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3.2度目の旅路へ

聖女試験へ向かう当日の朝、私を待っていたのはアウロム様からの呼び出しだった。

広々とした領主室にはアウロム様と侍女長、そして見覚えのある1人の色黒の入墨男がいた。

というか『冥府の王』だった。頭に角が生えている時点でかなり絞られるというか、私の知る限り『冥府の王』しかいない。

本当に何やってるんだろうか、こんなところで。

確かにカルブンクルス領では頻繁に会えるとはいえ、『原初の神』に作られた管理者の1人だ。暇なはずがない。


「おはようございます、アウロム様」

「おはよう、レジーナ」

「お久しぶりです、偉大なる『冥府の王』」

「うむ。相変わらず元気そうで何よりだ」


色々と聞きたいことはあるが、とりあえずは呼び出しに関して聞かなければならないだろう。

私は頭痛を我慢しながらアウロム様を見た。


「あの、朝から用事とお伺いしましたが……」

「レジーナ。良い知らせと良くないと思われる知らせがありますがどちらから聞きます?」

「……良くない知らせから」

「王太子殿下が聖女試験を見学しに来ます」

「嘘だろあのポンコツ正気か」


思わず口から暴言が出てしまった。でも仕方ない。つい出てしまったのだ。

どうやら王太子殿下は与えられた準備期間で聖女試験へ早期関与することにしたらしい。


「レジーナ、アウロム様の前ですよ」

「申し訳ありません侍女長。王太子殿下の正気を疑う行動に驚きを隠せませんでしたので」

「私も正気を疑いましたがアウロム様の前ですので一応言葉使いだけは気をつけるように」

「そういう問題なのか?一応王族であろう?不敬罪とかそういう……」

「カルブンクルス家の温情で辛うじて残っている一族ではありませんか、忌々しい……」

「それを正す為に色々とやっているのは知ってはいるが……」


『冥府の王』―――――レクス・フィエリドラコ・グランフォレス・ネテルウォールド―――――が困惑していた。

彼は慣れていないようだが、カルブンクルス領で生きていれば王族への暴言は日常茶飯事だ。

特に侍女長の王族嫌いは筋金入りだ。

以前、領に来た王族の頭に堂々と紅茶をポットでかけていた(領内が大盛り上がりだった。もう一度やって欲しい)くらいの王族嫌いで、捕まっていないのが不思議なくらいだ。


「ところで、良い知らせの方は?」

「聖女試験に『冥府の王』が同行していただけます」

「え、暇なんですか?」

「我が陰ながら色々身の危険から助けてやろうというのに貴様はなんだその態度……」

「いえ……以前部屋に連れ込まれそうになったこともあったので不安だな、と」

「美人を閨に誘うのは我にとっては挨拶のようなもので頭が割れるように痛いッ!?」

「ウチの侍女にセクハラするなって言いましたよね?」


侍女長が『冥府の王』の腕を捻じり上げて床に倒し、頭を踵で踏み始めた。相変わらずだった。

言動はともかく、『冥府の王』の守りがあるのであれば前回のような無駄な危険を避けることができる。

差し迫る危険、『死』には一番敏感な存在だ。余計な騒動を回避するにもうってつけだろう。

万が一騒動に巻き込まれても『冥府の王』がいれば死ぬことはない。

死を司る存在として有名な『冥府の王』ではあるが、『健康』や『病気快癒』、『病気予防』の加護でも知られている。

……『気ままに娼館に通いたいから』という理由で加護を与えているというのはいささか複雑ではあるが。

何より男性だ。男避けには丁度良い。主に王太子殿下を避けたい。何せこっちは王だ。それも本物の。

……侍女長に関節技を食らっているのはとりあえず見なかったことにするとして。


「とまあ、そういうわけなので一通りの願い事は聞いて貰えるようにお願いしたので役立ててください」

「神とは言わないにしろ……その、一応『冥府の王』ですよね?そんな扱いでいいんですか?」

「一応とはなんだ!?良いわけがないだろうが!……本来であれば娼館無料で引き受けるところだが、他ならぬカルブンクルスの頼みだからな……。ああ、前金は既に受け取ったので安心して我の角を持つのはやめろおおおおッ!」

「不法侵入に窃盗です」


そう言ってレクス様が見せた布が私の下着だった為、侍女長に角を掴まれエビ反りにされている。

いつの間に盗んだんだそれ。


「私としても貴女の幸福の為に色々根回しをしてきました。……一番は、私の元で侍女として頑張って貰うことですが……聖女試験、まだ受けるつもりで?」

「申し訳ありません。侍女としての生活は、私の幸福に向いていなかったようです」

「はぁ……レジーナが良いのであれば、私からは言うことはありません。とはいえ、貴女はカルブンクルス領の領民です。何かあれば助けを求めても構いませんよ」

「ありがとうございます、アウロム様」

「レジーナ、私からはこれを渡しておきます。『冥府の王』がおられるとはいえ、少し不安になりましたから」


侍女長から筒のついたよく分からない物と、指先のような形状の金属が入った容器を渡された。

おそらくは引き金を引いて金属を飛ばす機構になっているのだろう。発射する形状としてはボウガンよりも洗練されているように見える。

私が筒を色々と見ていると、『冥府の王』が目の色を変えていた。


「……これはまさか……『拳銃』ではないか!?」

「ああ、やはりご存知ですか」

「他国に流れたらどうするつもりだ貴様!」

「再現できませんよ。魔術で認識阻害と認識感知をかけてあります。誰かが分解しようとした時点で私に伝わりますし、レジーナ以外には撃てないようにしてあります」

「だとしてもだ。……良いかレジーナ。我も四六時中貴様をみていられるわけでもないからな。危険が迫ったら『それ』を容赦なく使え。使うからには相手を生かそうと思うな。見られないようにしろ。良いな?カルブンクルスの物なら大概の物は貫く。狙うのは頭か心臓だ」

「は、はあ……」


いつになく真剣な表情の『冥府の王』に、私は困惑しながらも頷いた。

そんなものを渡す侍女長も侍女長だが、知っている『冥府の王』も謎が多い。

アウロム様は……なんか知っててもおかしくなさそうだ。というか知っていたはずだ。

カルブンクルス領で製作される新規性の高い物品はアウロム様を通して開発されている。

前回では無かったものだけに、アウロム様が大急ぎで作らせた可能性は高い。

気を引き締める私の前に、中身の詰まった革袋と明細書が置かれた。


「では、退職金と『冥府の王』の生活費を渡しておきます。くれぐれも無駄使いさせないように」

「『生活費は別途支給』とはこういうことか貴様ら……」


革袋の中には割りと多めの金貨が入っていた。成程、不自由無いような額は支給して貰えるようだ。

明細書には私の口座にカルブンクルス金貨で350枚入れられた事が記されている。

カルブンクルス領外での平民の平均年収が王国金貨で約100枚、カルブンクルス金貨換算で約30枚強だと考えると約12年分だ。私の年齢で考えれば非常に多い稼ぎとなる。


「今までの貴女の努力の成果です。ちゃんと受け取ってね?」

「『冥府の王』が同行する関係上、馬車と宿は手配しておきました。王都に着き次第カルブンクルス商会へ向かうように。担当の者が案内します」

「……ありがとうございます、侍女長、アウロム様」

「我は先に馬車で待っている。荷物を取って来るがいい」


私は3人に頭を下げ、部屋を後にする。

そろそろ出発の時刻だ。『冥府の王』を待たせるのもなんとなく申し訳ないので急いで準備をする。

と言っても元々筋金入りの孤児だった私の私物は少ない。一纏めにした鞄で事足りた。

長年世話になった寮を発ち、『冥府の王』の待つ専用の高級馬車(驚く程揺れない。『サス』という技術が使われているらしい)へと向かう。

私にとって二度目の王都への旅が、始まった。

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