妹は流行にめざとい!
俺は今日、妹とカフェに来ている、何故そうなったかといえばひとえにミントの思いつきだった。
「お兄ちゃん! 新しいカフェができたそうですよ! 行ってみましょう!」
「えー……そういうお洒落なところはちょっと……」
ミントは不満げに鼻を鳴らす。
「そういうところだからいいんじゃないですか! 恋人同士ではこういうところに幾層ですよ?」
言っていることは分かるんだが、意味を理解するのを頭が拒んでしまう。
「あのさあ……俺たちは兄妹だよな? そう言うところはそういう人たちに任せておけばいいんじゃないか?」
俺の正論に対して妹様は暴論で返してきた。
「いいですか! 私はお兄ちゃんはもはや恋人すら超えた関係なのですからこういうところに行くのも当然というものでしょう! 考えるんじゃないです、感じましょう!」
そう言われてもなあ……
――
とはいえミントの強引さに勝てるはずもなくカフェにこうして、来ることになったのだった。
しかし……これ何人ならんでるんだ?
この街の人口を考えるとわざわざ並ぶほどのものなのかとも思うのだけれど、現に行列ができているんだからしょうがない。
俺とミントは行列の最後尾に立ってから話をした。
「お兄ちゃん? これはいいですね、並んでる人たちを見てください! 男女ペアばかりですよ? これは恋人や夫婦が来るようなお店ということです!」
俺はこの寒いのに列に並んでまでコーヒーを求める人たちを疑問に思いながら、早く暖かい室内に入りたいな、などと思っていた。
ぎゅっと手が握られた、ぬくもりが伝わってくる、もちろん握ってきたのはミントだ。
「これって恋人っぽいですよね?」
クソ寒いので手を離して冷気に晒す気にもならず手を握ったまま答える。
「恋人ねえ……よく分かんない概念だな」
「概念じゃないですよ! 実在します!」
だとしても俺たちがそう見えるのだろうか? 少し考えるが、前に並んでいる人たちと後から列に並んできた人たちの雰囲気を見るに十分あり得ることだな……
恋人かぁ……家族とはまた別なのだろうか? 家族になる過程としての一つの関係性なので、もう家族である俺とミントがそう見られることに意味があるのだろうか?
「よくこんなに人が集まったものだな」
俺が感心しているとミントが答えた。
「そりゃあそうですよ! だってここすごく雰囲気いいじゃないですか? いかにも恋人さん歓迎みたいな感じなので集まってくる人も多いでしょう!」
よくわからん話だが、どうやらここは雰囲気がいいらしい、俺にはどうにも空気のようなものを読む力に恵まれなかったらしく、雰囲気とやらはさっぱり分からないのだった。
そして寒空の下、しばらく行列に並んでいるとようやく店内に案内された。
カフェのドアを開けて目に飛び込んできたのは砂糖菓子に蜂蜜をかけたような甘い光景だった。
見渡すかぎりのカップル、恋人だか夫婦だかは知らないが年齢層が若めの男女が呆れるほどの集団になっていた。
「げぇ……さっさと食事して帰ろうか?」
「何言ってるんですか? この雰囲気を楽しむんじゃないですか!」
マジか……俺たちもこの光景の一部となるのか……考えるに俺たちが兄妹だと見えないんじゃないだろうか? あらぬ誤解を抱きそうな光景だった。
「こちらへどうぞ」
案内役の人が俺たちを席に案内して注文をとる。
「俺はコーヒーで」
「私は紅茶で」
「かしこまりました」
そう言って奥に立ち去っていく人を眺めながらミントに訊く。
「珍しいな、今日はコーヒーじゃないのか?」
コイツは俺の淹れたコーヒーをよく飲んでいるので好きなのかと思ったんだが。
「だってお兄ちゃんが淹れたやつにはかないませんからね!」
にこやかにそう宣言するミントだった。
そうして少し待っているとカップが二つ運ばれてきた。
「どうぞ」
俺は前に置かれた二つのカップを見ながら香りを嗅いでみる。
「甘いな……」
香りだけでも分かる十分に甘い香りが漂っている、ミルクと砂糖を入れたコーヒーだって俺は飲むが、それにしても蜂蜜やらシナモンやらの香りで気分が落ち着いてくる。
ゴクリ
「微妙……」
それが正直な感想だった、これだけの人数が並んでいたのだからさぞ美味しいのだろうと思っていたのだが少々期待外れだった。
「お兄ちゃん、無粋ですよ?」
ミントが少し不満そうに言う。
「いいですか? こういう場では空気を楽しむのであって料理の味なんて気にしちゃダメですよ! お兄ちゃんに美味しいものを食べて欲しければ私が作りますからね?」
なるほど、いわゆる席料というやつなのだろう。このカフェでは味ではなく雰囲気を楽しむのか、カフェを名乗っているのに味に妥協をするのはどうなのかと思わないでもないのだが……
「そういうものなのか?」
ミントは胸を張って言う。
「そういうものです、味については割り切ってください! それよりこのお店から漂う甘い雰囲気がいいんじゃないですか?」
甘い(物理)でいいのだろうか? それについて考えることすらきっと無粋なことなのだろう。
俺はもう一口コーヒーを飲む、やはりそれは黒ではなくミルクの入れすぎで白に近い色になっている液体を飲みながら『甘いな』とつぶやいた。
ミントの方はミルクティーで飲んではいないが甘ったるいであろう事は予想がついた。
「お兄ちゃん、美味しいですね?」
「そうだな……」
それを否定させない迫力がミントにはあった、だから俺ももう一口飲んでそれがコーヒーではない別の飲み物であると割り切ったらそれなりに飲めるものだなと考えた。
コクリ……
うん、コーヒー風ジュースだな!
「お兄ちゃん! 一口飲ませて貰えますか?」
「え、いいけど」
言うが早いか俺のカップを持って口へ運んでいた。一口飲んでから恍惚とした表情をしたかと思うと、余りの甘さに顔は渋くなっていた。
「やっぱりお兄ちゃんが淹れた方がいいですね」
そうささやくミントに俺も「そうだな」と頷いておいた。
俺は余り上等な味ではないにしてもわざわざ不味くする理由も無いので温かいウチに飲みきった。
ミントが俺が飲みきるペースを見ながら「空気読みましょうよ……」とつぶやいていた。
ミントもゴクリと紅茶を飲み干してから俺に微笑んだ。
「いい感じでしたね? さてお会計といきましょうか」
「そうだな」
会計に持っていった紙にはコーヒーとしては結構高い金額が書かれていた、少なくとも自分で淹れた方がよほど安いことは確実だった。
俺が財布を出そうとするとミントが制止した。
「お兄ちゃん、ここは私が払っておきます」
いいのかな? 兄としてどうなんだろうとは考えたがミントは支払ってから俺に向いてニコリと言った。
「これで貸しが一つ増えましたね!」
「ハハハ……」
一体どれくらいの利子を払うのかは分からないがきっとずっと利子だけを払わされるのだろうなと、なんとなくそう思ったのだった。




