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三人が揃って

サブタイトルが一番悩みます。番号でもよかったなと思いました。

「て……きゃっ」

 ポーシャに拒否されてよろけたケリィは、大きく態勢を崩してしまった。泥とも砂ともいえない地面に尻餅をつく。

 そこへ自我をなくしたポーシャネットが向かってきた。噛みつこうとしているようだ。

 フィンアが間に入ると、怯んだ様子で立ち止まる。身体の大きさが違いすぎるため、さすがに挑むのは躊躇うのだろうか。

「待ってポーシャ! 落ち着いて……!」

 背後のケリィがごそごそと何かしている。振り向く余裕はない。

 こちらの様子をうかがっていたポーシャだったが、突如、踵を返して走り出した。

「ええ! ちょっと、逃げないで!」

「追いかけよう。走れるか?」

 いいながら自分だけでもと走り出す。

「走ります!」

 赤毛の少女は叫びながら着いてきた。足音からして、どこか怪我しているのだろうと思う。足首でも捻ったのかもしれない。それが分かっても彼女を止めることはせず、フィンアは共に小さな子供を追いかけることに専念した。


「ポーシャ! 危ないから降りて!」

 崖のようになっている急な坂を、ポーシャが身体全体を使って登っていく。それほど身体能力が上がるわけでもないらしく、あまり早くはない。

 フィンアは辺りを見回した。右手の方が緩やかで、足下も悪くなさそうに見える。先回りできる気がした。

「あちらから回り込めそうだ」

「回り込んでる間に降りてきてしまったら、また逃げられますよ」

 その通りだ。

「ああ。だから君はここで見張っていてくれたらいい」

 足も痛いのだろうし。言外にそう伝えると、うっと言葉に詰まるケリィ。

 藻掻きながら坂を少しずつ上がっていく従姉妹を見守りつつ、彼女は溜め息をついた。恐らく了解したのだろう。

「それで? 保護したあとはどうすれば良い?」

 案はあるのだろう。想定して声を掛けると、ケリィは握りしめていた小さな木の板を差し出してきた。繊細な細工が深く刻まれた、掌に収まる程度の小さな板。先端に穴が開けられたそれは、首飾りに出来るのだろう。フィンアは見覚えがあった。

「これを使いましょう」

「これは……」

「守り札です」

 ケリィから受け取る。

「今度は私が囮になりますから、この札をあの子に掛けてやってください」

 この少女はこれを外してしまって大丈夫なのだろうか。思っても、今それを尋ねる余裕はない。

「それで直るのか?」

「札に私の魔力をぶち当てます! 札の効力が上がれば、森の魔力の中和くらいは出来るはずです」

「分かった。ここは頼む」

 フィンアはそう言い残して、走り出した。


 予想通り、なだらかな坂になっていた。駆け上がるのは難しくない。

 しかし目の届かないところに居る彼女たちが心配だった。ケリィも怪我をしているし、早くポーシャネットを助け、三人で魔女の庭に戻りたいところだ。

 おどろおどろしい苔や菌類を横目に、ポーシャが目指しているだろう坂の上を先回りした。

 音を立てず、見られないように相手の位置を把握しなければならない。

「ダメ! その老木は危ないから!」

 下からケリィの声が聞こえた。

 老木が三本ほど生えている。細かい種類は分からない。

「根に捕まろうとしてもダメだったら! 揺らしたら木の実が落ちてくるから危ないの!」

 木の根が剥き出しになっていて、実をつけた老木。なるほど。ポーシャの目指しているものが一つに絞れた。

 老木の陰に隠れながら機会を窺う。

「――!」

 声になっていない子供の叫び。あともう少しだ。

「――――」

 近付く気配がある。その息は荒い。魔力に当てられて気性が荒くなっても、少女の身体はそれについて行けないようだ。

「――?」

 指先が見えた。

「っ!」

 こちらの存在に気付き、驚いたらしい。老木に掛かっていた小さな手がそれを離してしまった。

 下からケリィの悲鳴が上がった。

「ポーシャァァア!」

「……くっ」

 慌ててポーシャの右手を握った。昼食を共にした時とは違う、傷だらけの手だった。しかし間に合った。

 手にかけていた首飾りが自然とポーシャの腕を通って、右の肩でからからと揺れた。

「ケリィ! 魔法を頼む!」

「はい……!」

 なにか大きな力が動くのを感じた。自分たちに向かって来る。風のようでもあり、波のようでもある。暖かく、爽やかな空気だ。あの庭で吹いていた風に似ていると思った。


「…………ポーシャ? 大丈夫か?」

 ケリィの魔法を受けた後、ポーシャを引き上げてやった。声を掛けるが反応はない。それでも呼吸は健やかで、穏やかな表情でまぶたを降ろしているのを見る限り、救えたのだと安堵した。

「よかった」

 服はボロボロで、身体もあちこち擦りむいている。それでも命に関わるような怪我は見当たらない。この少女の家族には申し訳ないと思うが、とにかく助かっただけでも良かったと思う。

「すみませーん!」

 坂の下で声が上がった。ケリィだ。

「ポーシャネットは無事だ! 今連れて降りる!」

 晴れやかに返事をするが、向こうはどうやら少し慌てた様子だ。

「早く! 出来るだけ早くお願いします!」

 どうしたのだろう。

 見下ろしてみるが、周囲に獣の姿や虫の襲撃はなさそうだ。

「私も守り札がないと危ないんです! 近くにないと! そろそろ限界なんですっ!」

 やはり駄目なのか。受け取った時には詳しく聞かなかったが、彼女も森の影響下にあるらしい。魔法を扱えるというくらいだから、それなりに抗ってはいるのだろうが。

 ポーシャをしっかりと抱きかかえる。

「わかった! すぐに降りる!」

 言うが早いか、坂を滑るように駆け下りていった。自分の後方で土埃が舞っている。

「札っ」

 坂を下りきると、ケリィが必死の形相で駆け寄って来た。痛めたのは左足らしい。少し引きずっている。

 ポーシャの腕に掛かった守り札にしがみ付き、大きく溜め息をついた。そしてまたゆらりと魔法の気配を身に纏う。そうやって、ようやく落ち着いたようだった。

「あぁー……助かりました」

「それはよかった」

 そう言ってケリィに背を向け、少しかがんでやる。

「なんですか?」

「歩くのが辛いのだろう? 背負っていく」

「いやいや、大丈夫ですよ!」

「左足、腫れているじゃないか」

 今日のケリィは丈の短い皮の靴だった。近くで見ると明らかに左足首だけが赤く腫れている。痛々しかった。

「庭への近道だったか。それを開く場所があるのだろう? せめてそこまでは」

「えぇっと……でも、そんな…………」

 戸惑いを隠すこともなく返事を渋っている。

「こうしている間にも野生の生き物が近付いているかも知れない。早く帰ろう」

 振り向きつつ、空いている左腕で手招きする。右腕には寝息をたてるポーシャ。

「う……で、では失礼します……」

 恐る恐る。そんな言葉と一緒に背中が温かな重みを受ける。

「ポーシャを抱えながらになる。出来るだけ自分の力で落ちないようにしてくれないか」

「はい」

 首に巻き付いた少女の細腕が精一杯といった感じでしがみ付いてくる。それを確認してから、足腰や背筋に力を入れて一気に立ち上がった。

「よっし」

「ありがとうございます」

「構わない。ところで、これからどちらへ向かえばいい?」

 聞くと、彼女は握りしめていた方位石を離した。腕に巻き付けた紐がそれを留めている。

「庭を指すように魔力を込め直しています。石の示す方へ。お願いします」

 来た方角とは違う方を示している。森も魔法も、全くどういう仕組みなのかは分からなかった。

 フィンアが今分かっているのは、取り敢えず三人共に帰路につけるということだけだった。

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