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彼女の声は聞こえない

毎日更新を目指してはいますが、厳しい日も来るでしょう(今日は間に合いましたが)

 月がのぼって少し経った頃。

 ケリィはラグランジェの様子を見るため、庭へ出た。アリスがてとてと付いてくる。今夜は冷える気がするし、掛けるものを差し入れに行こうと思ったのだ。

「男共はまだ寝てないのかな」

 庭の向こう、荒野側には王子様が二人と従者が一人。夕食後に差し入れた酒を飲み交わしているようだ。

「悪いなとは思うんだけど」

 ディカルド王子が庭を超えられないまま夜になってしまった。結果、従者はそれに付き添うこととなった。ラグランジェと二人きりは流石に駄目だろうと、もう一人の王子様も気を遣って荒野で一晩明かすことになったようだ。

 つまり、庭にいるのは銀髪の美しい人が一人である。

 心臓が忙しなく動いている。自分への期待からくる緊張だ。どこまで近づけるだろうか。

 まだ遠い。まだ、まだだ。貸し出した簡易天幕の形がハッキリわかる。あともう少し。

「あ」

 駄目だった。見栄を張ってもあと五歩は必要な距離。そこから空間が縮まらなくなった。

 同性で、尚且つ喋れないということもあってか、彼女には安心感のようなものがあった。もっと近付ける気がしたのだが。

 寝袋に入っていたラグランジェが起き上がる。

「起こしてしまいましたね。ごめんなさい」

 相手は首を横に振った。眠っていなかったのか。それとも単に気にしないで、ということなのか。どちらかはわからない。

「これ、外気を防ぐ魔法が掛かっているんです。温かく眠れると思うので、良かったら使ってください」

 生地は薄いが、師匠の魔力が編み込まれた掛け物だ。冬用に仕舞っていたのを思い出し、引っ張り出してきた。

「……?」

 ラグランジェが荒野の男性たちを見遣る。

 ケリィは気不味く思いながら、口元に手をやった。

「人数分は用意できなくて……」

 外の三人の分はない。まあ、焚き火の番をしながら交代で寝るようだし、放っておいてもいいだろう。

 ラグランジェはふふっと声もなく笑った。そして小首を傾げながら、唇は『ありがとう』の形に動かしてみせた。その仕草があまりに蠱惑的で、ケリィは同性ながらドギマギしてしまった。

「これ、置いておきますね」

 入れてきた籠ごと地面に降ろす。

「……」

 相手は静かにそれを見つめている。

「もう、気付いてると思いますけど」

 アリスがふんっと布の匂いを嗅いでいる。ああ、天日干ししてないから防虫剤の香りが残っているかもしれない。

「私が皆さんに近寄るのは難しいんです。庭に条件というか、制約のようなものがあって。貴方の王子様がこちらへ来れない理由と似たようなものです」

 ケリィの言葉に静かに頷いてくれる。理解を示してもらえるのは有り難い。

「客室もあるんですけど、お招きできなくて……本当にごめんなさい」

 心からの謝罪。

 ラグランジェは寝袋から抜け出してこちらへ向かってきた。彼女が進むだけ、自然と自分が遠ざかる。空間が間延びしたように遠く伸びていく。置かれた籠へと、ラグランジェの手が届いた。

「なぁん」

 籠の側に留まっていたアリスの喉をなでてくれた。良い声ね、と褒めるように。

 そのまま彼女は笑顔で頭を下げ、天幕へ戻っていく。

「長旅でお疲れでしょう。今夜はゆっくりお休み下さい」

 言いながら籠を回収する。

 ラグランジェが軽く手を振って、自分は会釈で返した。

 家に戻る前に、荒野側を窺い見る。残った男たちはなんやかんやと話し込んでいる様子だ。早く寝てしまえば良いのに。ラグランジェはどう思っているのか、同じように彼らの姿を眺めている。

 ずっと気に掛かっていたことがあった。

「……ラグランジェさん」

 それは聞いてよいものか。予想が合っていたら、自分は、師匠はどうしたらいいのだろうか。

「……」

 夜のような黒に星のきらめきを散らしたような瞳。ラグランジェは黙って視線を合わせてきた。

 荒野の男どもには聞こえないように声を潜める。

「貴方は、もしかして――歌声が戻るのを望んでないんじゃないですか」

 銀髪の佳人はそっと目をそらした。そして庭の外へと顔を向ける。そのままずっと彼ら、もしくは彼を見守るように見つめ続けていた。

 それが答えだった。


 家に戻るやいなや、ケリィは大きく溜め息をついた。

「どうするの、これ」

 患者本人が望まない治療。しかしお連れの方は宣誓の魔女に誓いまで立ててしまったという。そういうのは先に相談して、話をまとめてから来て欲しいのだが。

 何か言えない――喋れないのとは違う意味で、伝えられない事情があったということだろうか。

「ししょー……」

 偉大なる魔女は肝心な時に居ない。肩の荷が重すぎる。

「なあーん」

「そうなんだよね。あ、また毒盛られるって心配してるとか? でもあの王子様も今度は気を付けて側に置いときそうだし。本人だって無闇に何かを口にするようなこと、少なくなるんじゃないかな」

 命の心配――まではしてないか。さすがにそこまでの要人という風でもない気がする。

「なん、なーあぁ」

 ふんふん。アリスが尻尾を振りながら玄関周りを警戒している。

「え? あ、もしかして!」

 扉の横、壁に張り付つけた薄い木箱。それは魔女の郵便受けである。正確には外出中のユークレッドが、何かを伝えたい時に使う伝言板のようなものだった。

「師匠!」

 覗き込んだのとどちらが早かっただろう。箱にパサッと軽い音を立て、手紙が舞い込んできた。天の助けと言わんばかりの勢いで、魔女の弟子はそれを開封した。

 中には二枚の紙が同封されていた。触れると紙質が全く違うものが二枚なのだとわかる。

 片方はユークレッドのよく使う便箋だ。わかりやすい癖字で書かれているのは――。

「薬の作り方!」

 解決したと言えるか微妙だが、とりあえず喉の薬は手に入りそうだ。材料の在庫はある。時間の掛かる工程も、調合済みの薬がある分いくらか楽だ。

 そしてもう片方の紙を手に取った。

 艶のある高品質な紙。そこに几帳面そうな字がつらつらと並んでいる。最後、下の方の署名だけは軽やかな筆致である。

「……あれ、これって」

 ケリィは内容と署名に覚えがあった。

 しかしそれはさておき、作業である。今夜は徹夜になるだろう。

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