妹はここにいる
わたしはお兄ちゃんが大好きです、果たしてそれの何が悪いというのでしょう?
父さんと母さんが揃って魔王軍討伐の犠牲になったあの日、私はお兄ちゃんを絶対に失うことのない力を望みました、気まぐれな神様はそれをかなえてくれたようです。
お兄ちゃんが私を守るためのジョブに就いたのだって運命なのでしょう。きっとそれは大いなる神に近い存在が私たち兄妹に切れない絆を与えてくれたのでしょう。
二人の親が死んだ日、お兄ちゃんは決して泣きませんでした。そうして泣きじゃくる私にずっと胸を貸してくれたのです。
それ以来、私はお兄ちゃんをかけがえのない人だと思っています。きっとこの心は神様によるものではなく、私の自由意志なのでしょう、少なくともそう信じています。
――
私の愛情を込めた朝の挨拶をします。
「おはようございます! お兄ちゃん!」
お兄ちゃんがここにいると思うだけで気分は素晴らしいモノになります。
窓の外に真っ青な空を感じ、小鳥のさえずりは私たちを祝福しているようです。
「ホラお兄ちゃん! 朝ご飯のトーストが焼けたんですから焼きたてを食べましょうよ!」
そうしてキッチンのテーブルに着いた。
何事もない毎日、それはとても愛おしいものです。世界が終わるとしたら私はお兄ちゃんと一緒に最後の日を迎えるでしょう。
そんなお兄ちゃんが私にとんでもないことを言いました。
「ミント、おまえさ、誰かと付き合ったりとかしないのか?」
なんでしょう……ものすごくムカつきますね、私の愛情がお兄ちゃんは信じられないでしょうか?
「私はお兄ちゃん一筋ですよ!」
決まり文句を返します、だってそれ以外の答えは存在しないのですから。
お兄ちゃんは少し戸惑ってから「コーヒーを淹れるよ」そう言ってお湯を沸かしています。
それは大変結構なことですがお兄ちゃんは私に彼氏を作れとでも言いたいのでしょうか?
だとしたら絶対に認められないことです!
「お兄ちゃん! 私はお兄ちゃん以外の誰かと付き合おうとかいう気はないのでそこのところはっきりさせたいのですが?」
お兄ちゃんは困り顔で私に言います。
「うん、そうだろうとは思うんだけどな、俺はお前にふさわしいのかなと少し思ったんだ」
ウジウジ悩むのはお兄ちゃんの悪いクセです、もっと本能に従って生きれば良いというのに、「常識」だの「倫理」だのといった生きていく上でさっさと投げ捨てた方が良いものにこだわってしまうようです。
「お兄ちゃんは私だけのもので、私はお兄ちゃんだけのものですよ! 他には何もありません!」
「いいのかなあ……」
「お兄ちゃん? 今までのスキルが妹限定で効果を出したり、そもそもジョブが「お兄ちゃん」である時点で私以外の誰かと一緒にいることはあり得ないんですよ?」
お兄ちゃんのスキルは私限定なものしかない、私がいればお兄ちゃんは無敵です、それを手放す理由なんて微塵も無いでしょう。
「なんで俺がこんなスキルを手に入れたんだろうな……」
む、お兄ちゃんは私専用スキルの何が気に食わないのでしょう?
「お兄ちゃんのスキルは充分すごいものですし、私はお兄ちゃんが一緒なら何にも負ける気はしないですよ」
お兄ちゃんはそれを少し悲しそうな目で聞いています。
「そうなんだけどな……正直なところ、お前を戦わせたくないんだ。大事な妹が傷つくのはやっぱり見ていて辛い」
そういうことですか……
「お兄ちゃん、気持ちは嬉しいのですが、私は絶対に死にませんよ? お兄ちゃんのヒールで治せるんだから気にする必要なんてないんですよ?」
お兄ちゃんも随分と難儀な性格をしています、私がいればそれで誰にも負けないのだから素直に私にベッタリと依存してくれればいいのです。
「それとも、お兄ちゃんは私がいない方がいいと思ってますか?」
お兄ちゃんは即答しました。
「そんなわけないだろ! 俺は二人の生活をなんだかんだいって楽しめてるよ。お前はどうなんだ?」
「全く寂しくもないですし、お給金で不自由してないですし、完璧な日常だと思いますよ? お兄ちゃんが少し引っ込み思案なことを除けばですが」
その回答に逡巡してからお兄ちゃんは答えました。
「何か大事な物がある生活って良いものだな」
大事なものですか、当然でしょう。生きていく上で守るべき大事な物があることは人を強くするのです。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんの役に立っていることがこの上ない喜びなので気にしないでください。だから私もお兄ちゃんにワガママをよく言ってるでしょう? お兄ちゃんと私は二人で一人なんですよ」
「そっか……俺はお前を死なせない、それだけは少なくとも約束するよ」
嬉しい言葉なのですがちょっとワガママを言っておきましょう。
「良いですか? お兄ちゃんは私のものなんだから、お兄ちゃんが私の代わりに傷つくのも絶対に許しませんからね?」
お兄ちゃんは軽く笑った。
「ハハ……何でもお見通しなんだな?」
「妹ですから」
お兄ちゃんと私、二人はお互いかけることのないピースです。私はあの日からずっとお兄ちゃんに恩返しをすることだけを考えています。きっといつか……お兄ちゃんが私の胸の中で泣いてくれる日が来ると信じています。
心の中をさらけ出して話をするのはお互い負担です。それでも私はお兄ちゃんの背負っているものを半分背負って生きていきたいと願っています。
ひとまずの目標は、お兄ちゃんを私と同じ望みを持ってもらうことです。
お互いをどうしようもなく愛しいと思う、そういった関係に私たち二人はなりたいと思うのです。
お兄ちゃんは私のことを家族だといってくれますが、一体いつになったらその一線を越えられるのでしょうね?
「お兄ちゃん! 私たちが自立できるまでは一緒にいてくれますか?」
「もちろんだろう?」
よっし! 計画通りです。
「ではお兄ちゃん、私の力は全てお兄ちゃん依存です。ということはお兄ちゃんから自立できる日は来ないと言うことです! つまりずっとお兄ちゃんは私のものなんですね!」
我ながら詭弁だとは思います、それでも何か、お兄ちゃんがずっと一緒にいてくれるという約束が欲しかったのです。
「しょうがないなあ……でも自立はできるように支援はするからな?」
「お兄ちゃんも私を舐めてますね? 私はお兄ちゃんに依存できることは全部依存するつもりですよ?」
そうしてお兄ちゃんが当分一緒にいてくれるという言質を取った後で、お兄ちゃんは「しょうがないなあ」と否定はしないのでした。
どうか神様にはこの関係が少しでも長く続くように心の中でお祈りをするのでした。