6.盲目の愛
王都の超高級宿のとある一室にて、私と『冥府の王』は聖女候補同士の顔合わせを終えて一息ついていた。
「全くあのゴミめ。あの場で殺してやらなかった事を感謝するがいい!」
「でしょう?言わんこっちゃない」
つけてなかった。
代わりに『冥府の王』が変装用のフードを床に叩きつけていた。
事の始まりはほんの数時間前。
やや長めの旅路を終え、王都での聖女候補の顔合わせに臨んだ時に遡る。
*****
試験は白い無地の服を着た『偉大なる神』の神官による宣言から始まった。
「皆様お揃いになりましたので、これより聖女試験を開始いたします。……とはいえ、この試験は争うものではなく、聖女としての資質を確かめる為のものでございます。くれぐれも、揉め事は起こさぬようお願い申し上げます」
隣にいた赤色の服の『災厄の王』の神官(正確に言えば信者なのだが慣例的に神官と呼ばれている)が続けて話を始める。
「行われる試験は5つ。これら全ての試練を突破された方は皆等しく『聖女』として扱われます。可能であれば多くの『聖女』が生まれることを期待しております。なお、平等を期す為、内容に関しては直前にお伝えいたします」
「日程としてはおおよそ一週間に一度、試験内容が提示される形となります。他者の妨害等を行わない限りどの様に行動されても構いませぬ。……が、我々を欺こうとしたりすれば『冥府の王』の裁きがあるとお思い下され」
黒色の服の『冥府の王』の神官に厳かに言われたものの、私の後ろでは当の『冥府の王』(角は魔術で存在しないかのように見せている)が偉そうに大人しくしている。何とも言えない気分だ。
「そして……えー、お気付きの事とは思いますが……この度、聖女の選定に立ち会いたいとのことで王太子殿下と婚約者であるマルモル公爵家の御令嬢がお越しになられました。くれぐれも失礼の無いように」
……まあ、見るからにいますからね、王太子殿下とその婚約者。
視界に入れたくも無かったけれど、いかにも王族な格好されたら流石に気付く。
さっきから他の聖女候補達が落ち着かないのもそれが理由だろう。
「レウェ・レガリア・グロウメイズだ。この度はこうして新たな聖女の誕生に立ち会える事を嬉しく思う」
「リーデレ・マルモルですわ。……普段見る機会の無い試験を間近で見られるなんて、光栄です」
「……では、親睦を深める為にも……そちらの方から自己紹介をお願いできますかな?」
神官に促され、一番端に座っていた、赤髪に眼鏡をかけたいかにも人畜無害そうな少女が立ち上がった。
カルブンクルス家の分家のうちの1つ、アンスラックス家の令嬢だ。
美女かつ才女の双子の姉妹がいるという噂を聞いた覚えがある。
「あ、はい。アンスラックス子爵家三女、サピルス・アンスラックスです。カルブンクルス家の王都邸宅にて文官見習いをしております」
彼女は前回の試験にもいたが、確か"事故"で顔と腕に大きい怪我を負い辞退を余儀なくされていたはずだ。
私としてはかなり上位の生贄もとい聖女候補になる。
いざとなればカルブンクルス家の繋がりから融通が利く点も嬉しい。
「同じくアンスラックス子爵家次女、ルベウス・アンスラックスと申します。妹共々よろしくお願いしますわ」
……前回はいなかったが、王太子殿下が来るということでねじ込まれたのだろうか。
妹に比べると少し派手で、眼鏡が無いせいか妹より気が強そうな感じに見える。
できれば王太子殿下相手の盾になって欲しい。
「ウォークス公爵家次女、ミ、ミーティス・ウォークスです……よろしくお願いします……」
顔立ちも良く背は高いが、やや猫背がちで声が小さい。
自分を変えようと立候補したまでは良かったのだが、生来の気の弱さもあってか、前回ではストレスで吐血する程体調を崩したらしく辞退していた。
聖女候補でもとびきりの名家であるウォークス家の令嬢なのだからもう少し自信を持って欲しい。
平民の私とかどれだけ緊張しても足りないというのに。
続いて2名。前回の試験で問題を起こした挙げ句勝手に燃やされたメディケ伯爵家のドルミーレ嬢とポルタ伯爵家のラウルス嬢だ。
この2人には穏便に辞退して貰うので自己紹介を聞く意味はない。時間の無駄だ。
後も何名か自己紹介をしていたが、聖女を押し付けるにも王太子殿下の盾にも少々力不足だった。
そもそもの家格の問題であったり、容姿や礼儀作法から察せる教育の差であったり。
というか、王太子殿下のせいで人数が前回より多い。
あわよくば妾なり第二妃に収まろうとする頭の悲しい方々で水増しされているのだろう。
そして悲しいかな、貴族率が高くなったことで私以外の平民は皆辞退してしまったようだ。
前回は何かと仲良くなったりもしていたので少々寂しい。
正直なところ私も辞退したいところだったが、これで辞退してしまうとカルブンクルス領で侍女生活だ。
ダメではないが、良くもない。何より私の人生を邪魔した人達に一泡吹かせてやりたい。
私の人生を邪魔した事を後悔させてやりたい。
この世に生まれてきたことを詫びさせたい。
色々な事を思いながら、私はいつもの薄っぺらい笑顔を顔面に貼り付けて平民らしく見えるようやや無作法に自己紹介をした。
「カルブンクルス領から参りました、レジーナです。私のような平民が皆様のような貴族の方々とご一緒できて光栄に存じます」
ならとっとと辞退しろという目で見られているが気にしない。無視だ無視。
「ふむ。一人だけ平民となっては色々と大変なこともあるだろう。何か不都合があれば遠慮なく言うと良い」
露骨に点数稼ごうとするなクソ王太子殿下め。
「ありがとうございます。ですがアウロム・カルブンクルス公爵様より護衛を付けていただいておりますので特に不都合はございません」
私の後ろで偉そうに腕を組んで大人しくしていた『冥府の王』に視線が集まるのを感じる。
顔は良いが態度が悪い。大人しくしてくれているからもう私は気にならないが、周りは気にする。
特に王太子殿下は警戒するだろう。アウロム様は王太子殿下の味方ではないのだから。
「……あのカルブンクルス公爵から?……見たことの無い顔立ちだが異国の者か?」
「我が何処から来ようがむぐっ」
慌てて口を手で塞ぐ。仕方ないとはいえ一応仮にも相手は身分だけは王太子だ。いつもの調子で話されたら『冥府の王』の正体がバレるか私か『冥府の王』かどこかで聞いているであろうアウロム様がブチ切れて皆殺しの二択だ。いや四択か。
「あ、あーっと……この国の方ではありませんが、非常に腕の立つ魔術師でカルブンクルス家の相談役をされています。……その、あまりこちらの言葉を話すのに慣れていないので失礼になるといけませんので」
『冥府の王』に若干睨まれたが目で訴えると『基本的には異国語で話すようにする』と通信魔術を飛ばしてきたのでとりあえず安心する。でもできるなら最初からそうして欲しかった。
「そうか。……名前を聞いても?」
「……レクスだ。『精々大人しくしてやろうではないか、定命の者よ』」
私の拘束から逃れた『冥府の王』が答える。異国の言葉だ。恐らくは北方の白兎連邦の言葉だが、意味までは分からない。私には通信魔術で翻訳してくれている。嬉しいけれど王太子殿下を睨むのはやめていただきたい。私の寿命が縮む。
「……君のような美人に付けるにはちょっと素性の良くない者のようだね。冒険者上がりか知らないが、この王都にいたいのであれば大人しくしているように。私はカルブンクルス家の関係者であろうと容赦はしない」
クソ王太子殿下め。そういう事は思っても口に出すな。
案の定私が周りの令嬢から睨まれるし『冥府の王』も更に機嫌を悪くしている。
「レジーナと言ったね。どうやら君には色々と確認すべきことがあるようだ」
「……あの、確認であればカルブンクルス公爵様にお願いしたいのですが」
人の話を聞けポンコツ。あーほら睨んでる睨んでる。ドルミーレ様とラウルス様にその他婚活目的の令嬢達が凄い睨んできてる。
親の仇でも見るかのような目なんですけどなんで気付かないんですかね。
あーほらリーデレ様が凄い『可哀想に……』って顔で見てきてるじゃないですか。あの人も記憶引き継いでますよアレは。記憶消してたら尚の事面倒な事になってたでしょうけど。
「『レジーナ、この王太子とやらは馬鹿か?誘い出すにしても露骨過ぎるだろうに』」
「レクスさん、心配しなくても大丈夫ですよ。いくら王都の治安が悪いと言っても相手は王太子殿下ですから」
「『貴様もなかなか失礼だな。コイツの頭も大概だが。これで口説いてるつもりか?』」
その点で言えば『冥府の王』も同じくらいのレベルだった気がしますけど。
まあ、顔が良くて身分があるから押せば落ちると思ってるんですよ哀れなことに。
平均して顔面偏差値の高いカルブンクルス領の、特に顔の良いアウロム様や『冥府の王』、侍女長に騎士団長あたりを見ていたら正直王太子はまあ並の上くらいでしかないんですよね。
……自慢ですけど今生の私と並んだら王太子殿下の方が見劣りしますよ。平均の差が大き過ぎる。
そんなくだらない事を考えていた間にどうやら顔合わせの時間は終わったようだ。
「えー、では第一試験は明後日、10の鐘で行います。くれぐれも遅れないようお願い申し上げます」
王都の不便なところは数多くあるが、一番は時計が無いところだ。今時鐘で知らせるとは。カルブンクルス領では一家に一台、魔術で自動補正される時計が支給されるというのに。
……後でまた、懐中時計を鐘に合わせないといけないな。
侍女長が『カルブンクルス領より千年遅れた街』という理由が嫌になる程分かる。
アウロム様が最高級の宿を手配してくれなければ前回同様、安宿だっただろう。
野宿よりはマシだが。
「じゃあ行きましょうか。……騒ぎにならないうちに」
「『全くだ。奴に余計な事をされると困る』」
視線を感じながらもそそくさと帰ろうとする私達の後ろに、とんでもない言葉がかけられた。
「レジーナ!君に渡しておきたいものがある!」
「『奴は馬鹿か?寵愛を受けている婚約者だというならともかく、平民相手にあんな真似するか?』」
……クソ王太子殿下め。今の私の状況を見てまだ言うか?全く、私にとって百害あって一利無しだ。
「招待状だ。試験が終わり次第来て貰う。勿論、そちらの公爵の監視は抜きでね。良いだろう?」
小声で言われようが同じだ。お前の婚約者が眉間を抑えているのが見えないのか?
「……ありがとうございます」
おっと。スラム時代の言葉が飛び出るところだった。なかなか幼少期の言葉は抜けないものだ。
「レジーナに近付かないで貰えるか。邪魔だ」
「レクスさん……」
「邪魔?君の方こそ分をわきまえるといい。異国人の分際で彼女に近付こうだなんてな。フードで隠す程目も当てられない顔なら大人しく引っ込んでおいて貰おうか」
「すみませんこの後大事な約束があるのでこれで失礼致します」
すぐさま『冥府の王』の腕を取り、一目散に逃げ出した。
小声だったので周りには聞こえていないだろうが、『冥府の王』を今怒らせるのは良くない。
万全の準備をした上で化けの皮を剥がしてやらなければ。
まるで駆け落ちするかのようになってしまった私達は、すぐさま適当な裏路地へと逃げ込んだ。
「レクスさん」
「あの男……知らぬとはいえ我にどういう口を……」
あ、ダメだこれ怒ってるわ。
「レクスさん!」
「なんだ!いくら貴様が頼もうがもう我慢の―――――」
『冥府の王』の腕を取り、自分の胸に当てると急に大人しくなった。チョロい。
「レクスさん。転移魔術。宿まで」
「……うむ」
このくらい王太子殿下がチョロければいいんだけれど、そうもいかない。
私達は人がいないことを確認してから、『冥府の王』の転移魔術で宿へと戻ったのであった。