昼食と彼らの事情
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「つまり、そちらのラグランジェさんの歌声を取り戻すため、師匠を訪ねてきたと」
五人で火を囲みながらの昼食。
客人たちが持ち寄った具材でスープも作った。遠火で溶かしたチーズをパンにのせると、幸せな気持ちになる。
椅子は簡易的なものを各々で用意してもらった。ケリィは多少距離を保った場所を陣取っている。たぶん違和感はなく、会話に支障のない程度だ。
「うちは空間を司る魔女なんですが……」
「しかし魔女ユークレッドの手紙にそう書いてあった」
王子様が懐から一枚の封筒を抜き出した。それをルネと名乗った従者、南の王子様を経由して渡される。
開封済みの封筒を開くと、薄い紙が二つ折りで入っていた。文字は一目で分かる癖字で、自分の師匠が書いたものだと判別できた。
『拙宅までお越し下さい。そうすればラグランジェ嬢の声を取り戻しましょう。
空間の魔女ユークレッド』
白い紙にそれだけが書かれていた。我が師ながら胡散臭い。
「ランジーの美しい歌を取り戻せるなら、どんなことでもするつもりだ」
「よほど素晴らしい歌声なんでしょうね」
「ああ! 国で、いやこの世でもっとも優れていると言っても過言じゃないぞ」
「確かに良い声でした。催しの際には、いつも活躍されていて。社交界でも有名な歌姫でしたね」
「そうだとも。ランジーの歌はこの世に二つとない至宝だぞ」
男性陣が盛りがっている。そこまで絶賛されるなら、自分も一度聞いてみたいものだとケリィは思った。
しかし外見だけではなく、歌声まで美しいとは。天は二物を与えることもあるらしい。ケリィはラグランジェの横顔をそっと覗き見た。
「……」
彼女は静かに目を伏せている。
「?」
治療に不安があるのだろうか。
まあ、当方の魔法薬で治療など、怪しいことこの上ないのだが。
「ええっと、確かに魔法を込めた薬は色々と作っています。ただ私の知る限り、喉を治療するものがあったかどうか――」
「それはお前が半人前なだけだろう」
我慢! ここは我慢だケリィ!
自分に言い聞かせながら思案する。
工房を想像しながら効果の有りそうな薬の心当たりを探る。しかし見当をつけるには、まず声を失った理由を確認した方が良さそうだ。
「念のために伺いますが、どうして声を? 何かご病気ですか?」
沈黙がおりる。聞いてはいけなかったか。しかし原因がわからないまま薬を出すわけにはいかない。
「……嫉妬だ」
「嫉妬?」
「ランジーは十年前に俺が街で見つけてきた。歌が素晴らしくて、城の楽団に入れたんだ。父上――現国王も気に入られ、重宝されていたのをやっかまれたというところだ」
「では、原因は毒か何かで、ということでしょうか」
「そうだ」
金色の王子様は顔を伏せ、強く拳を握りしめた。
「俺の不注意だった。ランジーを快く思っていない者たちと、賓客の接待を同行させてしまった。そこで注がれた酒に一服盛られていたらしい」
後悔が滲み出るような、苦しそうな声音。
その姿は愚鈍で浅はかな人間らしく、親近感を覚えた。この王子様は話すたびに腹が立つ。しかし悪い人間ではないように思えた。
「だから、ランジーの喉は俺が治す」
いや、今回の治療は一応こちらの領分だ。
また揉めるのは嫌だから言わないけれど。
喉に効きそうな薬。とりあえず皮膚、粘膜に効く薬か? 薬草の棚を端から端まで想像してみるが、毒で潰された喉に効きそうな商品が浮かばない。
師匠は帰ってから調合するつもりなのだろうか。
「そういえば宣誓の魔女にも誓いを立ててきたしな。絶対に歌声を取り戻すと」
「宣誓の魔女?」
彼女なら知っている。師匠の古い友人だ。
魔女にしては珍しく人の側で生活している変わり者。確か北の国の司法……裁判所かどこかで働いていたはず。彼女に誓いを立てると絶対に守らなくてはいけなくなるらしい。そのため重宝されつつ煙たがられていると聞いた事がある。そのうち毒でも盛られないか心配だ。
いや、待て待て。つまりこの王子様は。
「宣誓の魔女に誓って、ラグランジェさんの喉を治すって、そう言って出てきたんですか」
宣誓を司る魔女。彼女に誓ったことは必ず成さなければならない。出来なければ嘘になる。結果、魂を差し出すことになるという。後半はただの噂だが。しかし治らなければ、いつまでも北国一行が居座ってしまうということだ。それは困る。大変迷惑だ。
「宣誓、してしまったんですか……」
「ああ。治すまで国には戻らないと誓った。書面にもサインしたぞ」
命までかけてる訳じゃないのか。ケリィは少しほっとした。
「宣誓の魔女――確かアウラスといったか。噂程度には聞いているが、どのような魔法を使うのだろう」
隣、と言っても二人分くらい距離を開けて座っていた穏やかな方の王子様が聞いてくる。
「誓いを守らせる力を持った魔女です。人の言葉を縛る強力な魔法を持っています」
「……難儀だな。誓いを守るかなど本人の心掛け次第だと、自分は思うが」
「守る気のない約束、嘘ばかりの言葉を吐く人間が多いのでしょう」
そういうものか。そう一言呟いて、王子様はスープに口をつけた。
「お客様方の事情は分かりました。ただ、私の技量では解決が難しいようです。やはり師匠が戻るまでお待ちいただくしかないと思います」
「だろうな」
ぐうの音も出ないとはこのこと。腹は立つものの。
「面目ございません」
「まだ修行中なんだろう? 気にするな」
「お、恐れ入ります……」
意外だ。気を遣ってくれることもあるらしい。
「弟子に期待もしていないしな」
そーでしょーね! はーらーたーつー!
王子様たちは食後のお茶をすすっていたり、従者やラグランジェは片付けなどを進めている。そろそろ荒野の食事会も終わりだ。どうしたものか。
「では話も終わったし、お前たちの家で待たせてもらおうか」
「……はい」
大分親交を深めた。彼らの事情に同情する部分もある。だから大丈夫。そう思い込まなければ。
深く深呼吸する。荒野の空気を吸うのは久しぶりだ。生き物の気配がこれっぽっちもない、淋しい大地。生まれた時からずっと隣にある筈だけれど、それでもここの空気は慣れないものだ。
「――それではお客様方、お入り下さい」
「ああ、世話になるぞ」
南の王子様は面白そうに。従者は訝しげに。銀髪の乙女は祈るように。そして自分はヤケクソな気持ちで見守った。
金色の髪を靡かせ、北の第五王子様が自信満々に足を踏み出す。
すぐに跳ね返った。
「やっぱり駄目でしたね」
「やっぱりとはなんだ!」
「私はまだ半人前なので。申し訳ありません」
口ではこう言っているが、自分でも少し落胆しているのだ。
今までも師匠の側で倣ってきたというのに、上手くいったことはなかった。師匠の頼みで練習台になってくれた行商人も、旅の人たちも、何度も弾き飛ばしてしまった。その度に師匠が謝罪してくれていた。自分は空間の魔女として、独り立ちできる日はくるのだろうか。
「まあ、とりあえず――入れる方だけでもどうぞ」
「俺だけ荒野で寝泊まりしろということか!」
そういうことである。