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良薬は孤独に落ちる

 ミーンミーン、と外から蝉の鳴く声が聞こえる。夏はまだ始まったばかりだというのにひどく暑くて、冷房の付いていないこの部屋では呼吸がしづらいような気がした。たらりと額を伝う汗を拭って、私は正面の男性に笑いかける。

「はじめまして! よろしくお願いします!」

 私は好印象を与えられるように明るく挨拶をした。けれど、面接官は厭らしい薄笑いを止めない。

「ここで働きたいなんて変わり者だな」

 彼は履歴書をざっくりと読み

「こんなキレイな道程も、ここじゃ無意味だ」

 と唇をつりあげて笑った。

「知っています。ここは、病院といいつつ死が近い病人を住まわせる建物だと。私は、そんな人たちの迎える最後を楽しいものにしたくて応募しました」

 ここ、よるべ医院は特別だ。まだ究明されていない病気に罹患して治療法もなく、ただ死を待つだけの人間が最後にくる場所。

「他人を救いたいって?」

「そうです! 私は出来る限り皆さんの苦痛を取り除きたくて」

「大言壮語だな。あんたは何が出来るんだ?」

「薬になれます!」

 胸を張って言うと、面接官は目を丸くした。

「……薬に?」

「はい! それもあって、患者さんに寄り添えるのではないかと」

 彼は履歴書を横に置き、私を真っ直ぐ見た――初めて、目が合った気がした。

「詳しく」

「はい! 私、生まれつき切り離した身体の部位が治療薬になるんです! 奇異な目で見られるため正式に診てもらったことはないですが、真実です」

「……あぁ、通りで」

 小さく面接官が呟いたような気がしたが、よく聞こえなかった。気にせずそのまま続けることにする。

「質量によって治療できることが変わるので、完全に治すことは難しいかも知れませんが、痛みを無くす程度なら指一本の半分で問題ないです」

 そう、そのくらいなら。たったのそれだけで、ほんのすこしで大丈夫。苦痛を消してあげられる。

 コツコツ、と面接官が机に指を打ち付ける。そのリズムに乗せるように、彼は殊更ゆったりと話す。

「自分の身体が治療薬になると気付いたのは、いつのことだ? 何が切欠だった?」

 ……何が? なんだったろう。昔、昔だったはず――ああ、そっか。

 私は記憶を巡らせて口を開く。辿るように、丁寧に言葉を紡ぐ。過去の、痛ましい思い出。

「ある日、妹が怪我をしたんです。目の前で、どうにもならないようなひどい大怪我を。慌てていたのでどこをどう怪我していたか、もう覚えていないですが」

 どんな怪我だったろう。頭をぶつけていたのだったっけ。腕を切ったのだっけ。脚を折ったのだっけ。

 ただ、とても痛そうで、可哀想で。落ちる涙を止めたくて。

「指を、折ったんでしょうね。思いっきり力を込めれば、簡単に取れますから。ぱき、って」

 その時無くした指を、左手の小指をなぞろうとして空振る。あぁ、もう無いのに。

「それを妹にあげたら治った?」

 コツコツと硬質な音が響く。低い声が謳うように尋ねる。

「はい。切り離した時点で、外見は指でも質感は錠剤のようになるので、妹に食べさせました。そうしたらすぐに傷が治って」

「嬉しかった?」

「ええ、とても。だって、なんにもない私にも出来ることがあるって思って。みんなを治してあげられると思ったんです」

「……可哀そうだな、あんた」

「? 何がですか?」

「無くしたら、得られたか」

 開いた手のひらには、小指どころか人差し指も中指もなかった。右手に指は無い。右目もなければ歯も、内臓も、血液も足りない。

 頬に生ぬるいものが伝った。


 ――気味が悪いと言われた。

 妹は途端に嘔吐き、治った傷口を掻きむしり、指から血を流す私をおぞましいものを見る目で見た。

 両親は妹を怪我させた私を非難し、正気を疑い、悍ましいものを見るような目を私に向けた。信じてほしくて、ただ笑ってほしくて、ずっと痛いと言っていた怪我に血を塗って治したら、化け物と罵られ捨てられた。

 移った施設では隠して生きていったものの、指が無いことを理由に虐められた。

 私のことを愛していると言った婚約者は私に内臓を売らせてお金を持って失踪した。

 ぼろぼろになって死にかけた私は、片目を食べて生きのびた。

 涙が雨のように落ちる。

「わたし、わたし、あれ? 治したかったんです。ウンメイだと、思って。色んな人を治して、あげたくて」


「……いらっしゃい、お嬢さん。これからどうぞよろしく。患者と、担当医としてな」



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