4.より良き死の為に
馬車に乗り込んだ私と『冥府の王』は向かい合わせに座り、今後について話をすることになった。
「ではレジーナ。聖女試験で何があったか聞こうではないか」
「……やはりご存知で?」
「カルブンクルスが時間を戻したというのは分かった。露骨に魔術の跡が残っていたからな……。そこで貴様の為に護衛の依頼ときたのだ、貴様が面倒な事態に巻き込まれたのも察しがつく」
ごもっとも。確かに部下には優しいアウロム様ではあるが、ここまで過保護になることは殆ど無い。
ましてや護衛が『冥府の王』だ。過剰にも程がある。
現世の政治云々からは一番離れている存在なだけに相談するにも抵抗はなかった。
私は前回の聖女試験について一通りの説明と、覚えている限りの候補者の名前を上げた。
「ふむ。別段知っている名前は無いな。まあ、候補者に関しては実際に見れば済むか。幸い、最低限の侍女や護衛は認められているようだしな」
「ええまあ、貴族の令嬢も多いので」
政治に大きく関わるわけではないものの、魔物避けの結界を維持する関係上、教会の発言力は大きい。
身分としても公爵位並の扱いを受けることになるというのもあって伯爵以下の次女、三女あたりで才のある者が送られてきやすい。
実際、前回の面々がそのような感じだった。
「なので『冥府の王』には―――――」
「待て、まさか貴様その調子で我の名を呼ぶ気か?教会には我も祀られているのだぞ?」
確かにそうだ。
教会こと『グロウメイズ聖教会』で祀られているのは六柱。
正確に言うのであれば六つの『魔法』の力を持つ存在達。
全ての生命の源にして全ての生命の原点。『生命』を司る『偉大なる竜』。
全ての生命の終着点にして全ての生命の終焉。『死』を司る『冥府の王』。
世界の害悪、災害の象徴。大地に生きる者達への試練。『災厄』を司る『災厄の王』。
世界の理を操る魔術の祖。『魔術』を司る『魔術の王』。
『原初の神』を殺した人類最初の王。『支配』を司る『緋色の王』。
そして現在の世界の管理者。『創造』を司る名もなき『偉大なる神』。
真の名は秘されているとはいえ、祀られる側の存在としての名を軽々しく呼ぶのは、少なくとも教会では改めた方がいいだろう。
「では、何とお呼びすれば?」
「レクスで構わん」
「……分かりました。では……レクス様。その御立派な角は隠せるんですか?」
「我に関しては術で認識を誤魔化してある。貴様は自分の心配だけしているがいい」
「分かりました。……念の為にレクス様が何ができるのか聞いても?」
「ああ。基本的に魔術は何でも使えると思って貰って構わん。場合によっては時間を戻してやってもいいが……アレはアレで制約の多い魔術だからな、できれば使いたくはない。後は魔法がいくつか使えるな」
魔法。理を操るのが魔術であれば、理を捻じ曲げ、理を越えるのが魔法だ。
『火を操る』のは魔術だが、『水でも燃やせる火』を作り出せるのは魔法、といった具合か。
普通は一国に一人、一つ魔法が使える者がいれば良い程度だがそこはやはり『冥府の王』。格が違う。
ちなみにアウロム様は私が知っている限りではあるが、『断罪』、『無限』、『分解』の少なくとも3つの魔法を持っている。
「ああ、やっぱりお持ちなんですね」
「我が持つ魔法は全部で8つだ。『恐怖』と『絶望』、そして『冥府の王』たる『死』の魔法だ。……貴様に話せるのはここまでだな」
8つ。3つしか使っていないアウロム様ですら、そもそも2つしか公にしていないカルブンクルス家ですらこの現状だ。魔術が辛うじて使える程度の私には想像も付かない。
魔法の素晴らしい点は基本的に魔法以外では防ぐ手段が無いということだ。
それも、精神的な魔法であれば同じ精神的な魔法でなければ防げない。
魔術とは力の格が違うのだ。
「なるほど。心を折るには丁度良い魔法ですね」
そして、想像するに『恐怖』の魔法は恐怖心の有無に関わらず根源的な恐怖を与えるのだろう。
怖いもの知らずに恐怖を教え、怖いものなしに恐怖を刻み込む、素晴らしい魔法だ。
『絶望』というのも良い。『恐怖』で弱った心を折るには絶望が一番良い。
愛だの恋だのに溺れた頭を叩き起こすには最適な組み合わせだ。
「で、あろう?王太子とやらがどの程度の人間か知らんが、我の魔法で心が折れないということはないだろう」
「となると、後は対外的な理由付けが必要ですね。私を口説こうなどと生涯考えないようにして婚約者に依存させましょう」
「うむ。そこまでやるのはちと可哀想な気がするが……」
「できれば誘拐されて拷問を受けて死ぬ寸前に婚約者の方に救出して貰えるのがいいんですが……」
「流石に可哀想ではないか?」
「大丈夫です、最悪受け答えが出来て性機能があれば問題ありません」
「流石に可哀想だろう……」
王族は血を残すのが仕事だ。
政務は別に王妃様とか宰相にやって貰えばいいだろう。150年前に出来ていた事が出来ないはずがない。
本当に最悪はカルブンクルス様もいる。あの人がいれば無敵の国家が出来るだろう。
「ところでレクス様の魔法があれば隣国の間者とかに王太子殿下を誘拐させることって可能でしょうか」
「貴様、平然と恐ろしい事を言うな……不可能ではないだろうがそこまでの協力はせんぞ」
「残念です。……じゃあそのへんのゴロツキでは?」
「やらんぞ」
「じゃあもうレクス様が王太子殿下を誘拐するというのは」
「やらん!我はあくまで手伝いまでだ!心を折る手伝いくらいはしてやるが誘拐するのならば貴様が手配し……いやそもそも誘拐するな!平和に事を運ぶという案はないのか貴様!」
怒られてしまった。確かに『冥府の王』の言うことはもっともなのだけれども。
「じゃあ何か良い案あります?出してくださいよ、『冥府の王』でしょう?」
「段々と図々しくなってきてるぞ貴様……。はぁ……単純に既に恋人か婚約者がいるとかではダメなのか?」
「あっ」
「何が『あっ』だ!何か理由があると思っていたら貴様!」
確かにそうだ。相手は多分早めに口説いてくるつもりなのだからその時点で婚約者なり恋人がいるとなれば手を引くだろう。前回は逃げ場の無い状態でそこまで頭が回らなかった。
私を余計な騒動に巻き込んだ報いを受けさせられないのが癪ではあるが確実な方法だ。
「いえ、確かにその手はあるんですけれど……問題は相手なんですよね。手近で見目も良く王太子殿下相手にも物怖じせず腕も立ちカルブンクルス家の事情に通じていて話が通じるような……」
「貴様案外強欲だな……そんな男そうそうおらんぞ……?」
そもそも、カルブンクルス家の侍女には出会いが無い。
屋敷の中で男性と言えば代々のカルブンクルス家当主の婿くらいで基本的には全員女性だ。
身近な男性となると領兵だが、あいにく私は知り合いもいない。
「レクス様は良い男性の心当たりありません?別段結婚はしなくてもいいんですけど」
「貴様の目は節穴か!?ここまで来て我は候補に上がらんのか!?」
目から鱗が落ちたような気分だった。
『冥府の王』は男性というよりも先に『冥府の王』という肩書が頭に浮かんでしまう。
元々が人類の枠にいない存在なので私も男性がどうこうという考えはなかった。
ただ、確かに『冥府の王』という点を除けば完全に合格だ。
今回は護衛として来てもらえているのでまあ、手近。
顔の方も神に等しい存在だからか、かなりの美形だ。年齢は問題かもしれないが見た目は私と同じ16~18歳程度に見えるので問題はないだろう。
勿論、アウロム様クラスに強くなければ戦いにもならない程に強いし、カルブンクルス家の事情にはこの世で最も詳しいだろう。
そして何より、王太子殿下という存在に対して『冥府の王』には物怖じする理由がない。
この世ならざる不老不死の存在という点を除けば、確かに完璧な人選だった。
「……レクス様は、それでいいんですか?」
「勿論だとも。定命の者共に『より良き死』を与えるのが我の存在意義だ。それに、長年見ていれば思うところもあるというものだ」
19年。私が前世で過ごして年月。
150年。私が怨嗟を振り撒き続けた冥府での年月。
16年。私が今の人生を生きてきた年月。
思えば、私のことをいつから『冥府の王』は見ていたのだろうか。
前世から見知った仲とはいえ、ここまで肩入れしてくれるものなのだろうか。
「それに、だ。我も貴様のような美女と恋人になれるのであれば悪くはない」
もしかしてこれ、私を口説こうとしてくれているのだろうか。
てっきりいつもの冗談かセクハラだと思っていたのだけれど。
「……そうですか」
「なんだその反応は……」
「いえ、お気持ちは嬉しく思いますが……」
「あー、その、なんだ。……嫌なら別に構わん、我も案として出しただけだからな」
そう言って『冥府の王』が私から顔を背け、窓から外を眺め始めた。
……なんというか、気まずい感じになってしまった。
今までの人生で全く恋愛経験が無い私には難しい話だ。
前世では王都のスラムで育ち、引き取られた先の孤児院で貴族へ玩具として売却され、その貴族の悪事を摘発したコーラルお嬢様に引き取られ、侍女として生き、そして死んだ。
今生では運良くカルブンクルス領の孤児院に引き取られて学校へ通い、飛び級して1年で卒業してすぐに侍女だ。
言い訳をさせて貰えるのであれば、愛だの恋だのをしている間が無かったのだ。
「……貴様の前世の記憶が残ったままなのは我の責任だ。我は、貴様が折角手に入れた幸福を奪われるのを見ているしかなかった」
窓の外を見たまま、『冥府の王』は至極真面目な声で言った。
「『運命』を……あの悲劇を、防げなかった」
「……レクス様のせいではありませんよ」
「……我なら無傷で助けることが出来たと言ってもか?」
私は、何も言い返せなかった。
あの時、コーラル様が死ななければ。私が逃亡中に致命傷を受けていなければ。
少なくとも、私の手で復讐を成し遂げられただろう。
色々な言葉が私の中を駆け巡り、今にも胸倉を掴みたい気持ちを抑えた。
そんなことをしたところで、『冥府の王』には関係の無いことだ。
「……我は貴様の事が好きだ。恩があるとはいえ、カルブンクルス家の為に人生を捧げる程の強い想いと、その魂が。だからこそ、今こうして貴様が俗世の悩みに囚われているのが我慢ならんのだ」
「レクス様……」
「……話し過ぎたな。どうするかは王都に着くまでに決めておくといい。……我は寝る」
そう言って、『冥府の王』は座席に寝転がってしまった。
私は何も言えず、先程『冥府の王』がそうしていたように、窓から外の景色を眺めているしかなかった。