13:王子の部下になるのはちょっと嫌かも知れません1
シモン・ネルダール(聖女殿付官吏長官補/会議のと記載gまで残ってた官吏)
昼から続きを上げます。
背後で呆れと感心が混じった声がした。聞き知った声にベルトルドは呆然としたまま振り返る。
そこにいたのは南方の辺境民らしい褐色の肌に黒髪褐色の目の、大柄な若い軍人だ。制服の袖を肘まで捲り上げ、襟を大きく開き、首に引っかけただけのネクタイというラフすぎる格好の青年は、第一連隊長のエンゲルズレクト・オーバリである。シグヴァルドやルードヴィクも上背があるが、彼はまた格別大きい。なのに威圧感がないのは、彼の大型犬を連想させる懐っこい笑顔のせいかもしれない。
「……アストリッドとなにかあったんでしょうか」
「ここんと暖かかったからなー。いろいろ緩んじちまっただけだろ?」
呆れているのか同情しているのか判然としない声を聞かせ、エンゲルズレクトはたくましい腕をベルトルドの首に巻きつけた。巨体がのしかかってきて、大きな手がわしわしと力強く頭を撫でる。
「アレを季節的なもので片づけますか? 大雑把にもほどがあるでしょう」
うつろな顔でされるがままになっていたベルトルドは、上官の後ろに官吏の姿を見つけ、慌てて姿勢を正した。首に上官の腕を巻き付けた不自然な格好で敬礼するベルトルドに、彼は片手をあげた。
「シモン・ネルダールです。君の噂はかねがね」
先日シグヴァルドとルードヴィクが話していた名前だ。長い髪を肩口で緩く結わえた青年が、中性的な顔に綺麗な笑みを浮かべる。会議の時に上司が出て行った後も残っていた、聖女殿の年若い官吏だ。
ベルトルドも挨拶を返してうつろに笑う。上官たちからなにを聞かされているのか、考えるだに恐ろしい。
変わった組み合わせの二人を見て、ベルトルドは目を細める。この二人は白昼夢に出てきた二人だった。
シグヴァルドと、第二王子とベルトルド、まだ他にもいたんだけどアストリッドが呟いていたの思い返す。
あんな物騒な白昼夢は、できればただの夢ですませたい。なのに変に現実とリンクしてきて、微妙に不快な気持ちになる。アストリッドが言った断罪と断頭台、シグヴァルドの後ろにいたあの子と、エンゲルズレクト、そしてここに来てシモンとまで知己を得るなんて。
ベルトルドはちろりと足下の影に目を向けて口を尖らせる。こっちの気持ちは伝わっているはずなのに、にゃーがやけに機嫌がよさそうに喉を鳴らしている。
「それにしても来期の新人はえらく強気だね。やはりイェルハルド王子効果なんですか?」
「その上、上位貴族の息子が多いって、ジイさん、だいぶグチってたなぁ」
「ああ、それは大変そうだ。今期は上位貴族が少なかったんでしたか」
そうそう、と軽い調子で頷いて、エンゲルズレクトはベルトルドのポケットに手を突っ込んだ。背後に向かって肘鉄を繰り出したが、ベルトルドごときの攻撃は背後の巨体に蚊に刺されたほどの痛痒も与えられなかった。彼はポケットの中から|目当ての物⦅菓子⦆を見つけて、さっそく口の中に放り込んだ。ベルトルドの恨めしげな視線を頬で受けながら、エンゲルズレクトは奥歯で飴をかみ砕く。
「将軍の孫もいたし、ずいぶんラクさせてもらったんだけどなー。でも、来期からは第二王子、その次に本家の孫まで入ってくるだろ。古狐の孫がそろい踏みなんて、ジイさんの胃がいつ死ぬかで賭けになっててなー」
「胃が死んでしまうのはすでに確定なんですか。誰も助けて差しあげる気はないってことですね」
ベルトルドとの攻防にか、その発言にか、それともその両方なのか、シモンが引き気味の視線を向ける。相手の様子など歯牙にもかけず、エンゲルズレクトは明るい笑い声を聞かせた。
彼が言うジイさんとは、第三連隊長ヴェイセルのことだ。第一師団の中、第一第二連隊は街から少し離れた場所に駐屯し、第三連隊だけがトゥーラの傍らに駐屯地がある。そして主に訓練兵の面倒を見ているのはこの第三連隊である。要するに第一連隊長であるエンゲルズレクトには他人事なのだ。
他の連隊とも一緒に討伐を行うから、全く関係ないということもないのだが、彼はアストリッドと同類だ。割となんでも楽しめるし、いざとなったら非常に思い切りがよい性質なのだ。それで罰を受けようが本人は気にしないのだろうが、彼のフォローをする周りの気苦労はいかばかりかと、つい同情してしまう。
「それでもお世継ぎが、司令官閣下であることは変わりないのでしょう?」
シモンが食堂の中からの視線を気にして、木の陰へと視線を投げる。腕を首に回したまま解放してくれる気はないエンゲルズレクトに引きずられ、ベルトルドも従った。
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