妹と写本
今日は珍しくミントの奴が飛び込んでこなかった、無難な一日になりそうだが、それはそれで体調とかが心配になるのは兄として自然なことだろう。
ミントの部屋に行きドアをノックする……返事がない……
もう一度少し強めにドアを叩いて「大丈夫か?」と声をかけると勢いよくドアが開いた。
「お兄ちゃん! 助けてください!」
いつもの笑顔ではなく、今にも泣き出しそうな顔で俺に飛びついてきた。
――
「落ち着いたか?」
「はい……」
「で、一体何でそんなに悩んでたんだ? いつも通りの力でごり押ししなかったのか?」
コイツはなんでも物理で殴って解決しようとする気がある、そうしていないのには事情があるのだろう。
「実は……ちょっとした依頼を受けまして……」
「俺抜きでか? 別にいいけど珍しいな?」
コイツは俺の後をついてきていたと思ったのだが、立派になったものだ。
そう妹の成長を感心していると再び涙目になる。
「もういやですぅ……写本の依頼なんて受けなきゃよかったです!」
写本? 本を書き写すアレだろうか? だったら……
「前に習得した複製スキルを使えば一発じゃないか?」
そう、複製魔法の「デュプリケート」があるのでそれを使えば一発で解決するんじゃないだろうか?
「駄目なんです! 魔力を込めて書かないと魔道書にならないっていわれて……手書きしか受け付けてくれないんです!」
「手書きかよ……活字の時代に古くさいなあ……」
そうこぼすが、魔道書はそれなりの金額がするので活字では駄目なのだろう、きっとその辺りに高額になっている理由があるのだろうな。
「お兄ちゃん! 手伝ってください!」
こうして俺は妹の修羅場に巻き込まれたのだった……
「はい、一ページ終わり! 次をくれ」
「はい、これです」
俺達は結局良い方法など思いつかず、人力によるごり押しという戦法をとることになった、俺にも多少の魔力があったのが幸いしたのだった。
――そうして数刻が立った頃
「終わんねえ……何ページあるんだよこれ?」
「あと百ページくらいですかねえ……」
まてよ……? 昔聞いたことがある、魔道書というのは魔力の込められた書物だということらしい、つまりはデュプリケートでも魔力を込めれば変わらないのでは?
「なあ、複製魔法付与するからさ、一度それを納品してみてくれないか?」
「そうですね、この量は狂気の沙汰ですよ……」
――
妹に「デュプリケート」を付与しました
――
「デュプリケート!」
そうして一瞬で魔道書は二冊になった、さて……問題の魔力だが……
――
妹に「鑑定」を付与しました
――
「どうだ? 魔力はこもってそうか?」
――
鑑定を使用します
「魔力反応を確認」
――
「大丈夫そうですね」
「やっぱり魔力込みで複製するこの魔法が異常なんだな……」
「写本屋でもやってみますか?」
「やめとく、マジで書き写せとかいわれたらたまんないし……」
物好きは「手書き」ということ自体に価値を見いだす、実用性ではなく希少性を求めるなんとも雅な人たちが世間にはいるらしい。
「じゃあこれ提出してきますね!」
「おう、いざというときのために手書きも進めとくよ」
――さらに数刻後
「いやー魔導師って案外チョロいんですね! 「Fランクとは思えない出来だ! まるで本物のような再現度だ」とか感心してましたよ!」
魔導師さん、チョロいです……
そして帰宅後原本を依頼者へ返却して依頼は終了した。風の噂によると途中で荷物が振動した際、荷物がごっちゃになってどちらが写本で、どちらが原本なのか分からなくなったなどと聞いたが、そんなことは知ったことじゃない。
「それにしても、魔法って魔道書を使ってまで使いたいものなのかねえ……俺達なんてお風呂を沸かすのさえ魔法を使ってるが……」
魔法とは人の生み出した技術の極みと言われているが俺達にとっては身近な便利アイテム程度の認識しかなかった。
魔道書は普通、未熟な魔導師の魔法講師の触媒として用いられる、ミントははじめからそんなものなしで大型魔法をぶっ放していたので、俺達は必要性を感じたことがなかった。
「贅沢だとは思いますよ? 王国の食事やお風呂さえ燃料を使っているらしいですからね」
王国、意外としょぼいのか?
平民の俺達が普通に魔力を燃料代わりにしていることを考えるとずいぶんと質素な暮らしだな。
「まあ私たちが異常なんじゃないでしょうか? 世間じゃあ、冬は薪の代金が馬鹿にならないって聞きますし、それに比べれば好きなだけ薪を使える王室は十分贅沢だと思いますけどね」
なるほど、魔法を燃料代わりに使うのは一般的ではないのか……
何しろ母さんが水を出すのすら面倒くさがって魔法で済ませていたので、俺はそれが当たり前のことなのだと思っていた。
「普通って難しいんだな……」
そうぼやくとミントは俺に抱きついてきた。
「だいじょーぶですよ? 私がしっかりお兄ちゃんを甘やかしてあげますから! 安心して駄目人間になっちゃってください!」
俺を出し決める手に力がこもっていく、少し痛いくらい力が入っていく。
「それは……ちょっとイヤかなあ……」
俺の苦笑いを見てミントハッ満足そうに笑った。
「お兄ちゃんは大丈夫です……私がずーっとそばにいてあげますからね……」
力のこもる俺をつかむ両手を払うこともできず俺はミントのなにか闇すら感じる笑みをじっと見ることになったのだった。
「俺はどこにも行かないし、面倒はかけるかもしれないが、寂しい思いはさせないよ、それだけは約束する」
ミントは俺から離れて無垢な笑顔で俺に答えるのだった。
「言いましたからね! 約束です! ずっと一緒って約束しましたから!」
そう言って嬉しそうに部屋へと戻っていった。
俺はあの笑顔の意味を図りかねてしばらく考えたが、あいつの行動にそれほど深い意味が無かったことに気がついて気にするのをやめた。




