妹とサイケデリックきのこ
「お兄ちゃん、たまにはぬるい依頼でも受けましょうか?」
ああ、明日は雨、いや雪が降るかな?
「どうしたんだよ!? きっつい依頼ばっかり受けようとするお前が?」
ミントは失敬なと答える。
「お兄ちゃんは私をなんだと思ってるんですか!?」
ギルド内にて依頼ボードを見ながらそんなことを言うミントに驚愕している。
「そこでお兄ちゃんにこんな依頼があります!」
ドーンとミントが一枚の依頼書を俺に突きつける。そこに書いてあるのは……
「キノコの採集? またマタンゴとかじゃないよな?」
依頼はサイケデリックマッシュの採集、ご禁制というわけではないが一応毒キノコだ。
依頼主は町外れの薬屋、毒も使いようでは薬になるということだろうか?
「もちろんです! 私が直々に調査済みの依頼ですからね!」
「ちなみに調査って何を?」
ひゅーひゅーと口笛を吹いて目をそらすミント、明らかに何かあるのだろうが、一応Fランク扱いで依頼を出しているということは比較的楽なのだろう。
「ささ、そんなことはいいじゃないですか! 早く受注しましょう!」
俺の背中を押してセシリーさんのところへ行く。
「お二人ともこれを受けるんですか? 報酬が低くて誰も受けない依頼ですよ?」
「私の勘がこれはいい依頼だと告げているんです! ほら、早く受注させてください!」
「はぁ……? ずっと放置されていた依頼ですが受けていただけるならそれは助かるのですが……いいんですか?」
よほど放置されていたのだろう、こういう依頼が片付くのはギルドとしても助かるはずだ。
「さあお兄ちゃん! 採集にいきますよ!」
俺はミントの謎のハイテンションぶりに少し違和感を覚えながらも、依頼の場所が魔物の生息域から離れているので軽装で出発の準備をした。
――
で、キノコが自生しているところに着いたわけだが、ミントは熱心に探し回っている、しかし目的のキノコはさっぱり見つからない。
「お兄ちゃん! 感覚強化をしてください! なんとしても見つけますよ!」
「何がお前を追い立てるんだろうな?」
――
妹に「感覚強化」を付与しました
――
ミントは鼻をひくつかせながら地面からわずかに出ているキノコを見つけては袋に入れていく、何故か顔が上気している気がするのは気のせいだろうか?
「お兄ちゃん! これすごい! 楽々見つかりますよ!」
そう言ってキノコを掘り出しては集めている。
「おい、そろそろいいんじゃ……?」
「へ……お兄ちゃんは私のことが好き?」
「何を言ってるんだ?」
そうだった、感覚強化でキノコの幻覚成分も強化されたのだろう、ミントがトリップしていた。
――
スキル「感覚強化」を取り消します
――
ミントは突然真顔になったかと思うと、手元の袋一杯に詰まったキノコを見て満足そうになる。
「ふへへ……これで……やりました! これで勝つる!」
「言ってる意味は分からないが十分集まったんじゃないか?」
「そうですね! 本当はもう少し集めたいんですけど……」
何故キノコにここまで執着するのだろう?
「まあいいです、報酬をもらうには十分な量ですからね!」
依頼量の倍くらい乱獲していれば当然というものだと思うのだが、コイツ何か隠してるな……
そうして俺たちはギルドへと帰っていった。
――
「はい、確かに規定量の依頼品をいただきました」
セシリーさんはそう言って気前よくキノコを受け取ってくれた、報酬は規定通りだったので大量にとっても報酬が増えるわけではないらしい。
何故かミントはウキウキしていたのが気にかかるが珍しく依頼成功したな……
貢献ポイントもほぼ無いに等しい量だし、報酬金も大したことがない、Fランクならこんなものだが、一体何がミントをあそこまでさせたのだろう?
――翌日
「お兄ちゃん! 今日は用事があるのでちょっと留守にしますね?」
珍しいが止めるわけにもいかないだろう。
「分かった、家のことはやっとくよ」
「料理だけはしないでくださいよ!」
そう念を押して出かけていった、一体何の用なんだろうか?
まあいい、妹のプライベートに口を出さないのがいい兄だ。
そんなわけでしばらくコーヒーを飲みながらのんびりした一日を過ごしていた。
しかし、いつまでも動かないと暇が募るもので、俺も外出することにした。
表に出て行く当てもなくぶらついていると、町の共有伝言ボードに貼り付けられた一枚のチラシが目に入った。
そこには『惚れ薬入荷しました! 気になるあの子を落としちゃおう!』などとポップに書かれていたのだが……
その……その販売店にはしっかりと見覚えがあった、昨日キノコを納品したところだ……
頭の中でパズルのピースがはまっていく、余り考えたくもない現実がこのボードには書かれている。
考えるのをやめて帰宅するとミントはもうすでに帰ってきていた。
「お兄ちゃん! 出かけるなら一言言ってくださいよ!」
「悪かったって……」
「お兄ちゃん、夕食はステーキにコーンスープですよ!」
そう言いながら堂々と料理を作り始めるミントだが、時々見えないところに引っ込んでいた。
そうしてしばらく経ってから、夕食が出てきた。
「はい、お兄ちゃん! どうぞ!」
俺はステーキを一口食べてから言う。
「もうちょっと塩気が欲しいな、塩を出してくれるか?」
「はい!」
いい笑顔で塩を取りに行くミント、俺は……
「はい、お塩です」
「ああ、ありがと」
そう言って少し塩を振ってから料理を食べる。味はちゃんといいものだった。
「お兄ちゃん? どうですか? 疼きませんか?」
「何がだよ?」
ミントは疑わしそうにしながら自分の食事を食べる。
そうして少しして……
「おにーちゃーん! もっと妹を愛してくださいよぅ……寂しいじゃないですかぁ……」
「お兄ちゃん? きいてますかー? 私がはなしてるんですよー?」
どうやら惚れ薬というものは実在したらしい、やっぱりスープを二人の分取り替えておいて正解だったな。
「ヒール」
ヒールで薬物による効果がすっぱりと切れる。ミントもハッとして俺を見る。
「お兄ちゃん、図りましたね?」
「兄の食事に混ぜ物をするからだ……」
「お兄ちゃん!? どこで気づいて……」
「そりゃああれだけでかでかと宣伝してりゃあなぁ……」
「くっ……口止め料を払っておくべきでしたね」
全くどうしようもない妹だ、しかしまあ……
「そんなものはなくても俺は家族としてお前のことが好きだぞ」
ミントは微妙な顔をして頷いた。
「それはそれでいいのですが……むぅ」
そうしてその日の食事は終わった。
なお、その薬屋は翌日には当局の捜査を受けて薬を全て巻き上げられたそうだった。