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弟子の日常と非日常

短め

 薬の材料の収集。乾燥させた薬草の瓶詰め。調合の必要なものは時間がある時にやっておいて、あとは各商品の仕分け。掃除。古いものから出せるように棚の整理。在庫の管理。帳簿の整理。その他日常生活を送る上で必要な作業が諸々。

 魔女の弟子は忙しいのだ。手の掛かる師匠が外出している間にやっておくべきことは山ほどある。

「それなのに来客なんて。最悪」

 ケリィは大きくため息をついた。

「私だっていつ帰ってくるか知らないのに。待つって、どれだけいるつもりなの」

 とはいえお客様には違いない。しかも自称王族だと言っている。多少怪しいが、本来ならこの家に招き、師匠の代わりにもてなさなければならない。しかし家には入れられない。仕方がなくユークレッドの領域である庭で待機してもらうことにした。

 どうやらユークレッドは彼の存在を拒んではいないようだ。害意、悪意がある者はこの空間を見ることすらできない。そして招かれざる客は足を踏み入れることも叶わない。ここはそういう空間なのだ。つまり師匠は彼を受け入れているということ。

「予定には無かったはずだけど、また言い忘れていっただけかな」

 行商の人間などが立ち寄る予定は決まっている。それ以外の来客もある程度聞かされている。が、非常に大らかな人柄をしている師匠は、言い忘れることもある。ままある。今回もその類いだろうか。

「でも王命で来たって言ってたしなぁ」

 ううん。首を傾げていると納屋から音がした。使いにやっていたアリスとテリーヌが帰って来たらしい。裏口に出て、二人を労うことにした。

「おかえり。配達ありがとうね、お疲れさま」

 猫のアリスが肩に乗ってきた。重い。それは口に出さず、踏ん張りながら喉を撫でてやった。

「テリーヌも自分の部屋で休んで」

 ロバの頬に触れながら言うと、彼女は埃を払うように身体を震わせた。そしてそのまま彼女専用の小屋へ戻って行った。

 家屋を少しだけ回り込んで客人の居る方角を見遣る。小さな明かりが見えるが、地面に直に火を焚いている様子はない。野営用の器具などきちんと用意してきているようだ。きっとそろそろ夕飯にするのだろう。

「アリス、私たちもご飯にしよう」

 ケリィは家族を肩から抱き降ろし、暖かな室内へと戻っていった。


 猫との夕食はいつも静かだが、今日は話題がある。

「お礼を言ってた? 律儀な人だね」

 そして王族を名乗る割には謙虚というか気さくというか。家に招かないことに腹を立てている様子も無かった。ユークレッドの庭に入れるだけのことはある。良い人間のようだ。

 少年ぽさの抜けきらない、溌剌とした表情の青年。艶のある黒髪は首に掛からない程度に短い。南の国出身というだけあって、肌は健康的な小麦色だ。一番印象的なのは焦げ茶の瞳だった。よく見る色だが、生き生きとした輝きのある目だと思った。きっとたくさんの人を愛し、同時に愛されながら育った王子様なのだ。

「でもアリスにも話しかけるなんて、少し変ってる」

「なぁーあ」

「そうだね。詳しいことはまた明日にでも聞いてみるよ。人と話すの久しぶりだから、うまく出来るか分からないけど……」

「なぁうーなー」

 アリスから気楽にやれと言われ、苦笑した。

 得手不得手があるのは仕方ないが、ユークレッドの弟子を名乗り、いつかは跡を継ぐ以上避けて通れない道だ。練習のつもりでやらせて貰うことにしよう。


 カーテンの隙間から漏れる光で朝を知る。

 今の時季はこのくらいに起床すれば十分だ。太陽より早起きしなければならない冬期の辛さといったらない。

 ベッドから難なく起き上がる。自室で朝の身繕いをする。それからアリスやテリーヌの水と食事の準備。いつもの流れで簡素な朝食を終え、はたと気がついた。

「……ううん?」

 ノープランである。王子様になんと話しかけていいか分からない。どうしよう。

 いきなり本題でもいいのか。小粋な雑談から始めれば良いのか。話のネタなど何も思い付きはしないけれど。

「……」

 沈思。

「…………薬草、摘んでこよ」

 仕事をしながら考えることにした。

 横で干した鹿肉を食んでいたアリスが見上げてくる。何か言われるかと思ったが、彼女は黙ったまま水に口をつける。静かに波紋が広がった。

「昼には戻るし、ご飯でも食べながら話してみるよ」

 言い訳のようにモゴモゴ言いながら採取用の籠を手に取った。

 裏口を開け、庭の方へ目を向けた。……いる。王子様はまだ起きたばかりのようで、寝袋から抜け出して太陽に向かって身体を伸ばしているようだった。

 適当に声を掛け、昼には戻ることを告げ、後方の林の方へ足を向けた。

 裏口を閉め忘れたと思い出し、振り返る。

「なあーん」

 アリスが閉めてくれるらしい。安心して出発できそうだ。が、黒猫が視界の端で水の入った皿を引きずり、裏口の側でじゃばーっと零しているのが目に入った。

「?」

「なあ、なあぁー」

 気にするなと言われると気になるものだ。

 しかし王子様が近付いてくる足音がして、慌てて林の奥へと逃げ込んだ。

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