第四話 真実
望月先生と私は、静かに並んで座った
ソファーの少し軋む音だけが、耳に残る。
目の前には、淡い紺の着物を纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま座るその姿。
彼の気配は、妙に空間を圧迫していた。
「失礼をいたしました。改めまして来来島から参りました。尾崎と申します。
あなたのお母様のいとこにあたります。」
男は軽く頭を下げたが、その動作にも無駄がなかった。
「望月先生、どうすればいいの…」
視線を尋ねると、先生は少しだけ顔を伏せて
立ち上がりながら、やわらかく微笑んだ。
「じゃあ、私はお茶を淹れてきますね。
二人で、ゆっくりお話して頂いて」
その言葉に、私は思わず望月先生の袖を掴みそうになった。
けれど、何も言えなかった。
望月先生は静かに部屋を出て行く。
襖がすうっと閉まる音が、やけに大きく響いた。
二人きりになった室内。
尾崎という男は、微動だにせず、じっと私を見つめていた。
逃げ場が、どんどん消えていくーそんな気がした。
「里奈さんを、ずっと探しておりました」
言葉は静かだったが、その奥にある執念のようなものが、ひしひしと伝わってきた。
「実は現在、島の財産と土地。すべての名義があなたに移っております」
尾崎は、まるで淡々と事務手続きを説明するような調子で言った。
「いきなりで戸惑うと思いますが、島の後継者。正式には“守り人”と呼びますが、それがあなたです。
あなたのお母様が姿を消したあの日から、すべてあなたに引き継がれていました」
「えっ、守り人…何を言ってるか
ちょっとわからないです。」
「お母様は、島を出たことで――“役割”を放棄されました」
尾嵜は、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「けれど、“血”は残った。あなたに。
血筋は、儀式よりも重いとされているのです。
だから……
はっきりと言えば戻っていただきたい、
来来島へ。
気持ちが整ったら――それで構いません」
ゆっくりと、けれど確かな口調で言葉を続けた。
尾崎は懐から、小さく折りたたまれた紙片を取り出した。
それを卓袱台の上にそっと置く。
「これは、私の連絡先です」
静かな声で言った。
「もし“お母様のこと”を、本当に知りたいと思ったなら。そのときは、ここに電話をください。」
紙の上には、簡素な数字と苗字だけ。
見慣れない市外局番が、妙に重く見えた。
私は、まだ何も答えられなかった。
尾崎は、ふと視線を落とし、
「……私の寿命も、あまり残されていません」
そう言ったときの声は、先ほどまでの冷静な口調とはまるで違っていた。
「だから、せめて“今のうちに”伝えねばと思ったのです。
あなたの母が、なぜ島を捨てたのか。
そして、なぜ……あなたが呼ばれたのかを」
その目には、老いというよりも、何かに蝕まれているような影があった。
時間との静かな戦い。その終わりが、もう見えている人の目だった。