妹と、兄の最大の秘密
私は珍しく自分でコーヒーを淹れています、お兄ちゃんはギルドへの先日の依頼の報告にいっているので家には居ません。さて、今私がするべきことはなんでしょうか?
そう! 家捜しですね!
私はコーヒーをゆっくり飲みながらお兄ちゃんの部屋の捜索箇所を検討します。
ベッドの下は基本ですね、なんの基本かは知らないですが見られたくないものが隠されている確率が高いそうなので是非捜索しなければなりません。
クローゼットも捜索するべきですね。お兄ちゃんが私の服をモフモフしている可能性を考慮して捜索対象に入れましょう。さすがのちょっと引きますが実際やっててもお兄ちゃんへの愛情は変わりません。
机の引き出しもチェックしなければいけませんね、日記等があれば是非読んでおきたいものです、お兄ちゃんの日記……気になりますね。あるなら是非一読しなければなりません!
本棚……も調べる対象に入れておきましょうか、お兄ちゃんもお年頃ですしそういった本があるかもしれません、没収対象ですが性癖のチェックのために回収しておく必要があるでしょう。
私はお兄ちゃんの性癖の歪みくらいは笑って許す度量を持っているのです! なによりお兄ちゃんがどんな好みをしていようと私に振り向いてさえくれれば良いのです!
後は何を考慮しておくべきでしょうか? やはり侵入の痕跡を完璧に消す必要がありますね、プロは何を見られたかさえ気づかれてはいけません。
昨日の会話が思い出されます。
――
「お兄ちゃん? ギルドから私かお兄ちゃんが先日の依頼について報告してくれとメッセージが来てますよ?」
「マジか? うわっ……本当だ、面倒くさいけど行くかなあ……」
「お兄ちゃんが行きますか? 私が行ってきても構わないのですが?」
「お前が行くと上層部と喧嘩になるのが容易に想像がつくんだよなあ……」
――
とまあ、お兄ちゃんが地味に失礼なことを言っていました。なぜ喧嘩になると決めつけるのでしょうね? 私は正当な権利を主張するだけだというのに……
確かにギルド上層部が私たちの活躍を過小評価しているのは確かですが、それを元に喧嘩なんかしませんよ。
さて、お兄ちゃんが一番秘密にしていそうな場所とはどこでしょうか?
・机の中
・本棚の裏
・ベッドのマットレスの下
・鍵付の引き出しの中
...etc
様々な可能性を考慮に入れ、最小の時間で最大の秘密を手に入れる必要があります。
お兄ちゃんをゆす……お願いを聞いてもらうには弱みが必要ですからね。
よし、お兄ちゃんの部屋への侵入を開始しましょう!
私はお兄ちゃんの部屋のドア前に立ちます、いけないことをしている背徳感がたまらなくゾクゾクします。
ガチャリ
ドアを開けると殺風景なお兄ちゃんの部屋を見ることになります。
机とベッド、本棚くらいしか家具がないですね。しかしこれだけあれば充分でしょう。
余り多くても捜索が大変になるだけですからね。
――ベッドの下
ここはハズレでした、お兄ちゃんのベッドの下には何もなかったのです、しょうがないのでベッドの上に飛び乗ってスーハーして気分をリフレッシュしておきました。
はぁはぁ……
では気持ちも新たに本棚を探しましょう。といっても背表紙に分かりやすいものはさすがにありませんでした。魔導書が多めですね。少しの武術書もあります、戦闘系ジョブを貰えなかったお兄ちゃんには必要なくなってしまったのでうっすらとその本達には埃がかぶっていました。
お兄ちゃんの無念さを思うと少し胸が痛みますが、代わりに私となかよくできるのだからお兄ちゃんのジョブは天職だったといえますしね。
さて、最後に机を調べましょうか……
コイツを最後にしたのはれっきとした理由があります。
この机、引き出しが全部鍵付なのです。一番時間がかかるモノを最後に持ってきたのです。重要なものが入っている可能性は高いですが、これに時間をかけて他を当たれないというのは悲劇以外の何者でもありません。最後に難敵を残すのは基本ですからね。
とりあえず引き出しに手をかけて引っ張ってみます、残念ですがガタガタと音が立って引き出すことができません、やはり鍵はかけているようです。
しかし、逆に言えばここにはお兄ちゃんの秘密が眠っている可能性が高いです。これは調査が必要です。
私は用意しておいた針金を引き出しの鍵穴に入れたり出したりしながら形を調整していきます。
少しずつ針金は形を変えていき、やがて引き出しの鍵穴にあった形になります。
それを差し込んでクルリと回します。
カチャリ
よっしゃあああああああ!!!!!!! 鍵が開きました!!!! お兄ちゃんの秘密ゲットです!!!!!
たくさんの期待と少しの不安を持ちながら引き出しに手をかけて引っ張ります。
ガラッと軽い音を立てて引き出しは手前に開きました。
そこにはお兄ちゃんの秘密が……
ガラッ……カチャリ
私は何も見ていません、お兄ちゃんはいい人ですし、なんの問題もありません。
引き出しに鍵を再びかけて部屋を後にしました。
「ただいま」
気楽な声のお兄ちゃんが帰ってきました、私は精一杯明るい声音でお兄ちゃんを出迎えます。
「お帰りなさい! お兄ちゃん!」
あの引き出しの中にあった唯一のモノ、それを私はついぞ読むことはしませんでした。
アレはきっとお兄ちゃんだけのものであって私が読んでも無価値であり、そんなことは書いた当人達も全く考慮していないのでしょう。だから私はお兄ちゃんの家族として、精一杯のことを仕様と決めました。
あの引き出しの中に入っていた二つの封筒、どちらも表に一言だけ書いてありました、それだけで全てを察するには十分な言葉がです。
『もしも私たちが死んだなら、ミントを頼む』そのシンプルな一文で差出人は誰と誰だか理解するには十分でした。
お兄ちゃんは未だに両親を覚えているのでしょう、私がすっかり気にすることもなくなった父さんと母さんの言いつけを未だにご丁寧に守り続けているのです。
私はもうすでにお兄ちゃんの『特別』だったのです。
ですが……できることなら私はお兄ちゃんが「誰かに言われたから」ではなく「自分の意思で」私を特別に想ってもらいたいと思います。きっといつかそういう関係になれると信じて、私は今日もお兄ちゃんと過ごすのでした。