妹によるお兄ちゃんの尾行
私にとってお兄ちゃんとはなんでしょうか?
たった一人の肉親、一人しか居ない家族、両親を同じくするもの、様々なことが言えますがやはり最後には「お兄ちゃん」の一言に尽きるのでは無いでしょうか。
そんなお兄ちゃんに新しい女の匂いがしました、コレは一大事です!
そんなわけで私は慎重に慎重を極めながらお兄ちゃんを尾行しています。
フフフ……完璧な気配隠蔽にさしものお兄ちゃんもまったく気がついていないようです……おっと私のお兄ちゃんに色目を使う女が出てきました。
お兄ちゃんはギルドからやや年上であろう女性……女と出てきました、見たところ上品ぶっているようですがあんなコテコテのお嬢様を信用するなんてお兄ちゃんはまだまだですね。
二人がギルドの食堂の中央で卓を囲んでいるので私はこっそりと端の方に座りました「あ、お水で」お兄ちゃんとのお金を無駄にするわけにはいきませんからね、私は家庭の経済状況を図れる女なのです。
なんでしょう……あの女とお兄ちゃんがにこやかに会話をしているのを見ているとイライラしてきました……ゴクリ「あ、お水もう一杯」
こうして私がつけていることなど夢にも思っていないのでしょう、お兄ちゃんと謎の女は依頼の掲示板を覗いています、いけません! お兄ちゃんがパーティを組むのは私だけなのです!
「ひゃふん!」
私は思わず声を上げました、ポケットに誰かが手を入れてきたのです! なんと破廉恥な!
その声でさすがにばれたのかお兄ちゃんと謎の女はこちらへ近寄ってきました。
「ミント、いたのか?」
「当たり前でしょう、お兄ちゃんが居るところに私が居るのです。それはともかくさっきのはストレージですか?」
「ああ、手頃な武器を貸そうと思ったらなぜかお前のポケットにつながった、その……悪かったよ」
「いえいえ、お兄ちゃんが私に手を出すのは歓迎なのですが、その女に貸そうと思ったのが気に食いませんね」
「ああ、この人は父さんと母さんにお世話になった……」
「ストップ! ストップですお兄ちゃん! コレはなんだかレギュラー化の匂いがします! 私とお兄ちゃん以外のネームドは極力少なくするべきでしょう。なので紹介は結構です、要するに私たちの両親のお世話になった人って事でしょう?」
「ああ、正確に言うとこの「謎の女」が父親が一緒のパーティ組んでたことがあるらしくって……なぜ俺の発言に発言を差し込むんだ?」
「言ったでしょう? ネームドは最小限に、必要以上に人が増えるとみんな混乱しますから、とりあえず「謎の女」さんで統一しておきましょう」
ネームド、要するに名前のある人ですね。基本的に私の記憶の大半はお兄ちゃんが占めています、お兄ちゃんの記憶に異物が混ざるのはよくないので、必要以上に人と関わるべきではないのです。
「お兄ちゃん! で、その謎の女さんと何用でギルドへ来ていたのですか?」
「ああ、この人も冒険者やりたいって言うんでな、基本的な採集依頼の受け方だけでも教えとこうと思って。大事にされていたらしくあまり荒事の経験が無いんだそうだ、基本的に父親がなんとかしてくれていたらしい」
ふむ……ここはさっさと冒険者として旅立ってもらった方が私たちに固執されなくていいですね。
「わかりました! お兄ちゃんと私が謎の女さんの旅立ちの手助けをしましょう!」
私は一枚の依頼書を採って二人の前に差し出す、基本中の基本、薬草採集です。
「なるほど、初心者向けだな」
「コレなら私でも……「いけます! 問題ないですから私とお兄ちゃん以外に無駄に枠を採らないでください!」
私はルールなど知ったことかとさっさと送り出すことにしました。
「採集用にはこのナイフで刈り取ってください、魔物が出たときの護身用にもなるでしょう」
「……ありがとうございま……「いいですから! 私は一向に構いませんからさっさと依頼を受けましょう、いくら私たちの存在できるスペースがほぼ無制限でも限度はあるんです! 無駄にキャラを立たせないでください!」
そう言って私はセシリーさんに依頼書を差し出して謎の女さんが受ける手続きをした。
「じゃあコレでちゃちゃっとこなせますから早いとこガンガンランクアップしてくださいね、できれば早く私たちと関わらないくらいのところまで行ってくださいね!」
「……ありがと」
「どーいたしまして」
そうしてキャラをできるだけ出さずに謎の女さんを依頼に行くようにしたのでした。
「よかったのか?」
お兄ちゃんが聞いてきます。
「ナイフのことですか? あんなのお兄ちゃんと一緒に買えますし、私は素手でも戦えますから」
「ところであの人の名前は「謎の女」だぞ」
「あの人は謎の女です、それ以上でもそれ以下でもありません!」
「そうか……」
――
数日後
――
「知ってるか? あの話題のルーキー……」
「何でもナイフ一本でゴブリンの巣をまとめて潰したとか……」
「俺はコボルトの群れをなぎ払ったって聞いたぞ」
「私はワイバーンを相手に勝ったって聞いたけど」
ギルドの噂はあの謎の女さんで一色でした。
どうやらあの人には才能があったらしいです、伊達に私の両親がパーティメンバにしただけのことはありますね……
「なあミント、すっかり追い抜かれたなあ……」
「いいんですよ、あの人はコレで私たちと関わらなくなります、モブはモブであるべきなのですよ?」
お兄ちゃんは少し呆れながら私を見ていた。
「じゃあお兄ちゃん、今日も”いつも通り”私が夕食を作りますからね」
「本当にいつも通りだな」
「それがいいんですよ、私とお兄ちゃんの小さな日常以上に大切なものはありませんから」
そう言って私はお兄ちゃんに思い切りの笑顔を見せたのでした。