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三人の客人、と他一人

勢いとノリで書いてたら可哀相な人がでました

 柔らかい草のお陰か数日ぶりによく眠れた。王城の自室の寝具とは比べられないが。

「おはようございます」

 太陽の方に身体を伸ばしながら深呼吸している最中、声を掛けられた。昨日と変わらず硬い声音だ。

 顔を上げると、家屋の右側、井戸の側に彼女は立っている。大ぶりな籠を抱えてこちらを見下ろすように窺っていた。相変わらず距離は遠いが声は近い。

「ケリィ嬢、おはよう。昨日は突然の訪問にも拘らず食事や水を差し入れてくれて、とても助かった。改めて感謝を」

「アリスの――黒猫への伝言で、もう聞きました。お客様はもてなすように師匠からも言われていますし、どうぞお気になさらず」

「あの猫はアリスというのか。ロバの方は?」

 遠くても彼女が眉をひそめるのがわかった。

「……彼女はテリーヌ。普通のロバです」

 他に家人の姿は見えない。特に気配も感じられないということは、魔女も含めてこの家は人も動物も女性しかいないのかもしれない。

「力仕事や面倒事など、何か手伝えることがあったら言ってほしい。今回の礼になるかは分からないが」

「これと言ってありません」

「そ、そうか」

「ご入用でしたら、井戸は遠慮なく使ってください。私はこれから奥の林で作業がありますので、昼頃まで戻りません。それでは失礼します」

 ケリィはそう言うと井戸を通り過ぎ、そそくさと木々の間を駆けていった。

「歓迎はされていない、か」

 ともあれ井戸の使用許可が出た。彼女もしばらくいないようだし、顔や身体を拭くのに少々水を借りるとしよう。

 水筒や手ぬぐい等、朝の支度に必要なものを持って井戸へ向かっていく。遠くやや小高い位置に見えたが、意外にもすぐ辿り着いた。距離感が掴みにくいためか頭が疲れる。

「なーぁ」

 いつの間にか足元に黒猫がいた。名は確か。

「アリス? おはよう。君も井戸に用事が?」

 尋ねるフィンアに応えるように、裏口の側にあった浅い小皿を咥えて持ってくる。そして井戸の横に丁寧に置いた。

 井戸と皿を視線で往復し、最後にフィンアへ一声鳴いて訴えかけてきた。

「水が欲しいのか。少し待っていてくれ」

 張り切って水を汲み上げ、小皿に移してやった。ケリィは急いでいたようだし、もしかしたらアリスの水を忘れていったのかもしれない。そう思うと丁度良くこの場面に出くわせて良かった思った。

 アリスがゴロゴロと喉を鳴らしながら足元に擦り寄ってきた。自室は警備も兼ねて犬を置いているが、猫も中々愛らしい。つい何でもしてやりたくなる。

「また必要な事があれば呼んでくれ」

 魔女の弟子とはまだ馴染めていないが、とりあえず猫との親交は深められる気がした。


 朝食後に剣の稽古をしつつ、たまにアリスへ話しかけてみる。相槌なのか、話の区切りの良いところで鳴き声が上がり、つい良い気分になってしまう。

「……なあーん」

 アリスが前触れも無く左耳をぴくぴくさせたかと思えば、いきなり外に顔を向けた。

 何かと思い同じ方を見遣る。なるほど、あれに気が付いたのかと合点がいった。

 およそ北の方角から男が二人と女が一人。男の一人は若く、金色の髪を後ろで一つにさらりと結んでいた。蒼い瞳は北国の王族の特徴であり、あの国で自分と年の近い王族は一人しか居ないはず。末の第五王子だろうと思い至る。

 もう一人の男は如何にも従者然とした、控えめそうな姿勢の男だった。目と同じ色の茶髪を刈り上げている。武官と言われても文官と言われても納得するような、立派な体躯と知的で落ち着いた表情の男盛りだ。

 女性は何というか、もう妖艶な美女である。合った目をそらしたくなるような、不思議とこちらが気恥ずかしくなる美しさだ。波打つ銀髪と黒曜石のような瞳が神秘的だった。垂れ目気味で、左目の真下には泣き黒子が一つ。厚い外套の上からでも分かるほど女性らしい身体は、自国の女性全員と張り合っても圧倒的といえる。

 観察しているうちに、三人が荒野と庭の境界まで辿り着いた。

 フィンアは剣を鞘に収めた。

「そこのお前、魔女の下男か」

「いや、違うが」

 いきなり随分な口調である。下男と言われたのも少々カチンと来るものがあった。これでも王族の端くれだ。

「ではそんな所で何をしている」

「殿下、初対面の方にはもう少し態度を――」

「俺はさっさと魔女に会って話をつけなければならない。こんな庭の端で剣を振り回す暇人に構っている時間などないんだ」

 女性が眉尻を下げ、王子の右腕に手を乗せた。

「……」

「ランジー大丈夫だ。すぐに済ませて城に戻ろう」

「…………」

 女性は目を伏せ、力なく首を横に振った。

 違う、そうじゃない。初めて会った赤の他人だが、何となくそう言っている気がした。

「殿下、ラグランジェ殿。僭越ながらここは私が話を」

「……任す」

 では、と低く静かな声が響いた。

「こちらに居られるのはディカルド・パルミトン殿下。北のパルミトン家直系、第五王子様にあらせられます。またこちらはラグランジェ嬢。そして私はルネ・テーリング。我々は殿下の旅に同行させていただいております。失礼ですが、貴方様のお名前、出自など伺ってもよろしいでしょうか」

「ご紹介ありがとう。自分はフィンア・トポスリア。南のトポスリア国の第三王子だ」

 ディカルドとラグランジェ嬢は目を丸くしていた。ルネの方は表情を変えないためわからないが、特に驚いたような様子は無かった。

「ディカルド・パルミトン王子、こんな旅先だがお目にかかれて光栄です。一昨年までは姉が留学させてもらって、季節問わず美しい国だとよく聞かされていました。自分もいつか訪問の機会がないかと思っていた次第で」

「おべっかはいい。貴様も魔女に何か用事があるのだろう? もう済ませたのか」

「殿下」

 別に構わない。フィンアがそう目で訴えると、ルネは申し訳なさそうに一歩下がった。

「それが魔女殿は留守のようです。自分も昨日到着したばかりで、あまり詳しいことはわからないけれど。家人の女性なら昼頃戻られると言っていましたね」

「魔女はいないのか……」

「彼女――ケリィという女性ですが、戻ってきたら少し魔女について話をしようと思っています。良かったら一緒にどうです」

 フィンアの提案に北国の王子は「しかし」だの「急ぎで」だのぶつぶつ言っている。ゴネたところでどうなるものでもないのだが。噂通りの人物のようで逆に安心してしまった。

「殿下。フィンア様のご提案、今の私達には充分なものかと思われます。ここは一緒に待たせてもらいましょう」

 ルネに宥められ、ラグランジェ嬢に肩を撫でられ、彼はようやく落ち着いた。

「仕方がない。では俺たちも庭で待つとしよう。喉も乾いたし、何か用意してくれ」

 従者に頼みながら庭に足を踏み入れようとする。

「あ、この庭は」

 魔法がかかっている。フィンアがそう伝えるよりも早く、その効果は現れた。

「うっ……わあ!」

 フィンアが体験したのとは違う形で。

「ディカルド王子?」

 煌めく黄金の髪は青々とした草の上にはなかった。弾かれたように荒野へ散らばっている。ささやかに土煙を上げながら、ディカルドは不毛の大地に倒れたのだった。

 お付きの二人が慌てて起こしてやっている。

 これはどういうことだ。

「……おい。どういうことだ、これは」

彼の感想がフィンアの心の声と一致した。

「さあ。自分も客なので、仕組みはわかりません」

「昨日はどうやって入った?」

「家人の女性に許可をもらったので、それから――」

「招かれる必要があるのか? しかし俺は魔女本人から家を尋ねるように言われたんだぞ! なのに庭すら入れないのか!」

「殿下、落ち着いて下さい」

 ルネがどうどう、とでも言うようにまた宥めている。さぞ賑やかな旅路であったことだろう。羨ましい限りだ。

「…………」

 ラグランジェが魔女の庭へ手を伸ばしてきた。恐る恐るといった風で、白い指先は小さく震えている。

「いや、無理はしない方が」

「やめろランジー!」

 王子二人が止めるよりも早く、銀髪の佳人は庭へ倒れ込んだ。

「……ランジー? 入れたのか? いやそれより怪我はないか! どこか痛むところは……痛っ!」

 荒野側から心配そうなわめき声が上がる。そして再び挑んだらしく、荒野と庭の境で弾かれている。

 フィンアは彼女へ手を差し伸べながら口を開く。

「こちらの庭に入る時は感覚がおかしくなるらしい。軽い目眩では?」

 尋ねると、肯定らしく深く頷かれた。

「……」

 ラグランジェは一瞬戸惑う風に目を伏せたが、柔らかく微笑んでフィンアの手を取った。しっかり握ってやり、「ゆっくりで構わない」と起き上がるのを手伝った。

 彼女が深呼吸しているのを見ながらも手を離す頃合いを見計らっていると、荒野の第五王子がもう一度庭に弾かれていた。

「うっ――くそ……!」

 めげない姿は妙に応援したくなるが、恐らく無駄に痛いだけだろう。

「ランジー! 大丈夫か、体調が優れないならこちらへ戻ってこい」

 ラグランジェは大丈夫だと伝えるように軽く手を振った。ようやく松葉杖の役を辞められる。さっきからディカルドの視線が痛かったのだ。

「何故ランジーが入れて俺は駄目なんだ。招かれたのは俺の筈だろう」

「浅薄な私には分かりかねます」

「同じく」

「……」

 ルネ、フィンア、ラグランジェがお手上げだと言わんばかりに首を傾げた。

「おい、テーリング卿」

「……はい」

「今度はお前が入ってみろ」

「…………いえ、私のような者は魔女殿もお呼びではないでしょう。お目通りも叶わないと思われます」

「いいからやってみろ」

 圧力。これはいけない。

 ルネ・テーリングが庭に()()()()()()平和なものだ。しかし彼がこの境界を越えようものならどうなるか。想像に難くない。自分が彼なら頭が痛くなるだろう。フィンアは従者の男を不憫に思った。

「俺の指示が聞こえなかったのか」

「かしこまりました」

 体躯の優れた男は背負っていた荷物をその場に降ろした。そして覚悟を決めたように、一呼吸。

「では、失礼いたします」

 空間が揺れた。人が入ってくる時、よく見ると蜃気楼のようにその場の景色が揺らめくのがわかる。

 ルネは地に片膝をつき、軽く頭を振っている。例の目眩のような感覚を散らしているのだろう。

 すぐに落ち着いた様子で立ち上がり、主の方へ振り向いた。

「入れました」

「そのようだな」

 無情の風が吹き抜ける。荒野側は砂塵が舞っていて余計に空しい景色だ。

「………………なんで」

 庭側の三人は目をそらすしかない。現実から。そしてディカルドから。

「なんで! 俺だけ入れないんだあああぁあぁぁぁ!」

 斯くして黄金の第五王子以外の者は、魔女の領域への侵入を許されたのだった。

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