占いと第三王子
短編の予定でしたのに。気が付いたら第二章です。
南の国は魔女との交流が少ない。魔女と仲の悪い、占い師が多いせいとも言われているが、実際のところは分からない。
「仲が悪いというか、相性が良くないといいますか……」
ケリィが難しい顔で、口元に手を当てている。
今は夕日の沈み切る前。少し早いが、魔女の庭でケリィと二人、夕食を共にしている。相変わらず彼女との距離は遠い。
彼女は日中、徹夜の身体を休めるため家に籠もっていた。太陽が傾き始めた頃、食材を抱えて庭へ出てきたのだ。
「あちらは統計学で生まれや人相、手相など、膨大な知識と情報から答えを導き出しているそうです。私達は人知を超えた力、魔法によって事を成します。彼らの出した答えを捻じ曲げてしまうことも多いようで――」
言いかけて、スープを一口含む。
「――根本的に違い過ぎるんです。私達は」
占いを嗜む魔女もいるそうですが、とケリィは付け足した。
「で、その占いで? 師匠に、その……求婚するようにいわれたんですか」
「ああ。いや、正確には少し違う」
説明には自国の文化についても話さなければならない。
「トポスリアの王族が成人すると、占いで結婚相手を探すのが代々の倣いだ。内容としては、厳密に誰彼を指名するのはなく、特徴や性格、いつ頃出会うといった曖昧なものが多い」
それがまたいい余興で、たいへん盛り上がる。『城下で』『黒髪の』など市井のものにも当てはまる場合など、夢見る若者が増えるというものだ。しかし当たるも八卦当たらぬも八卦。最後に決めるのは本人である。そこまで真剣に聞いている者は少ない。
「市民にも浸透している行事だが、大抵は意中の相手との相性を占う程度になっているみたいだな」
そのくらい気楽なものなら楽しかろう。好いた相手との相性で一喜一憂する、城下の少女たちを思い浮かべた。フィンアは心の片隅で、出会った者たちの穏やかな日々を願った。
「自分の場合、『荒野の番人』『魔法を操りし者』と言われた」
「それユークレッド師匠です。ほぼ名指しじゃないですか」
「そうだな」
珍しくもかなり限定的な結果だった。
「フィンア王子はおいくつですか」
「二十だ。トポスリアの成人の歳だな」
「うちの師匠はそれなりに年上ですが、気にならないのでしょうか」
「歳は気にしない。一応、会ってみないことには――」
「まあ、あの王子様とランジーさんも八歳差でうまく行ってましたしね。歳は確かに関係ないかもしれませんが、でも元々知り合いでもない相手に求婚はどうかと思いますけど。というか、師匠は本当にいつ戻ってくるかもわかりませんしっ」
ケリィが早口で捲し立てながら遠ざかっていく。もう察しは付いている。この庭は彼女との心の距離に影響を受けているようだ。声だけ近いのは、実際の距離があまり離れていないためだろうと想像する。
「求婚については早まった発言だった。撤回しよう」
「……重要な話をいきなりひっくり返されても困ります」
自分が迂闊だったのは認めるしかない。
「念のため、一目会って挨拶だけでもしておこうと思っただけだ。父上の強い意向もあるが。……それに自分は騎士団に入っていて、このまま家庭は持たないつもりでいた」
父王が楽しげに旅を勧めてきたのが思い起こされた。この身分で気ままな一人旅など、なかなか出来る機会もない。有り難く承ってきた。
「勝手な言い分だが、断って頂けると有り難いと思う」
自分でも呆れるほど勝手だった。
「はっきりと断られたら、特に心残りもなく仕事に励めると思っただけなんだ」
特別思い詰めているわけではないが、出来るなら仕事一筋で生きていきたいと考えていた。
荒野を進む中、初恋のことを思い出した。国立図書館に毎日通っていた頃だった。
あのときの自分は司書の女性に懸想していた。身分で言えば自分の方が上だったが、歳は彼女が十二も上だった。冷静に、しかしハキハキと働く姿が眩しく、彼女の目に留まりたいのもあって、足繁く通った。
そんな初めての恋はすぐ散ることとなる。年の離れた従兄弟が彼女に求婚したのだ。王家の末端であった彼は、占いの言葉に従い、花嫁を探し出した。『読書家』『知的な娘』『すでに出会っている』たしかそんな条件だった。
悔しかった。けれど、彼女の幸せそうな笑顔を見た瞬間、それが永遠であれと願うしかなくなった。
図書館には通わなくなり、代わりに武芸に励むようになった。そして数年後、騎士見習いになった。
継承権は捨てられないが、順位はいずれ降下していく。王族の中で地位が下がるのだから、他に仕事を見つけなければならない。
文官は従兄弟と顔を合わせる機会が多そうだと思い、早々に諦めた。今思えば、ずいぶん小さな志で生きてきたと思う。
従兄弟夫婦はもう三人の子供に恵まれている。従兄弟姪、甥はみな可愛くも小憎たらしい。年始などに会うたび、あれやこれやと強請られる。王族とはいえ薄給の騎士だ。三人がかりで色々と要求されれば一溜まりもない。年に一度の恒例行事だ。
自分が旅に出る前日、久しぶりに会いにきてくれた末っ子の少女。『魔女と結婚なんかしないで! 私が大きくなったらお嫁さんになってあげるから!』と泣いていた。
子供の頃の自分を思い出した。自分もあんな風にはっきりと言えていたら、今はもっとあの初恋を穏やかな気持ちで受け入れられていたんじゃないか。そう思わずにいられない。
今のところ次へ進もう、という気持ちはあまり沸かない。
「――でもこの旅で変われるものがあればと、そう思ったのもあるんだ」
ケリィが眉をひそめている。
フィンアはパンにチーズを挟みながら笑った。
「まあ、大義名分を得て休暇を消化しているようなものだから、こちらのことは気にしないでくれ」