔を逸らした。
「司令官閣下が訓練兵の様子を聞きたいそうだ」
「ああ、うん。一昨日お会いしたときに聞いたよ。――ええっと、怒ってる?」
「怒ってない」
「ぅえ? だって呼ばれてるのにお断りするっていう選択肢、あるの?」
「ない。だから困ってるだけだ」
首をひねったベルトルドに、ルードヴィクが目を戻した。その目があまりにも昏くて、ひえっと息をのむ。ベルトルドが後退るより早く、蛇のように伸びてきた腕に首を抱え込まれ、頭をぐりぐりと小突かれた。
「痛っ、兄さま痛い!」
「おまえ、殿下になにかやらかしたんじゃないだろうな」
「なにかってナニ~」
「おまえと会ったとかいうあと、えらく不機嫌だったぞ」
「ぅええ? なにもしてないよ。報告に来るように言われたから……えと、一瞬ためらっちゃたのがよくなかった?」
「ためらった?」
「だって……ルド兄さまにまた怒られるのヤだし」
「殿下にいやだって言おうと思ったのか。……おまえ、勇気あるな」
「ああなんか、僕ものすごくヒドイこと言われてる……」
関わるなとさんざん脅したくせにこの言い草である。不自然な体勢から涙目で睨みつけると、頭をガシガシと乱暴になでられ、ようやくベルトルドの首は解放された。
ルド兄さま壊れてる
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