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5.死んだ方が良い関係

カルブンクルス領を出て一週間。

私達はというと―――――、


「やめてくれぇぇぇ!死にたくないぃぃぃ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


山賊を返り討ちにしていました。

私でも剣一本で制圧できる程度の腕でよくもまあ、この馬車を襲ったものだ。

肉体的に無事だった者も『冥府の王』の存在格に負けて発狂している。

忘れがちだが『冥府の王』は『死』そのものだ。

僅かでも本来の力を出した彼を見るということは『死』を見るということであり、彼に見られるということは『死』に見られるということだ。

文字通り死を目前としてしまった哀れな賊一行は精神を病み、心が折れてしまったというわけだ。

賊如きを特に助ける理由も殺す理由も無いので、『冥府の王』の転移術で領に送って貰った。

アウロム様も時折やってることなので上手く処理してくれることだろう。


「はぁ……領を出ると治安が一気に悪くなりますね」

「そも馬車のカルブンクルス家の紋章が見えんのか、コイツらは」

「どう見ても貴族用の馬車なんですけどねえ」


馬車に輝くカルブンクルス家の紋章。

『無限』を示す円環の『偉大なる竜』と『断罪』を示す『冥府の王』の持つ『断罪剣』と『竜王の杖』をあしらった紋はカルブンクルス家の象徴だ。

カルブンクルス領内では魔物も見た途端に逃げ出す代物だが、領外の賊には効き目がなかったようだ。


「……御者いらずで自動制御なのはいいんですけど、無人だと思われてません?」

「となると……護衛がいないように見えるのも良くないか」


『冥府の王』が魔術で人の形に土と周りの樹や草を削って重ねていく。

十秒程で近くに寄らない限りは分からない出来の人形ができた。

これで少なくとも無人の疑いは晴れるだろう。


「このくらい魔術が使えれば聖女試験なんて受けずに領内の片田舎でのんびり過ごすんですけどね」

「……あー、なんだ、随分小さい望みだな」

「憧れるじゃないですか、動物でも飼いながら素敵な男性と一緒に毎日を過ごすのって」

「ふむ……成程」

「いいですよー、きっと。畑を術で管理しながら紫電獣の面倒見たりして……」


懐かしい。紫電獣は私が孤児院にいた時はよく抜け出して一緒に遊んで貰っていた魔獣だ。

樹木を噛み砕く頑丈で鋭い歯。鉄板くらいなら軽く貫く大きく赤黒く力強い角。並の剣や魔術程度なら通しもしないしなやかで頑丈な毛皮。城壁だろうと粉砕する力強い尻尾。人語を解する知能。名前の由来である角から放たれる上位魔術並の威力の紫電。小動物達を背中に乗せて森を歩く様は微笑ましいし、森林に適度に光を入れ、維持してくれる森の管理者でもある。そして何より人懐っこい。領内では何頭も見た事があるし、私も良く背中に乗せて貰ったものだ。そもそも、非常に賢いのでわざわざ集団で襲ったりしない限りは暴れる事も襲う事もしない。あの力強い脚を枕にして寝るのが私の小さい頃の楽しみだった。

……ということを『冥府の王』に力説していたのだが段々眉間のシワが深くなっていった。何故だ。

私は可愛いと思うのだけれど、どうやら不評なようだ。


「……うむ、紫電獣は確かに大人しいし人間に対しても比較的寛容だ。が、大体の人間は逃げると思うぞ」

「だからその辺が大丈夫な男性をですね」

「断言していいが紫電獣に勝てる人間は一握りだ。アレは『原初の神』が創った自然管理用の魔獣だからな」

「え、そうなんですか?」

「一応神獣と呼んでもいいのだが……アレは魔力を媒体にして魔術で創り出された神造生命だ。『創造』の魔法で創られた神獣とは、厳密に言えば違うと言えるだろう」

「ああ、だから強いんですねえ」

「ですねえ、じゃない……だから紫電獣が平気な男はそういないという話だ」

「私は平気ですけれど……あ、紫電獣を呼び寄せてアレが蒸発すれば全部解決じゃないですか!」

「やめろ!その調子だと紫電獣も貴様の言う事なら聞きかねん!」


多分聞いてくれるだろう。

言葉も少しなら理解できる自信がある。


「……はぁ。貴様ホントに相手を探す気があるのか?かなり限られる気がするが……」

「そう言われても……条件合わせると本当にレクス様くらいしかいないんですよね。『冥府の王』ってこと以外は完璧だと思うんですけど」

「そ、そうか……まさか我が『冥府の王』であることがネックだとは思って無かったな……」

「一番重要でしょう。私が老いて死ぬ時も、そのままなんですよ?」


アウロム様じゃないのだから、いつまで経っても老いなければ不思議に思われるだろう。

カルブンクルス領内であれば『不思議な人もいるもんだなあ』くらいに思って貰える可能性は高いが。

何より、私が老いて死ぬ時に老いず、死ぬ事も無い存在が身近にいるというのはきっと辛い。

後に残して逝く事も、子を残せない事も―――――


「依代の調整次第だな。別段人間と同じように生きて死ぬ事も、必要なら子を成す事も可能だが」


―――――は?マジで言ってる?


「……なんだその顔は」

「なんでそんな大事な事を早く言わないんですか!?一人で悩んでた私が馬鹿みたいじゃないですか!」

「す、すまん……」


相手が人知を超えた『冥府の王』だと思えばこそ、異性として見る事は無かった。

口説かれてると思っても、一歩踏み出せなかった。

それらが全部杞憂だとは。


「……よーし解決しましたね問題は。じゃあ、これからレクス様は私の婚約者ということで」

「……良いのか?」

「『私のタイプは強くて格好良い人なのでレクス様より弱い人は相手しません』って言えば王太子殿下は手出し出来ませんよね?」

「……負けはせんだろうな。依代だろうと我は偉大なる『冥府の王』だ。魔術は効かんし病毒の類も効かん。剣の腕は……カルブンクルス相手にしか振ってないから基準が分からんな」

「勝ちます?」

「100戦えば95は負けるだろうな」

「上出来です。アウロム様に勝つ確率があるならお釣りが来ます」


普通は勝負にもならない。一戦どころか一閃で終わりだ。


「で、あれば……そのレクス『様』というのもやめておけ」

「……レクス……さん?」

「うむ、悪くない。婚約者ならとりあえずはそのくらいの距離感で良いか」


なんか恥ずかしい。男性に免疫が無いのもあるが、こういった恋愛事の経験値が無くて妙にむず痒いのだ。


「後は設定がいるな」

「設定ですか?」

「我の身分だ。単なる護衛以上の要素が必要だろう?」

「ああ……確かにそうですね。身分をふりかざされると厄介です」


そこらの傭兵や冒険者、ならず者では王太子殿下に喧嘩を売れないということか。

流石に権力を持ち出されるとこちらは辛い。カルブンクルス家の領民ではあるが、今はもう部下でもない。


「…………今、カルブンクルスに連絡して『カルブンクルス家が招いた客分の魔術師兼相談役』という扱いにして貰った。奴の部下ではないが、大事な客人故丁重に扱え、ということだ」

「それはまた……凄い話ですね」


単なる客人ならともかく、カルブンクルス家が『大事な客人』と呼ぶ存在ともなればそうそういない。何せ無礼であれば王族だろうと丁重に礼を欠く家だ。

派閥としては完全独立。嫌われるでも好かれるでも無く、ただ畏れられる家。

『断罪』の魔法を持つが故に下心のある者は近付こうともしない。

利用するにはあまりに強大過ぎる。魔物が避けられるからと言ってドラゴンの背に乗るようなものだ。


「これでこの国の王太子に従う理由はあるまい」

「まあ、わざわざ喧嘩を売らなければ向こうも無干渉でしょう。……無干渉だといいなあ」

「そんなに愚か者なのか?」

「会えば分かりますよ。きっとレクス……さんも『なんだあいつは!』ってブチ切れるはずです」

「ううむ、考えたくはないが……そうか。奴の子孫もそこまで堕ちたか……」


長く生きてきた『冥府の王』としては思うところがあるのだろう。その口ぶりから、初代国王陛下とも面識があることが分かる。


「……とはいえ、150年前に比べればマシではないか?」

「それを言ったらおしまいじゃないですか、今でも最悪とか言われてるのに」


なにせ安泰だった将来を捨ててカルブンクルス家への嫉妬から外患誘致した稀代の馬鹿だ。

第三王子が廃嫡されたのも、王家が軽く見られるのも、コーラル様に何の非があったというのか。

最期は実の母の手で首を落とされたのだから、救いようがない。


「……王都まで長いですし、王家の悪口言い合いません?レクスさんならエピソードに事欠かないでしょう?」

「確かに事欠かないが……貴様普段からやってるのか?」


……カルブンクルス領では大体これで盛り上がるくらいには定番の話題なのだけれど。

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