妹と日常と役不足
――本日の記録
本日のお兄ちゃんの記録、お兄ちゃんは私のことが好きなようです。
それが好意なのか愛情なのかは計りかねますが、とにかくお兄ちゃんを手に入れるのに一歩近づいたということですね。最高です!
さて、お兄ちゃんへのアプローチとしていろいろやってきましたが、言葉を尽くすよりも一度のスキンシップに弱いようですね。
ということでお兄ちゃんの寝込みを襲うということもやぶさかではないのですがどうにも過激な方法にでるとお兄ちゃんも意固地になってしまうようです……手を繋ぐくらいが今の限界でしょうか。
――
「お兄ちゃん! おやすみなさい!」
「ああ、おやすみ」
そうして私たちはそれぞれ部屋に入ります。
さて……お兄ちゃんは今ノーガードなわけですが、押しの一手でいくには少々お兄ちゃんは恥ずかしがりですね、私のようにもっと欲望に正直になればいいと思うのですが。
お兄ちゃんを手に入れるためなら手段を選ばないことには定評のある私ですが、あえて嫌われようとは思わないので私は弁えた妹なのです。
私は一人ベッドに飛び込み、お兄ちゃんをこの手にする方法を考えながら眠りました。
――
うーん……朝ですか……結局お兄ちゃんといい感じになる方法は思いつきませんでしたねえ。
「お兄ちゃん! おはようございます!」
「おはよう」
こういう何気ないあいさつの積み重ねが大事なのです、ちなみにしれっとお兄ちゃんの頭をポンとするスキンシップも忘れません。
「お兄ちゃん! 朝ご飯作りますね! 待っててください!」
私は料理上手なところをアピールする……わけではなく、ただ単にお兄ちゃんの作る化学兵器を食べるわけにはいかないので料理を担当しています。
そうして私の苦い経験の末に担当になった料理をこなしてお兄ちゃんに料理を出します。
私も一緒に朝ご飯を食べるわけですが、お兄ちゃんが私の作ったものを食べているところはいいですね、できれば私も食べてほし……いえ、私は上品な妹ですからね?
「お兄ちゃん! 食後のコーヒーはどうですか?」
「ああ、それは俺がいれるよ」
お兄ちゃんの数少ない取り柄、コーヒーを美味しく入れられるというところを知っています。お兄ちゃんの入れたものは多少ひいき目があるにしても美味しいと思います。
コポコポとコーヒーが落ちる音を聞きながら、お兄ちゃんと私の将来について思いを馳せます。何年後でもこうして日常を過ごしていたいですねえ……
私の前に置かれたカップの黒い液体に白い砂糖をスプーン二杯を放り込みます。
ゴクリ
お兄ちゃんお手製であることを加味してもやはり美味しいですねえ、何故この力を料理に使えないんでしょうか?
「美味しいですね!」
「それはなにより」
お兄ちゃんはブラックで気にせず飲んでいます、苦くないんでしょうか?
「お兄ちゃん、今日は良い日ですねえ……」
「そうだな、何も起きない日がこんなに貴重だとは思わなかった」
最近の修羅場から一時の休息の落差がものすごいですね、命の取り合いから平和な朝食が当然な時代というのは少し世知辛いものがあります。
ズズズとコーヒーを飲みながらお兄ちゃんとの今日の予定を立てます。
とりあえずショッピングはアリですね! 後はロマンティックなカフェとか、その先の関係とか……
おっといけない、煩悩がついつい少々顔を出していました。
「どうした?」
「いえいえ、なんでもないですよ?」
「何故疑問形?」
そうしてのんびりとした日常がすぎている途中、ポケットに入れたギルドのカードが震えました、メッセージの着信です、このタイミングで送ってきやがりましたね、たたき割ってやりましょうか?
「ああ、なんか問題が起きたかな?」
お兄ちゃんは妹の好意は気づかないくせにこういうどうでもいいことにはしっかりと気が付きます、普通逆じゃないですかね?
チラリとギルドカードを見て面倒くさいことなのがすぐに分かりました。
「町の周辺地域にブラッドウルフの大量発生、至急討伐をお願いします」
はあ……何でこのタイミングなのでしょう……大いなる意思が私とお兄ちゃんの関係を邪魔していると言っても信じてしまいそうです。
「早く行くぞ! 町に被害が出たら大変だ!」
とまあお兄ちゃんは俄然乗り気のようでした、ザコ相手に焦りすぎでしょう。
そうして重い足取りでギルドに向かいました、そこで待っていたのは最悪の事態でした。
「はあ!? 私が参加禁止!? 呼びつけといてなんですかそれ!」
「ミントさんは実力は確かなのですが……町の周囲には作物などもあるので、吹き飛ばされると困るんですよ……通知を間違えて送ったのは謝りますが参加は控えてください……お願いします!」
お兄ちゃんは嫌な顔一つせずに、ご丁寧に来いと言っておいてやっぱ要らないという舐めきった依頼をスルーする気のようです、人が良いですね……
とはいえ、お兄ちゃんの意思に反して依頼を受けるわけにもいきません、何せ「私専用」のバフですからね。お兄ちゃんがいないとただの冒険者程度の力しかありません。
「しょうがないですねえ……これからはちゃんと送信前に私たちが入っているか確認してくださいね」
「本当にごめんなさい! あなた方の実力は存じているのですが……」
ままならないものですね、私とお兄ちゃんの関係を邪魔する相手を許さなきゃならないなんて……
「こちらは少々ですがお詫びの品になります、申し訳ありませんでした!」
私が全力を出されるとよほど困るのか小銭で黙らせる方針のようですね。
しょうがないですね、これで美味しい夕食でも食べていい雰囲気にしましょうか。
私は謝罪のお金を受け取りお兄ちゃんに「帰りましょう」と言ってギルドを出ました。
その日食べる夕食はそれなりに美味しい定食をお兄ちゃんと二人で食べました。やっぱり誰と食べるかは重要ですね。
「ねえお兄ちゃん? 今度はちゃんと依頼をこなしてから食べに来ましょうね?」
「そうだな。やっぱりちゃんと報酬をもらって食べた方が美味しいだろうな」
私はお兄ちゃんと一緒なら何でも美味しいと思うのですが、味の感じ方は人それぞれですね。
帰宅後、お兄ちゃんにハーブティーをいれながら聞いてみます。
「お兄ちゃんは今日の酷い扱いについてどう思います? 私は酷いと思うんですけど」
「しょうがないさ、逆に言えば力を認められてるってことだろう?」
お兄ちゃんは前向きですね……
「それに……」
「なんですか?」
ハーブティーを飲みながら聞きます。
「俺たちは兄妹なんだからいつだって一緒だろう? 誰かが困ることの方が少ないじゃないか? 一緒に遊ぶのはいつだってできるさ」
「お兄ちゃん……」
私はお兄ちゃんが一緒にいてくれるのを期間限定のことだと思っていたようです。でもお兄ちゃんはいつだって一緒だと言ってくれています、だったら細かいことはどうだっていいじゃないですか!
「お兄ちゃん……大好きですよ!」
お兄ちゃんの照れた顔をニヤニヤ見ながら幸せをかみしめる私なのでした。