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庭の条件

気が短くて気が小さいヒロインです

 増えてる。

 その光景を見て一番の感想だった。


 留守番が役目である。だから王子様の用件を聞きださなければと腹を括った。そうして、優先するほどでもなかった薬草収集を早目に切り上げてきた。まだ昼前だ。近付けずともお茶など届けて話してみよう。そんなささやかな算段が吹っ飛んでしまった。

「……増えてる。四人。どう見ても増えてる」

 しかも内一人はぎゃいのぎゃいのと騒いでいる。

 家の影に隠れて聞き耳を立てていると、どうやら騒いでいるその人物だけが庭の境界を超えられなかったようだ。三人連れで一人だけ入れないとは妙なこともあったものだ。少なくとも自分は初めて見た。

「なーう」

「アリス。ただいま」

 黒猫はいつの間にか側に座っていた。面倒くさそうに後ろ足で耳を掻いている。

「なぁーあ……なぁん」

 ざっくりとした説明だ。とりあえず騒いでいるのもどこぞの王族様だということだった。昨日来た王子様とは違う意味で、あまり品を感じないが。

「師匠が招いたのに入れない……? どういうことだろう」

 目に魔力を込めて彼を見てみる。

「あ」

 答えは至極単純で、非常に解決の難しいものだった。


 ユークレッドの庭は魔女の許しさえあれば入ることができる。そしてその『許し』には条件が付けられることがある。

 行商人であれば『通行証』を持っていること、などだ。

 あの騒がしい人は難儀な条件を付与されていた。伝えるのは気が重い。いやしかし、このままという訳にもいかない。そもそも師匠は何故こんな条件を与えたのか。

「あれ、()()()()がいるよね」

 確認するように呟くが、猫は黙って毛繕いをするばかりだった。

 師匠はどういうつもりか、金ぴかの王子様には『ケリィの許可』があれば入れるように条件付けしていた。

「そんな条件を付けられてもなぁ」

 この魔法は言葉で『許す』としても駄目なのだ。

 それだけで済むならケリィはもう独り立ちしている。

「……早く帰ってきてよ、師匠」

 嘆いたところで叶うものでもない。

 ケリィは裏口から室内へ、薬草の入った籠を放り込んだ。

 庭を踏み締め、できる限り客人たちの近くまで歩み寄る。歩数で言えば三十歩ほどの距離。黒髪の王子様は女性よりも若干近いように思う。それでもこれがいまの限界だ。これより先、進んだところで距離は変わらない。

 領域の要である小さな白い花が風に揺れる。これまでユークレッドを名乗り、空間を司ってきた彼らが応援してくれているような気分になる。そんなのは気のせいだと分かっているが。

 今は己を鼓舞するものが欲しかった。


 庭の方から荒野へ、体格の良い男が移動したのが見えた。金色の王子様は不満そうに何か言っている。銀髪の女性も動こうとした。ちょうどそのとき昨日からいる王子様がこちらに気が付いた。

「ケリィ嬢」

 声を張るでもなく、普通の声量で、近くにいるような体で話し掛けてくれる。この空間の仕様に慣れてきたらしい。そういう人物が一人いるだけでも有り難い。

「戻ってきたのか。もう用事はいいのか?」

 彼の言葉に他三名のお客様が同時にケリィへ振り向いた。

 こういう多人数の視線は苦手だ。

「今日の分はもう終わりました。それにお客様もいらっしゃっているようですし」

「あぁ、こちらの方々はつい先ほど到着したところだ」

「そうですか」

 女性がお辞儀をしながら、外套をスカートに見立てて簡単な挨拶をしてくれた。

 自分も軽く会釈する。

「魔女を訪ねてきたのは俺だ!」

 庭に拒絶されたままの王子が、声を張り上げた。大声でなくても聞こえるのだが、その辺りの状況はまだ読めないらしい。

「おい! お前は魔女ではないのか!」

 おい? お前?

 初対面の女に随分な調子で話しかけて来るではないか。なるほどかなり高尚な身分の方とお見受けした。首が痛くなるほど見上げてやろうじゃないか。

 ケリィは臨戦態勢に入った。

「お初にお目に掛かります。私は魔女の弟子、ケリィと申します」

「なんだ、ただの弟子か。魔女はどうした! 来いと言うからここまで来たのに、出迎えもない上、俺だけ庭にすら通されないとはどういう了見だ!」

「殿下、もう少し穏便にお願いします」

 茶色い髪の従者らしき男が小言を言っている。

「はあ……魔女が留守なら待たせてもらう! とりあえず俺を敷地内に入れろっ!」

 駄目だ。このままだと許可を出せそうにない。

「とても尊い身分の御仁とお見受けしますが、どちらよりお越しになられたのでしょうか」

「俺は北の大国パルミトンの第五王子ディカルドだ。こんな荒野の果てでも、聞いたことくらいはあるだろう」

「左様でございますか。なるほど、なるほど」

「なんだ?」

 ケリィの挑戦的な口調に、雲の上の人が怪訝そうに眉を顰めた。

 女性はどうして良いのかわからぬ素振りでおろおろとし、南国の王子様は腰に手を当てて話の行く末を見守っている様子だ。

「えぇ、そうでしょうとも。そのような高貴な方でしたら、下々の事情に興味が持てないのも当然の道理と言えましょう」

「……さっきから何が言いたい」

「魔女の身分は魔女でしかありません」

「それがどうした」

「我々には上も下もないのです。国も地域関係なく、不可侵なものとされています。それをご存じないようで」

「だが俺は王子だぞ」

「貴方様はただのお客様です。他の方との違いなど何もない。少なくとも私達にはとっては。他のお客様と同様に必要な対応だけさせていただきます。王族の方だからといって特別なおもてなし等もいたしません」

「……」

「…………」

「…………な、なんだとっ」 

 距離はあってもよくわかる。王子様とは思えない程歪んだ表情が浮かべられているのが。

 つい煽りすぎてしまった。

「あの! と、とにかく! 態度を改めて頂かないことには――」

「黙れ黙れ! 小娘が! そんな安全な場所からならいくらでも好き勝手言えるだろう! 身分が関係ないと言うならお前がそこから出て」

 途中から声が途絶えた。

 見える限りでは喚くのをやめたわけではないらしい。害意――今回は悪意に近いだろう、その感情が王子様に溜まったらしい。

 庭の判断で自動的に声が打ち消されたようだ。恐らく金色の王子様からはユークレッドの庭が視認できなくなったはずだ。こちらを探すような仕草をしている。

「ディカルド王子は何をしているんだ?」

「いえ、その……」

 庭に残った方の王子様に状況を説明した。

「では自分が行ってこよう。落ち着けばまた話すくらいは出来るようになるだろうし。そうしたら庭へ招いてやってもらえないだろうか」

 銀髪の女性も深くお辞儀をした。頼む、と言いたいらしい。

 庭に招くくらい、自分だってしたいけれども。それが簡単ではないから悩ましい。

 その事情まで説明する前に、黒髪の王子様が荒野へ出ていった。

 状況を説明し、従者と共に怒れる王子を宥めている。あまり落ち着きそうな気配はない。反抗期か何かだろう。自分も人のことは言えないが。

「……」

 銀髪の女性と二人きり。距離はあるが、沈黙が重い。

「あの」

 なにか話した方が良いだろう。

「?」

「えぇっと、もしかして声が?」

 不躾だっただろうか。

 しかし相手は柔らかく微笑み、首肯する。見た目は華やかだが、凪いだ水面のような女性だと思った。

「そうでしたか」

 それ以上言葉は続かなかった。

 女性も慣れているのか、特別気にした風でもない。ごく自然な佇まいで王子たちを眺めている。


 このヒトとの時間は嫌じゃないな。


 そう思った途端、ふわっと彼女が近付いた。そのためか相手は少しよろけてしまったが、あと二十歩もないくらいの距離まできた。

 名も知らぬ女性が驚いたように口をぽかんと開けている。美しい人だが、表情は存外に愛らしい。年上に言うのは憚られるけれども。

 ユークレッドの作ったこの空間は、魔女と他者との距離感がそのまま現れる。そういう場所だった。 

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