燃えるミキのアイドルロード
「もう嫌だ!あたしこんなアイドルグループやめる!」
「ちょ待てよ!」
ミキは事務所の社長の某男性アイドルが言ってそうな制止を振り切って建物を飛び出した。
彼女の仕事は歌って踊って観客を魅了する所謂アイドルと呼ばれるものだったが人気はいまいちだった。
おまけにメンバーは問題児だらけ。メンバーはミキを入れて五人。
一人は歌詞やダンスの振付が覚えられず
一人はファンと関係を持ち貢がれ放題
一人は周囲との軋轢から新興宗教にハマり
一人はホストに貢いで多重債務者になった
「いったいここからどうしろって言うのよ!」
もう夜も更けていたがその闇を吹き飛ばす様にミキは街を疾走しながら大声で吠えた。
ミキになぜ走りながら大声で叫べるほどのフィジカルがあるのかというと彼女は日頃からダンスと歌の為に体力を使うバイトをしまくっていた。そういう仕事に限って時給がいいのも魅力的だった。
「ミキ一体どうしたの?」
夜の闇を裂くように走っていたミキの前にはちょうどバイトが終わったのか帰宅途中のリサが現れた。ミキは気にせずに走り去った。
「ねえ待ってよミキ。一体どうしたの?」
リサは一瞬で疾走しているミキに追いついた。なぜなら彼女は元トライアスロンの選手でそのフィジカルはミキ以上だからだ。
「あたしもうアイドルやめる!」
「えぇっ!どうしてそんなに悲しい事言うの。私達結成してまだ三ヶ月じゃん」
そう!実はミキが所属しているアイドルグループ『フルーツ☆ポンチ』は結成三ヶ月だったのである!
「でもあんたこの前のライブでマイク持ったまま突っ立てただけじゃない!」
「それは歌詞とダンスの振付忘れちゃって・・・・・・」
「バカヤローッ!」
ミキは慟哭した。
リサこそが『歌詞やダンスを覚えられないメンバー』であり他のメンバーからは『体力百点に対して賢さが五点しかない』と言われている。
「でもお客さんは笑ってたよ?」
「あたし達は来てくれた人を楽しませるのが仕事なの。あんたのやつはただ笑われてただけ」
「でも結局楽しんでくれたならそれでいいのでは?」
「バカヤローッ!」
ミキのアイドル観からすれば笑わせるのはいいが笑われるのはダメだった。ミキはアイドルという仕事に対してプロ意識が高かった。
「あっ私明日もバイトだからそろそろ帰るね・・・・・・」
そう言ってリサはミキの視界からフェードアウトしていった。
「うおおっ!!!ちくしょう!!!」
しゃべりながら走っていたのと長距離を疾走したことでミキの走るペースは落ちてきた。そんな時ミキの耳に聞いた事がある声が聞こえて来て思わず足が止まった。
「ンニャノぺぺぺソ様の声を聴きなさい。いいですか。ンニャノぺぺぺソ様はいつでもあなたを見ています。彼はどこにでも存在しているのです。その高貴なる存在はいつでもどこでも・・・・・・あらミキどうしたノ?」
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ヒビキ・・・・・・あんたこそ何やってんのよ・・・・・・」
ミキは肩で風を切りながら演説する小柄な銀髪の女、ヒビキに問いかけた。
「言ってなかったかしら?ワタシはンニャノぺぺぺソ様の偉大さを広めるために都内の何か所かをランダムに訪れて説法を説いているノ」
「なぜランダムに・・・・・・」
「決まっているわ。とんちゃんパぺノコの手先がワタシを妨害してくるからよ。彼らはワタシが教えを説いている時にいつも湧いて出てくるカラ」
「キまってるのはあんたの頭の中よ」
ヒビキは世間一般でいう所謂『不思議ちゃん』なのだが周囲からは『新興宗教にハマったかわいそうな女の子』として認知されていた。ミキもそう考えている内の一人だがアイドル活動をする上でそれは個性として大きな武器になるので黙認していた・・・・・・今までは。
ミキの認知ではヒビキはンニャノぺぺぺソという善なる神に従いとんちゃんパぺノコの手先(警察)と戦うジャンヌダルクらしい。
「でも仕方ない事なのよ。まだワタシの長い旅は始まったばかり。不信人な人がいればいるほどワタシの困難に挑戦する意味も上がるわ。最近は新しい事も始めたしネ」
ヒビキはアイドル活動には肯定的だった。・・・・・・まあそれ以上に自らの『教え』の布教にはもっと肯定的なのだが・・・・・・
ミキはヒビキの最後の言葉に反応した。
「あたしもうアイドルやめる!」
「エェッ!なぜそんな事を・・・・・・まだワタシ達は結成して三ヶ月だヨ」
「あんたMCやりたいって言って任せたらいきなりお客さんに向けて布教したじゃん!」
「ンニャノぺぺぺソ様の使徒だから教えを広めるのは当たり前の行為だヨ」
「しらんわ!やばい奴扱いされただろーが」
「でも社長も『キャラが立っててよかった』って褒めてたよ。お客さんも楽しんでくれてたからそれでいいのでワ?」
「バカヤローッ!」
「ワオ、大きな声。ミキはやっぱり声量すごいネ」
ライブ会場が唐突なヒビキの布教で葬式のような空気になった時もミキはこの声量で打開した。
「ミキ、アイドルやめるのなら一緒にンニャノぺぺぺソ様の御威光を広める活動をしましょう。ここは住宅が多い場所。今ので何件か明かりがついたわ。やっぱりワタシが見込んだ通り貴方は才能があル」
「ああああああああ!バカヤローッ!」
さらに大きな声を出してミキはその場をあとにした。
「あっ、ちょっと待って・・・・・・ん?出たわね、とんちゃんパぺノコ!今日はただでは捕まらないわ。ワタシは抵抗するで!拳デ!!!」
ミキが大声を出したのが呼び水になりとんちゃんパぺノコ(警察)がヒビキの所に来たがミキは気にせずに走り出した。
「うおおおっ!!!このやろーッ!」
ミキは無我夢中で走り出した。その走りはビルを超え駅を超えた。
「あっミキじゃん。どうしたの?」
「アケミ!?」
我を忘れていたミキは旧友(三ヶ月)の声にキチゲの発散をストップした。
「アケミあんたがなんでここに!?ここは公園じゃない!」
「あーアタシ今住む場所ないんだよね。今月も担当に百万くらいつぎ込んだから」
ミキ達のアイドルグループ『フルーツ☆ポンチ』は月に百万円ももらえるほど売れていない。ではなぜアケミが自分の収入以上を自分の推している担当に貢げるかというとホストクラブは『ツケ』が効くから成り立っている。
ちなみにアケミはあまりにもこの『ツケ』が多すぎて複数の消費者金融から借り入れがある。にもかかわらずホスト遊びがやめられない。ミキが知るアケミはそんな女だった。そんな借金まみれの女にミキは自分の素直な感情を告げた。
「あたしもうアイドルやめる!」
「えぇっ・・・・・・ウチらまだ結成して三ヶ月だよ。まだまだこれからじゃん」
「でもあんたこの前のライブの時にツケの回収に怖いお兄さんがステージに乱入して来たじゃない」
アケミはホストの間でも『ツケ』を払わない厄介な客として認識されているらしく『フルーツ☆ポンチ』でライブしていた時にいきなり見た目ヤバめの強面お兄さんがステージ上に乱入してきたことがあった。
「いやぁ~あんときは助かったよ、ミキ。アタシもどうなる事かと思ったけどね。ミキのアドリブ力と声量でなんとかなった。本当にありがとうだよね」
「なに感謝してんのよ。あんたいつか海に沈められるわよ」
「そうなったらそうなっただよ。アタシはいずれ来る終わりよりもより良い現在を優先するタイプなのさ」
アケミは公園のベンチに座りながら煙草に火をつけた。
「でも困るね。やっとこさ安定した収入が得られると思ったのに。ミキにやめられたら『フルーツ☆ポンチ』は瓦解すると思うよ。フゥー」
「そう思うんなら借金すんなや!」
「それは無理だね。推しに貢ぐのがアタシの人生みたいなところあるから」
もうアケミはホスト遊びに肩まで浸かるどころか頭の天辺まで使っているのでミキは更生は不可能と見ていた。
「バカヤローッ!」
ミキは絶叫しながら爆走を再開した。
「あっちょっと待ってミキ。今月ヤバいからちょっとお金かして・・・・・・」
「ああああああ!」
ミキは背中越しに聞こえるアケミの懇願を大声でかき消した。
「ちくしょー!どいつもこいつもどうしてこんなにクセが強い奴ばっかしなのよッ!あたしは・・・・・・あたしはもっと普通の奴とアイドルやりたかったわッ!」
ミキは街を駆け抜けながら上京する前に妄想した数々の憧れを思い出した。
仲間と共に歌うステージ
熱狂する観客
雨の様に降ってくる出演依頼
・・・・・・だが彼女を待っていたのは
ヤバい奴らとのステージ
冷めきったご飯の様な観客
太陽の様に照り付ける貧困
ミキはここ数日かなり精神を摩耗していた。
そこで事務所の社長に何か『フルーツ☆ポンチ』の現状を打開する案はないのかと直談判しにいったのだった。
だが結果は「んー別にこのままでいんじゃね?」という頼りない返事だったのでミキは夜に駆けていた。
「あああああああっああああああああー!!!」
奇声を上げながら街を駆けるミキ。
彼女は走りすぎて疲れるか近隣住民に通報されて警察のお世話になるかどちらかしかないと思われていた矢先だった。
「痛ッ!」
何かにぶつかってミキはその走りをやめた。
「誰よあんた今あたしはキレてるの!ぶち殺すわよ!」
ミキは尻もちをつきながら怒鳴り散らかした。今までの自分を否定するように。
「自分をないがしろにするなっ!」
その人物はいきなりミキに近寄ってきて彼女の頬にビンタをした。
パンという乾いた音が周りに響いた。
それはミキの鼓膜にも伝わり彼女を正気に戻した。
「えっ・・・・・・」
ミキは自分の頬を打った人物を見た。
「全裸中年男性・・・・・・?」
その人物は朝日に照らされて神々しく光っていたが何も服を着ていなかった。
体はやや贅肉がついて腹が大きく髪の毛は生え際がかなり後退していて額から頭頂部に向かって禿げが進行していた。
「夢をあきらめるな!」
一糸まとわぬ全裸中年男性はミキの心を見抜いた様に説教を始めた。
「ミキお前はよくやってるよ。周りが奇人変人ばっかりなのにお前は『フルーツ☆ポンチ』を上手くまとめてアイドルとして成り立たせている」
「あっ・・・・・・警察、警察・・・・・・」
「ミキ、お前は『フルーツ☆ポンチ』の中では一番アイドルという仕事にプライドを持って取り組んでいる。その部分はもっと誇っていい。お前は誰よりも真面目だ」
「もしもしお巡りさん?今全裸の中年男性があたしの目の前にいて困ってるんです・・・・・・えっ場所ですか?えっっと・・・・・・赤が丘の・・・・・・自由公園って場所だと思うんですけど・・・・・・」
「だからこそ負けるんじゃない、ミキ!今は雌伏の時!下積み時代なんだ!だから耐えろ!」
「えっ・・・・・・もう向かってる?なんで?・・・・・・奇声を上げて走る女が確認された方向と一緒って・・・・・・」
「ミキ俺はお前のファーストライブから見ていた。その時は皆カチカチで緊張していてMCのリサはセリフが飛んでしまった。それを持前の声量で打開したのはミキ、お前だったじゃないか。お前は『フルーツ☆ポンチ』のなくてはならないメンバーなんだよ!」
「あっ!お巡りさんこっちこっち。こいつです」
「今は辛くてもだな・・・・・・絶対に『フルーツ☆ポンチ』は・・・・・・コラっ!やめろ!離せコラ!」
全裸中年男性は警官に取り押さえられて消えていった。
だがそれでもミキを励ますのをやめなかった。
「ミキ!諦めるな!お前はトップアイドルになれる器がある。もちろん『フルーツ☆ポンチ』にもだ!だからこんな所で挫けるんじゃないッ!希望は・・・・・・希望はいつでもお前の胸の中にあるんだッ!」
ミキはおもむろにハンドバックからスマホを取り出すと実家の母親にかけ始めた。
「・・・・・・もしもし、ママ。あたしだけど・・・・・・ごめんね朝早くに・・・・・・うん、うん」
「クソっ!離せお前ら!いいかミキ!諦めるんじゃあないッ!希望は・・・・・・希望は常にお前の側に転がっているんだ!」
「うん、それでねアイドル活動がとっても辛くて・・・・・・うーん仲間もダメみたいで・・・・・・うん?それは大丈夫だよ。うん、うん。でも続けるのすごい辛いし・・・・・・うん。うん?そーかなもうちょっと続ける価値あるかな?うん・・・・・・うん。分かった。あたしもうちょっとアイドル続けてみるわ」
こうしてミキは立ち上がり高く上りつつある朝日とパトカーに乗せられる全裸中年男性にアイドルを続ける決意を誓うのだった。
プロセカのモア!ジャンプ!モア!を聞きながら書きました。
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