第三話 点と点
通知が届いてから3週間が過ぎたころ。
ちょうど仕事から帰ってシャワーを浴びていたとき、スマホが震えた。
タオルで髪を拭きながら画面を見ると着信履歴に、見覚えのある名前。
「施設」
5年ぶりだった。
高校を卒業してから、一度も連絡がなかったのに。
何か胸騒ぎがして、すぐにかけ直した。
「……もしもし、里奈です」
「里奈ちゃん、久しぶり。望月です
覚えてるかしら?」
少し年を取った声。でも、確かに私を育ててくれた人だった。
「突然でごめんなさいね。実は、最近――あなたのお母さんについて、問い合わせがあったの」
心臓が、どくんと一つ鳴った。
なぜ今、このタイミングで?
まるで何かが、呼び寄せられているような感覚。
「詳しいことは電話では言えないけれど……もし時間があるなら、一度顔を出してもらえると助かるわ」
言葉の裏に、微かに含まれた“警戒”と“戸惑い”。
それが何より、不安を煽った。
「明後日でしたら空いてます」
そう答えると、望月先生は小さく息をついた。
「それじゃ、明後日。お昼頃に来てくれるかしら。できれば、少し時間を取ってきてほしいの」
「わかりました」
電話を切ったあとも、しばらくスマホを握りしめたまま動けなかった。
母のこと。
生まれた場所のこと。
島の集合写真に写っていた、あの既視感のある女性。
それらが、静かに一本の線で繋がっていくような気がした。
明後日になった。
朝から空は曇っていて、春先なのに肌寒い。
駅前の洋菓子店で、シュークリームを箱に詰めてもらう。
甘すぎないカスタードと、ふわふわの生地。
あの頃、行事や来客が来るたびに出てきた味だ。
「子どもたち、甘いの好きかな」
なんて呟きながら、私は箱を抱えて電車に乗った。
最寄り駅からバスを乗り継ぎ、小さな坂道を歩くと、昔と変わらない建物が見えてきた。
少し塗り直された外壁、でも、玄関のくすんだドアはあのままだ。
チャイムを押すと、年配の女性が顔を出した。
望月先生――私がいたころからいた人。
「里奈ちゃん……久しぶりね」
「ご無沙汰してます。これ、よかったら皆さんで」
そう言ってシュークリームの箱を差し出すと、先生は一瞬だけ目を細めた。
「ありがとう。きっと喜ぶわ。さ、どうぞ」
玄関の空気は、懐かしくて、少し苦くて。
中に入ると、昔のままの廊下の匂いが鼻をかすめた。
来客室の扉開けると、思わず足が止まった。
座っていたのは、見慣れない年配の男性だった。
年の頃は七十を超えていそうだが、背筋はまっすぐ伸び、目つきは鋭い。
淡い紺色の着物を着こなし、まるでどこかの旧家の主のような風格があった。
「……こちらの方は?」
思わず望月先生に視線を向けると、少しだけ声のトーンを落としながら答えた。
「こちら、あなたのお母さんの…その、親戚の方でね。里奈ちゃんに、どうしてもお話があるって。わざわざ遠方からいらしたのよ」
男は何も言わず、ただじっとこちらを見つめていた。
その目が妙に深く、底知れないものに見えて、私は思わず喉を鳴らした。
「……里奈さん。ようやく、お会いできましたな」
低く、どこか抑揚のない声が、静かに部屋に響いた。