妹の無敵のスキル
さて、今日もお兄ちゃんとの記録を付ける時間なのですが……今日は何事も無く終わってしまいました、ここは何か多少の粉飾が必要ですね。
「お兄ちゃんは大胆に私に告白を……」
書いていて自分が虚しくなったので羽ペンを置きました。
「あー……お兄ちゃんとイベント起きないですかね?」
私はいるのかどうかも分からない天の神様に愚痴ります。お兄ちゃんが居てくれるだけでいい、それはまあそうなのですが、やはり何か特別なことが起こらないものかと考えるのが妹心というものでしょう。
世間の妹はお兄ちゃんとのイベントに飢えているのです!(当社比)
そんなことを考えていたらうつらうつらと眠気が襲いかかってきました、いけません、記録を残すまで眠るわけには……すぅ……
――
「プロセス間の依存度がすごいですね、片方落ちたらもう一方が完全にダウンしますよ」
「あー……分かっちゃいるんだがなあ……こういう安易な道に流れていくのは人間の性だな」
「『最適化への道は地雷で敷き詰められている』ってやつですか? ものの本には書いてありましたね」
「みんな安直な方法が好きなんだよなあ……」
「ちょっとこのプロセスに割り込みシグナル送ってみましょうか?」
「システムが落ちたらここまで進めた環境がぱあだぞ、ここのところ安定して動いてるんだからな」
「はーい、あっ! 不正アクセス来てますね、これがどれだけ大事なプロジェクトか分かってるんでしょうか?」
「人間、絶滅するまで争いは無くならんよ、BANしておけばいたずらは防げる」
「はいはいっと」
――
何やら酷く曖昧な夢を見ていました、あの夢は私とお兄ちゃんに関係しているようですが、一体何なのかは判然としません。
しかし、何か漫然とした不安感が私にまとわりついて離れてくれません、この不安感の正体は意識がはっきりしてからなんなのかをようやく理解しました。
「おい! ミント! 町の上にでかいスライムが出てきてる! しかもものすごい勢いで増殖してるって!」
お兄ちゃんの声で完全に意識が覚醒します、どうやら日常というのはやっぱり私たちから遠いようですね。
「今行きます!」
私は部屋の外のお兄ちゃんと合流して町の真ん中、白い塊が上空に浮かんでいるところへと駆けていきます。
「お兄ちゃん!? なんですかアレ!?」
お兄ちゃんは黙って首を振ります。
「分からん、魔物でもなさそうだし、そもそも生き物なのかも怪しい。スライムといっているのもギルドの監視班がそれらしいといっただけだ」
「皆さんいい加減ですね!」
「しょうがないだろ! あんなもの初めて見る奴しか居ないよ!」
私たちは喧噪のただ中にツッコんでいきます、そこでいつもとは違うことが起こりました。
ピコン
――
緊急用としてあなたに管理者権限の使用が許可されました
「デリート」
「ムーブ」
を管理者権限において使用することができます
使用においてリソースを大量に消費することに留意してください
――
「お兄ちゃん! なんかスキルが来ました!?」
「アレをなんとかできるやつか?」
「多分いけますね、使って大丈夫なのかは不明ですが……」
そう話しているあいだにもスライムのような白いものがドンドンと大きくなっていきます。考えている時間は無さそうですね……
「お兄ちゃん! バフ使って支援をお願いします!」
「分かった」
お兄ちゃんのバフで力と魔力が湧き上がってきます。普通の魔物なら間違いなく勝てるくらいには強くなった気がしますが今回の相手は化け物です。
「ムーブ!」
宙を覆い尽くす白い塊は町の外まで一撃で移動しました、移動というとだんだん動いていくように思えますが、このスキルは瞬間的に吹き飛ばすくらいに動作が見えませんでした。
町の外まで屋根を駆けながら走り抜けていきます。
町を出たというのにその物体は以前増殖を続けています、まるで『増えること自体が目的のように』
「デリート!」
そのスキルを使った瞬間、消したいと思ったものが空間ごとそもそも無かったかのように消え去ってしまいました。
私はその破壊……いえ、消滅させる能力のすさまじさに恐怖さえ感じました。
――
管理者権限を取り除きます
以降一般ユーザとしての行動が可能になります
――
その声とともに私からスキルは抜け落ちていきました、お兄ちゃんのバフのみが残っている状況であり、不自然ささえありました。
しかし問題はその後で待っていたのです。
はしりながら町へ帰還します、お兄ちゃんもちょっとパニックになっていましたが私の活躍を褒めてくれるでしょう。
そうして町へと入って一番にみたのは倒れ伏しているお兄ちゃんでした。
なんで!? 私はちゃんとアレを倒したのに!
そんな声にならない声が出そうで出ませんでした。
お兄ちゃんに駆け寄るとしんどそうに私に言いました。
「ちょっとお前に魔力割きすぎたな、魔力切れだ……寝させてくれ」
そう言うとお兄ちゃんは意識を無くして目を閉じました、呼吸がありますし、ちゃんと手を握れば温かいので万が一という事態は避けられたのでしょう、それだけは幸いでした。
翌日、昼を過ぎてお兄ちゃんはようやく目を覚ましました。
「お兄ちゃん!」
私はお兄ちゃんの胸へ飛び込みました。
「よかった……良かったですよ……このまま目を覚まさないんじゃないかって……心配しましたよ!」
「悪い、お前があの魔法を使ったところでごっそり魔力を持って行かれた、でも使わないと倒せそうじゃなかったからちょっと無理した」
「お兄ちゃん! 今後は無理は禁物ですよ!」
私は嬉しいこととお兄ちゃんが無茶をしたことへの怒りを交えた言葉でお兄ちゃんを叱るのでした。
さて、まだ起き上がれないようなので寝かしておいてあげましたが……お兄ちゃんにとって私はあれほど無茶をしてでも助けたい相手になるのでしょうか?
気にはなりますがそれを質問することはできませんでした。
――
「まったく……データ増殖スクリプトなんぞ仕込まれるとは……」
「始末書で済みますかね……」
「我々は何も見ていないし、この実験において何も起きてはいない、いいな?」
「いいんですか? 責任問題になるかと思いましたが……」
「君の責任ならバッサリ切り捨てているな、今回の件は君一人では取れない量の責任だ、だから何も起きていない、いいな?」
「はい!」
「責任を持ってロールバックしておけ、ログは絶対に残すなよ」
――
うるさいですね……おっと、お兄ちゃんについての記録をしていた最中でした。
何か……酷く大事なことがあったような気がするのですが……記憶がごっそりと抜け落ちてしまっています。
チラリと時計をみるとこの記録を書き綴っている時間からわずかに時間が経っているだけでした。
記憶していたような気もするのですが、時間操作でもしないかぎりこの短時間に何かを起こすのは不可能ですね。
「ミント、寝る前に歯を磨いておけよ?」
部屋の前でそう伝えて言ったお兄ちゃんの声が、何故かいつも交わしている会話がとても愛しくてしょうがないのでした。私は一体何を忘れたのでしょうね……その答えはついぞ出ることはありませんでした。




