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三 大臣との初接触

 ロシュとクロマが入れ替わり、出会った日から数日後。幾つかの準備を経て、ついにロシュが大臣と接触する日がやってきた。


 クロマの持つ悪魔の能力で、ロシュの顔は変えられている。

 クロマの顔が持つ、端麗ながらも信用のならない、いかにも軽薄そうな印象とは、一変していた。真面目な好男子といったところである。


 王宮の正門。そこはロシュにとって、何度も通ってきた場所だ。といってもその多くが任務の為で、自発的な外出はほとんどしなかったが。


 しかし今日、ロシュの前に立ちはだかる正門は、これまでとは全く違うものに感じられた。近衛騎士としてではなく、客人、それも身分を偽って入るのだから、当然のことだ。


「おい、顔引きってるぞ」


 ロシュの隣に立つクロマが、ロシュの事を肘で小突いた。

 顔が引き攣っているのは、ロシュ自身も痛いほどわかっている。


「い、いざ本番となると、やっぱり緊張しちゃって……」


「安心しろって。散々打ち合わせしただろうが」


「ああ……」


「じゃあそろそろ王宮に入るが、荷物は大丈夫か?」


 クロマの言う荷物というのは、ロシュが肩に掛けている小袋のことだ。中には、とある術具が入っている。


 グレハは本物の術具商かを確かめるために、とある術具を持ってくるよう、指示していた。袋の中の術具は、グレハが指定したものなのである。


「だ、大丈夫だ。行こう」


 ロシュが答えると、クロマは門へと歩いて行った。後にロシュが続く。


 クロマは、門番に話をした。ロシュは家具職人という体で来客することが、事前に門番に知らされている。これは普段グレハが術具商を招く際、いつもやっている方法なのだ。


 いくつかの手続きを踏んで、ロシュの王宮内への立ち入りが許可された。素性を偽った人間がこれほど簡単に王宮内へ侵入できてしまうことに、ロシュはやるせなさを感じる。


 クロマの先導で、ロシュは王宮内を進んでいく。いずれの景色も見慣れたものだ。こういう場だと、思わずボロを出してしまうかもしれない。移動している間に、ロシュは改めて計画を脳内で確認した。


 ロシュは、広めの応接室に通される。来客用のソファに腰掛けた。


 王宮内の応接間ながら、非常に一般的な間取りだ。対面する形で置かれたソファと、その間に机が置かれている。

 入口の反対側は全面が窓になっていて、その外にはバルコニーになっていた。東側に面した窓からは、午前の陽光がたっぷりと差し込んでいる。


 クロマは、扉の前に立っていた。来客を迎える際の、一般的な兵士の待機位置だ。


 二人しかいない空間に入り、一息つくロシュ。クロマも、ロシュを演じる時の表情から、素の表情に戻っているらしかった。


「一先ず、門番や道中すれ違った連中には、変に思われていないようだったぞ」


 先に口を開いたのは、クロマだ。

 彼の言葉を聞いて、ロシュは大きく息を吐きだした。


「正直、心臓が口から出るかと思った……」


 その様子を見て、クロマは苦笑する。


「おいおい、大臣との商談はこれからだぜ。しっかりしてくれよ」


「わ、わかってるって」


 その後数分して、入口の扉がノックされた。大臣が到着したらしい。


 ロシュもクロマも、態度を切り替える。

 クロマは一歩横に動き、扉の前を空けた。ロシュは緊張の面持ちで、覚えた台本をもう一度、脳内で反(すう)する。


「待たせてしまってすまない。君が術具商だね?」


 グレハが室内に入ってきた。こちらを値踏みするような眼光をしている。実際、ロシュが信用できる術具商なのか、見定めようとしているのだろう。


「は、はい。ウィテと申します」


 ウィテとは、術具商の名前としてクロマが用意した偽名だ。

 ロシュは立ち上がり、グレハと握手を交わした。一目で見抜かれてしまっているということはなさそうだ。


 グレハは不振がる様子こそ見せていないものの、ロシュの態度に対して意外そうな表情を見せる。


「随分と礼儀正しいな。私がこれまでに相手をしていた商人は、とても不遜な態度をしていた」


「そ、それは……」


「これが彼の拘りなのです」


 ロシュが言葉に詰まった瞬間に、クロマが即座に反応した。


「闇稼業である黒魔術の術具商をやる者に、接客術の心得を持つものはそう多くありません。それ故に、丁寧な接客、取引は多くの顧客からの信頼を得られるのです。信頼できる商品を、信頼できる商人が売るという姿勢だからこそ、彼の許に多くの貴重な術具等が集まります」


 事前の台本にはない長台詞。ここまで(よど)みなくでまかせが言えるクロマの手腕に、ロシュは内心感心してしまった。元々ロシュの商人としての口調は、下手な演技をするよりもボロが出ないという理由で、丁寧な言葉遣いになっているのだ。


「なるほどな……。まあ、こちらとしても、身の程知らずな不遜な態度に、気分を害されないのは良い」


 特に不審がる素振りを見せないグレハ。

 グレハが促し、ロシュは再びソファに座る。一瞬遅れて、グレハもその対面のソファに腰掛けた。


「早速だが、例の品物を見せてもらおうか」


 再びこちらを値踏みするような表情になるグレハ。


 ロシュは、持ってきていた(かばん)の中身を漁る。

 鞄の中から術具を取り出し、机の上に置いた。


 様々な宝石が()められた、銀製のゴブレットだ。


 グレハは、机の上に置かれたゴブレットを手に取り、じっくりと観察する。

 彼の片手には、一冊の本があった。右手のゴブレット、左手の本を、交互に見ている。ゴブレットに関する資料なのだろう。


 固唾をのんで、ロシュはグレハの次の動きを待った。


 ゴブレットをそっと机の上に置くグレハ。


「こちらが指定したものを、きちんと持ってきたようだな」


「も、勿論(もちろん)です。大臣閣下は、私が最も取引をしたかった方なのですから」


 これは台本にあるセリフ。

 いざ本番になると、どうしても緊張してしまう。時折言葉が詰まってしまうが、幸いにも大臣には特に不審に思われていないようだ。


「ほう、それはどういうことかね?」


 グレハは、ロシュの発言に興味を持った様子。事前に想定した通りである。


「閣下ならば、私が密に悲願としていることを、成し遂げていただけるかもしれないのです。その助力となるため、一度お取引をしたいと思っていました」


「悲願?」


「はい。私は、全貴族家の没落を悲願としているのです」


 ロシュはそのまま、発言を続ける。今回の台本の中で、最も長いセリフだ。


「私はこの国の辺境、とある貴族の領地の生まれです。家は非常に貧しく、常に食料に困っているような環境でした。領主である貴族の暴政が原因です。そのせいで両親も早くに亡くなり、これまで殆ど独力で生きてきました。私がこの仕事を始めたのは、私のような、家柄も、学も、武力もない人間が、貴族を打倒する唯一の方法だと思ったからです。様々な人に黒魔術の術具を売り、それによる災禍を(まん)延させることが、貴族への復(しゅう)になると信じてきました」


 一旦言葉を切り、息を整える。


「大臣閣下は、特に貴族への呪()を行っておられます。閣下に協力することは、私にとって貴族達への最大の復讐となりうるのです」


 一連のセリフは、今日までの数日間で、ロシュが最も練習を重ねたセリフだ。その甲斐(かい)あって、なんとか詰まることなく言い切れた。


 ロシュの心臓は、早鐘を打つように跳ねている。しかしそのことを悟られてはならないと、ロシュは身体を強張らせた。


 グレハは黙っている。


 ロシュに向けられる視線にどのような感情が籠っているのか、ロシュには読み取れなかった。


 じっとロシュのことを見つめて、何かを思案しているのは間違いない。


 しかしその一方で、ロシュではないどこか遠くのものに焦点を合わせているようにも見えた。グレハは一体なにを考えているのだろうか。


「なるほど、面白い」


 数秒の沈黙の後、グレハは口を開いた。そして同時に、彼の口角が引き上げられる。


「で、では、取引をしていただけるのでしょうか?」


「ああ」


 その返答は、随分とあっさりしていた。

 闇取引における信用とは、これほどまでに簡単に得られるものなのだろうかと、ロシュは内心で思う。


 グレハは、机の上に置かれているゴブレットを手に取った。


「これについては、今日は持ち帰ってくれ。君の商人としての能力を試したかっただけで、今これを買うつもりはないのだ」


「わ、わかりました……」


 ロシュはグレハの手からゴブレットを受け取る。

 グレハは立ち上がった。


「一先ず、今日のところはここまでだ。後日また呼ぶ。その時に君が私に勧めたい商品を持ってきてくれ」


 そう言い残して、応接室を出ていく。

 扉が閉まる瞬間ロシュの中で、彼の緊張の糸が切れる音が聞こえた気がした。


【メモ】

グレハ・エドウォン

 とある王国の大臣。大臣という地位にありながら、黒魔術の研究をしている。

 人心掌握に長け多くの部下を従えている。

 彼が本心で何を考えているのか、誰もわからない。

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