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ヘッドホンガール  作者: 麻空
4/10

ヘッドホンガール 4

 電車は予定時刻より2分遅れた。


 電車に乗り込む。


 知らない制服を着た学生、母親とベビーカー、サラリーマン。

そうやって飽和している車内に私は憤慨していた。

どうして吊り革一つ空けられないのか。

自分一人、あの長椅子で横になってしまいたかった。


 私はまともじゃなかった。


 電車が動き出す。


 誰も私に危害を加えない。この世の定常なそれを私は疑う。

 自分の視野の狭いことが気持ち悪かった。

真っ当に生きているはずの他人を恨んでしまう。

それでも、どうしようもないのだ。


 今は耳を塞ぐものがないから、全てが流れ込んでくる。


 フィルターを一枚噛ませた世界に慣れきっていた。


 そこなら、背筋をしんと伸ばした生き方を

身につけられていたのに。今はそれができない。

頭が冷えないから、想像力が足りなくなる。


 世界が私を見ている気がする。

ちょっとは大人になった私だから、

それが誤解であると知っている。

それは私の自意識が過剰であるだけ。


 頭でわかっても、それでも足りないことが

この世の中には多すぎる。


 胃の上で何かが私を焼いていた。

酸味が私の舌を溶かしていた。


 みんな大嫌いだ。

何も私に教えてくれないじゃないか。

もうちょっと優しくしてほしい。


 わからないものばかりの海の中で

息を吸えるはずがないでしょう?


 私はここにいられない。


 体が溜まった毒を吐き出そうとする。


 口を塞ぐ。

 耳を塞ぐよりもそれが必要だった。


 電車が止まった。

みんながいるこの場所にもういられない。


 降りなきゃいけない。


 知らない駅に降りた。




 横から差し込む三時の日差しがホームを

のっぺりと照らしていた。


 電車がいなくなると、空気の流れる音だけになる。


 倒れ込むようにベンチに腰掛け項垂れた。

硬い椅子はちっとも私を癒してくれない。


 これ以上動けば体から毒が出てくるのだと、

理性とは違うもので理解していた。


 理性はもう無いのだから。


 寂しかった。


 「あの・・・中村さん?」


 私の耳元に柔らかい声が。

 ほんの少しだけ顔を上げて、

目だけをどうにか人影のある方に動かした。

 知っているブレザーを着た少年。


 「大丈夫?顔色悪いけど・・・」


 彼が私の方へ一歩近づく。 

反射的に私は一歩引いてしまった。 


 彼に見覚えがあったから。クラスメートだ。

彼は私が叱られた姿をさっき見ていた。


きっと、私を見下ろしている。


 「吐きそう」


 腹の中でぐるぐるうねっていたはずのものが、

口の手前まで上がってきていた。押さえ込むのも難しい。

動けなくて、歩くべき方向もわからなくなる。


 私はただ床一点を見つめていた。


 「こっちだよ」


 温度の低い大きな手が私の体を引いた。


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