妹はコーヒーを淹れるようです
「お兄ちゃん、私にコーヒーの淹れ方を教えてくれませんか?」
ミントの申し出に俺は焦る。
「え!? 俺の数少ないアイデンティティを奪わないでくれないか? 目立つのお前ばっかなんだから少しくらいいいところを残してくれよ」
ミントも慌てて言う。
「ああ、いえ……お兄ちゃんとちょっとお話がしたくって……話の種にと思いまして……」
話がしたいか……たまにはゆっくり話をするのもいいかな。
「わかった、じゃあ秘蔵のコーヒーを淹れるか」
「え!? いえ、私なんかが貴重な豆を使っていいんですか!?」
言い方が悪かったかな……
「気にするな、ローストしてあっても放っておいたら香りが飛ぶからな、食べ物なんて食べるために存在してるんだから、後生大事にとっておくようなものじゃないさ」
「じゃあ教えてくださいね!」
そのミントの笑顔がとても嬉しそうだったので俺は懇切丁寧に教えることを決めた。
「まずは豆を挽こうか」
キッチンにて、俺は部屋から持ってきたちょっとお高い豆をミルに放り込む。
「これを回すんですよね? コツとかは?」
「気にしなくていいぞ、美味いコーヒーを飲むには一番大事なのは豆選びだからな、そこを失敗すればどれだけ丁寧に淹れても微妙な味になるし、美味しいのを選んだら多少失敗しても美味しいのが出来る」
「へー……」
ミントは俺の身も蓋もない説明にうなっていた、正直教えることなんてそんなにないんだよな……
とはいえ、これもコミュニケーションの一つ、妹とのコミュは大事。
ゴリゴリと豆を挽き終わったところで水を用意する、ヤカンに入れてミントに炎系魔法を頼む、ここはミントに頼るのが一番手っ取り早い。
「じゃあこの水を沸かしてくれ」
「はい! ファイアボール」
小さな火球が水に落ちてあっという間に沸騰する、我が家の安全な水というインフラの大部分はミントが担当している。生水は飲めないからな。
「いい感じだな、じゃあフィルターの上に挽いた豆ものせておいたからゆっくり上から注ぐといいぞ」
「はい!」
いい返事でヤカンを傾けるミント、少しずつ黒くなったコーヒーがカップに落ちていく。
お湯をかけるといい香りが漂ってきた。
「おお! 私でもできた? できました!?」
「ああ、いい感じだな」
元の豆が良いにせよやはり良い香りが漂ってくるのでミントも自信がついたようでお湯を注ぎ続ける。
そして二杯のコーヒーができあがったので俺はドリッパーをとる。
「上出来だな!」
「はい!」
にこやかに答えるミントはとても楽しそうだった。
「じゃあミントの淹れたコーヒーを飲みながら話をするか」
「そうですね!」
そうして俺たちはゆっくりとしたコーヒータイムを過ごすことになった。テーブルにカップ二つを持っていき、それを置いて椅子に座った。
「お兄ちゃん! クッキーを焼いたのでこれを食べながらお話ししましょう!」
用意が良いことに茶菓子もそろえているようだった、俺に提案したのが今朝だからきっと俺がこうすることも分かっていたのだろう。俺はコーヒーを一口飲んでクッキーをかじる。
「美味しいな!」
コーヒーもクッキーも美味しく出来ている、めったにコーヒーを淹れないミントがこれだけ頑張ったのだからきっとこれもとても頑張ったのだろう。それを不味いなどという兄がいるはずがないだろう。
「お兄ちゃん、お口に合ったようで何よりです」
ミントも一口コーヒーをすすってから一言言った。
「やっぱりお兄ちゃんが淹れてくれた方が美味しいですね……」
そんなことを言っているが、これは結構上手にドリップできている。謙遜する必要もないだろう。
「いや、ちゃんと良い香りと味だぞ」
ミントは頷いて真理について語った。
「きっと誰かが自分のために淹れてくれた方が誰にとっても美味しいんでしょうね」
「かもな……」
そうして少しばかりの世間話をする。
「今日は天気が良いな……」
「そーですね……お兄ちゃんと過ごすには良い季候です」
「こんな会話で良いのか?」
「はい、何でも無い日常の尊さは案外気が付かないものですよ?」
いつも非日常を持ち込んでくるのがコイツであることを除けばそうなのかもな……
そうしてとりとめのない日常の話は続いていった、これといって建設的な話はしなかったがコミュニケーションとはそういうモノなのかもしれない。
クッキーをサクサク食べながらコーヒーをすする、非常に美味しい組み合わせだった。
「一人じゃないっていいものだな……」
「お兄ちゃん……?」
「いや、確かに俺はコーヒーは淹れられるけどクッキーは焼けないからな、一人じゃ出来ることには限度があるってことだろうな」
一人より二人が良い、この関係性がいつまで続くのかは分からないが、少なくとも嫌いな時間ではない、もう少し楽しんでも良いだろう。
「ふふふ……お兄ちゃんも私の魅力に気が付きましたか?」
ミントのからかいに俺はさらりと返す。
「こうしてのんびり出来るのはきっとかけがえがないんだろうな、確かにミントは特別だな……」
ミントが目をパチパチさせてから驚きの声を上げる。
「えっ!? お兄ちゃんが私を好きだとおっしゃいましたか?」
「さあなあ……それは俺にも分からないが少なくとも嫌いではないんだろうな」
ミントは快哉を叫ぶ。
「よっし! お兄ちゃんが私にデレましたよ! この調子なら一線を越えるのも時間の問題ですね!」
論理の飛躍に心を躍らせている、そんな日常を俺は隣に置いてから、すっかりぬるくなったコーヒーを飲む、温度が下がっているので一息に飲みほせた。
「ごちそうさま」
ミントが俺のカップにコーヒーがなくなっていることに気が付いた。
「あ、お兄ちゃん、半分こですね」
そう言って自分のカップに残った半分を俺のカップに注いでから、魔法を一つ使った。
「ナノファイア」
小さな小さな炎が指から出て俺のカップに飛び込んで真っ黒なコーヒーを温める。
「せっかくの豆なんだから自分で楽しんだ方が良いぞ?」
俺の言葉にミントは返す。
「一人より二人、ですよ?」
俺も笑みを浮かべて再び熱くなったカップを口に運んだ。
「今日のコーヒーはいつもより美味しいな」
ミントも一口飲んでから俺に微笑む。
「自分以外の誰かが自分に与えてくれるって素晴らしいでしょう?」
俺は曖昧に笑みを返して答えた。
「ああ、やっぱり兄妹は良いものだな……」
その後も口々に日常を語りながら一日を過ごすのだった。




