妹はいつもそこにいる
私はお兄ちゃんとの特別な日を記録に残しています。
この秘密の記録に今日のデートについても残ります、最後に話しかけてきたクソムカつくモブについては書こうかどうしようかと悩んだのですが、多少の脚色を交えて書いておきました。
『お兄ちゃんに命知らずにも喧嘩を売ってきたその男は、見目麗しいその妹に一撃で撃退されたのでした』
このくらいの演出は許してほしいものですね。きっと後世の歴史家達はこの記述をきちんと受け取ってくれるはずです、後は私とお兄ちゃんが有名になるだけでこの日記が史料として受け継がれていくわけですね、すごいシステムです。
しかし……今日の記録をせっかく残すのだからもっとお兄ちゃんについて多くを書いておきたいです。よし! 取材しましょう!
そうして私はすっかり火も落ちたというのにお兄ちゃんの部屋へと向かいます。暗い廊下の先のドアからわずかな光が漏れているのでお兄ちゃんもランプを付けているのでしょう。
ドアをガバッと開けてお兄ちゃんに飛びつきました。
「おにーちゃん! 妹が来ましたよー?」
「うわっ! 驚いたなあ……唐突に出てくるなよ、何事かと思うだろうが」
お兄ちゃんは少し眠そうに返事をします、眠るのでしたらご一緒に、という言葉が喉から出かかって止まります。
「お兄ちゃん、妹との思い出が欲しいとは思いませんか?」
欲しいに決まってますよね?
「今日どれだけ付き合ったと思ってるんだよ、十分すぎるほど今日は思い出になったよ」
むぅ……お兄ちゃんは私が十分だと言いたいようですね、私にはお兄ちゃんが十分ではないのですが。
「お兄ちゃん! もっと妹とイチャつきましょうよ! なんなら一線を越えることまで辞さないですよ私は!」
「一線について詳しく話すのはやめろよ? 頼むぞホント!」
さあて、お兄ちゃんの気を引けるならどんなにきわどい発言も辞さない私ですが、本気で思いの丈をぶつけるとさすがに不味そうなのでこの辺にしておいてあげましょう。
なんにせよ、お兄ちゃんと今日はじっくりと語らいたい気分なのです。
「ねえお兄ちゃん?」
「なんだ?」
「私がいつも力技で敵を片付けているの嫌いですか?」
気になっていたことです、お兄ちゃんは私に戦わせることさえ気が進まないようですからね。どこまでも甘い人です。
「いーや、嫌いじゃない。お前が傷つきさえしなければ手段は問わないさ」
「なるほど、お兄ちゃんはもっと私の頑丈さを信頼してほしいものですね」
私はお兄ちゃんからバフをもらえばドラゴンのブレスにも平気で耐えてしまうというのに、でもきっとそれは理屈ではなく感情の話なのでしょう。傷つくのが嫌なのではなく「傷つくかもしれない」のが嫌ということですね。
私を大事に思ってくれるのはとても嬉しいのですが、やはり私はお兄ちゃんにふさわしい相棒になりたいのです。それは守り守られる関係ではないんです。
「お兄ちゃん、ちょっと表を散歩しませんか?」
「この夜にか? 一人で行かせるわけにも行かないか……ランタン持ってくるよ」
明かりを採りに言ったお兄ちゃんを見送りながら、今日が満月であることを思いだして、それが要らないとは言うことができませんでした。
がたがたと物置で荷物をひっくり返す音がしています。私の炎魔法で照らしてもいいのですが、安易に火災を発生させるわけにも行きませんからね。強いというのは便利ということとは違うのでしょう。
「お待たせ、じゃあ表に出るか」
お兄ちゃんはランタンに火を付け、まわりを照らしながら町を見渡します。夜中までやっている酒場や、一部の天文学者を除いてすっかり町ぐるみで眠りについているのでした。
「ねえお兄ちゃん、来年も、再来年も、永遠にとはいいませんが、当面のあいだは私に付き合ってくださいね?」
私は勇気を振り絞って言います、一生や永遠とは否定されるのが怖くてお願いできませんでした。
お兄ちゃんは何でもなさそうな顔で答えます。
「もちろんいいさ。少なくとも成人するまでは絶対に面倒を見てやるから安心しとけ」
大きくなるまで、という条件付きではありますが、一緒に居てくれるという言質を取ったことに心の中で歓喜します。表情には全く出しませんが頭の中ではビールかけをしながらクラッカーとケーキでパーティー状態になりました。
「絶対です! 絶対ですよ!」
「分かったってば、俺はどこにも行かないし、そもそもお前がいないと何もできない自信はあるんでな。ま、よろしく頼むよ」
よし! お兄ちゃんが手に入りました! 後はなんとでもなるでしょう。とりあえず言葉尻をとらえ他だけでも十分な成果です。
「今日は満月ですね?」
「そうだな」
「お兄ちゃんはいつか突然居なくなるようなことはないですよね?」
怖かった……父さんも母さんも突然居なくなってしまった、お金があってもお兄ちゃんが居ない生活に耐える自信はない。
「月みたいなもんだよ、昼間は見えなくてもちゃんといるし、夜になるとちゃんと見えるようになる。だから俺は見えようが見えまいがそこに確かに居るさ」
お兄ちゃんが居なくならないなら、私は何にだってなれます、どんな苦難にも勝つ自信があります。
だから私は安心して戦えるのです。背中にお兄ちゃんを抱えてると絶対に負けられませんからね。
「ねえお兄ちゃん?」
「そろそろ寒くなってきたんだが……」
「最後に、もう一つだけ」
「?」
「私のことを存分に利用してくださいね? お兄ちゃんは過保護になりすぎです、敵にばかり気を向けるのではなく、私をちゃんと見ていてくださいね?」
お兄ちゃんはクスリと笑って言った。
「そうだな、ちゃんとお前のことも見るよ、でも怪我だけはしないでくれよ?」
私はとびきりの笑顔で答えました。
「はい! もちろんです!」




